第3話:そんなのみとめない

「はぁ、冗談はやめてよね。あたしがあんなチャ…」

「チャラ男呼ば~りはやめるんでしょ?」

 そうだった。

 茉奈まなのスイッチがまた入った。

「学食でずっとドキドキしてたくせに」

「そっ、そんなわけっ…あるはずがっ!」

「どもったどもった」

 ……間違いなくあたしの反応を楽しんでるわね。

「ほら、教科書。そろそろ表紙も限界みたいよ」

 新しい教科書になってからわずか二ヶ月程度だけど、書かれては消してを繰り返しているから、表紙の色がかなりうっすらしてきている。

 去年なんて、進級する頃には全部の教科書表紙がほとんど真っ白になってた。

 中身を見るまで、何の教科書か分からないほどに。

「ありがと~」


「ほんと、毎日飽きないよね」

 休み時間、隣の2-Bに集まっている女子たちを見てうんざり。

「気になるんだ?」

「あんなの鬱陶うっとうしいだけよ。いっそのこと2-Aや2-Eくらいまで離れていればいいんだけど」

 ガタッと席を立つ。

「どこ行くの?」

「トイレ」

 2-Bの前に集まってる人たちは、教室の中に入る勇気は無いらしく、廊下でわらわらと集まって教室の中を眺めている。

「集まるのはいいけど、通れるくらいには空けてくれないかな?」

「あっ、アヤアヤだ…」

「まずいよ、目をつけられると…」

 思い思いに好き勝手ヒソヒソ話をして、サササッと通路をあける。

 別にあたし、怖い人のつもりないわよ…。


 ザワザワッ。

 集まってる人たちがざわめいた。

「おっ、彩音あやね、どこ行くんだ?」

 輝が教室から出てきて、あたしに声をかけてきた。

 面倒な。

「一緒にくる?」

 少し意地悪したくなって、わざと引っ掛けることにする。


「ええっ、あの子って新宮さんの何?」

「新宮さんに呼び捨てられてたよねっ!?」

「もしかして付き合ってたりするのかなっ!?」

「あれ、アヤアヤだよっ!」

「マジ?あの人が噂のアヤアヤ!?」

 勝手なことをきゃいきゃいと言い合って盛り上がっている。

 あたしの隣を歩く輝。

 その後ろにぞろぞろついてくる追っかけ女子たち。

 で、女子トイレのドアを開ける。

「あたしの用はここ。一緒に入る?」

「ひっでぇ」

 ひどいのはお互い様。いい迷惑よ。

「まあいいや」と言って輝は男子トイレに入った。

 となるとこの後の展開は自ずと予想ができるわね。


「ねぇねぇ、新宮さんとどんな関係なのっ!?」

「さっき呼び捨てらてたけど、そういう関係っ!?」

 女子トイレの中で、勝手に想像力たくましい人たちに詰め寄られる。

「どんな関係って言われても、昨日学食で絡まれただけなんだけど。呼び捨ても昨日気がついたらすでにされてて…」

 ピタッと沸き立つ女子たちが静まり返る。

 さっきまでのキャイキャイが一転してヒソヒソと内緒話をし始める。

 実に面倒くさい人たち。

 女子トイレは男子の入ってこられない、いわば聖域。

 かといってあたしは別に聞かれても困らないというか。

「これは強烈なライバル出現?」

「出会ったその日に呼び捨てって…これはもしかして…」

「あたしまだ呼び捨てられたことないっ!」

 あちこちから勝手なことを言われている。

「ずばり聞くわ。新宮さんのこと、どう思ってるの?」

「どうって…チャラ…」

 そうだった。チャラ男なんて先入観は捨てて、しっかり見るって言ったんだった。

「…そうに見えて、意外に周りをよく見ているというか、気配り上手で…人気があるのは当然かなと思ってる。あたしの好みかどうかは別にしてね」

 ジーッと見つめてくる追っかけ女子一同。

 冷や汗が出そうになりながら、あたしは平静を装う。

「なら、新宮さんのことは好き?」

「人としては好きかも。男として見るなら、まだよくわからないわ」

 またもやジーッと見つめてくる。

「だよね~っ!」

 知りたいことを知ったのか、わらわらとトイレから出ていく追っかけ女子一同。


 はーっ。

 変な汗かいた~。

 異様に迫力があったわね。

 これが集団心理ってやつかしら。

 それにしても、すぐに呼び捨てするやつかと思ったけど、そうじゃないんだ…。

 意外だったな。

 それじゃ、なんであたしたちは呼び捨てにしたんだろう?

 ま、いいわ。そのうちわかるわね。

 あたしは用を済ませてトイレを出る。

「げっ」

 輝がそこにいた。

「彩音、どうやら自爆したようだな」

 その苦笑いが実に腹立つ。

「こんなところにいていいの?また追っかけたちに囲まれるわよ」

「ずいぶんと長居したから、女子たちはまさかまだトイレに隠れてたとは思わないでしょ。今頃あちこち探し回ってると思うよ」

 イメージ上書き。なかなか裏をかく才能がある。

「何か落としたよ」

「え?」

 輝はあたしの足元から落としたものを拾う。

「あっ、あたしのポーチだ。ありがとう」

「これ市販品じゃないよね。もしかして手作り?」

 あたしの自信作で、市販品に引けを取らない出来上がりだった。

 まさか一瞬で見抜かれるなんて…。

「そうよ。あたし手芸部だから」

「そうだったんだっ?だからそういうの作ってるのか」

 いや、親の影響と家にミシンがあるから、興味本位で触ってるうちにあれこれ作るようになっただけなんだけど。

 その延長で手芸部があることを知って入部した。

 手芸部は部室が家庭科室で、ミシンが置いてあるから裁縫に偏重へんちょうしていることは確かだった。もちろんガラス細工やビーズを使った小物を作ることもあるけど、部室の都合で少ない。

「輝は何部に入ってるの?」

「いやー、部活なんてかったるいから」

「帰宅部ね」

 あたしは輝の言葉を奪ってやった。

「いいからそろそろ戻りましょう。チャイムが鳴るわ」


 昼休み。

 茉奈に席を取らせると、また割り込まれてしまうかもしれない。

 あたしは席を確保すると、茉奈を呼び寄せた。

「ありがと~、彩音」

「気にしなくていいわよ」

 あたしたちは座って、割り箸を…。

「おっ、悪いね彩音っ。隣邪魔するよ」

 輝がしれっと隣に座ってきた。

「ほんと邪魔」

 ジト目で言ってあげた。

「そんなこと言って、実は嬉しいくせに」

 めきっ。

 割り箸が、明らかに長さと太さの違うふたつの棒きれになった。

 力加減を間違うとこうなる。

 ひとつは短い棒きれ。もうひとつは机の角に引っ掛けられそうな形をしている。

 縦にした割り箸は本来、垂直に割れるべきところが、水平に割れてしまった。

「彩音は手芸部っていつも出てるの?」

「出られる限りは出てるよ」


 言ってないけど手芸部、実は大きな岐路に立たされている。

 部員はあたしと、部長と後輩のわずか三人。

 今年度に入ってから先輩が二人やめてしまったので、部としての存続は絶望的という状況だった。

 四人を切ると、同好会に格下げされてしまう。


 同好会になると部費は無いも同然。

 部室も他の同好会と衝立ついたてを挟むだけの共同部屋。

 同好会が増えるほど、そのスペースはどんどんと狭くなってしまう。

 オカ研(オカルト研究同好会)や超研(超常現象研究同好会)、ミス研(ミステリー現象研究同好会)、ホラ研(ホラー現象研究同好会)なんてのもあるけど、あたしはいっそのこと、それらを一つに統合してしまえばいいと思っている。

 そうすれば晴れて部に昇格。部室を持てるし部費も出る。

 しかし当の本人たちにしてみると、全くの別カテゴリという。

 正直、違いがわからないけど。

 そのクセが強い同好会が集められた部屋は、通称「ミステリーサークル部屋」と呼ばれている。

 6つの同好会がミステリーサークル部屋にあり、なぜか可哀想なことに童研(童話研究同好会)とメル研(メルヘン研究同好会)が割り当てられている。

 そんなところに、あたしたち手芸部が衝立一つ挟んだところに放り込まれてしまうわけで、あたしたちにとってみればまさに死活問題。

 あたしのいる手芸部には幽霊部員が一名いるからかろうじて四名だけど、バレるのは時間の問題。ちなみに掛け持ちは部員としてどちらにもカウントされない。


 あのミステリーサークル連合は、時々奇声を上げることもあるそうで、そんなところで作る手芸作品なんて、想像すらしたくない。

 一体何が出来上がるんだか…。

 わけのわからないオブジェや、UFOの形をした帽子やら、うっすら顔に見える刺繍を施したバッグなんかが出来上がっちゃうのかもしれない。

 考えただけでゾッとする。


 輝は帰宅部と言ってた。

 どこかに所属しているわけでもないから、入ってくれるなら見事にひとりカウントされて、部の存続においてはこれ以上ない人。

 けどね…そもそも放課後にまで顔を合わせたくないし、これが入ってくると他の女子までつられて入ってきそうで、なんかいやだ。


「でも彩音、4人切りそ~で部の存続が危ないんでしょ?」

「そんなのなんとかなるわよ」

 少なくとも、輝が入りたいなんて言い出さないよう話を誘導しないと。

「手芸かぁ。藤のかごや服を作ったりもするの?」

「去年は学祭のステージ衣装づくりを手伝ったこともあるわ。結構大変よ。もちろん材料費はあちらもちだけど」

 持ち込まれた生地や糸を使って作ることもあるけど、持ち込まれた生地が全然足りなかったり管理が面倒だから、基本的に材料費を計算してやらせてもらった。

 もちろん手芸部も学祭でいろいろ展示はするけど、普段作ってるものを展示するだけだから、展示に必要なのは説明書きの追加くらいで終わる。

 とはいえ、去年は部員が実質4人でやっていたから、量と人数の割合が釣り合ってなくて結構きつかった。

 実は手芸部って結構重宝されてて、時々校内の生徒や先生方からも服の直しについて相談されることもある。

 だいたいがボタン外れとか、破けた部分のパッチワークといったものなんだけど。

「あの学祭ステージ衣装、彩音が作ったんだ?」

「あたしが作ったのはトップス(上着)だけよ。ボトムス(ズボン類)は部長が作ったわ」

 実質四人の部活動では、できることに限りがあった。

 メイドカフェの出店やら、侍レストランの出店など、コスプレ系の企画でいろいろ持ち込まれたけど、とてもやりきれる量ではなかったので、半分は断る状況になっていた。

「ステージ、盛り上がったよね。彩音が頑張ったおかげで成功したようなものだな」

「さらりと部長を忘れないで。きっと泣くわよ」

 お昼を食べ終わってからも、しばらくおしゃべりしていた。


 そして放課後。

 輝のことは放っておいて、あたしは手芸部の部室に向かう。

 といっても、家庭科室を借りてるだけなんだけどね。

 ガラッ。

「こんにちわ」

「おっ、来たね彩音ちゃん」

 部長が先に来ていた。

 後輩は今日、用事があって休みらしい。

 周りを見渡すと、たくさんのミシンが置かれている。

 作業用の広い台があったり、主に布を加工する道具があちこちに置かれている。

 ここが手芸部の死守すべき部室であることに変わりはない。

 ミステリーサークル部屋なんてまっぴら。

 急いで部員を集めなきゃ、最悪廃部なんてことにもなりかねない。

「彩音ちゃん、部員集めはどう?」

「さっぱりよ」

「そうだっ、樋田といださんはっ!?お友達の樋田さんはっ!?」

茉奈まなは園芸部よ。やめる気はないって」

「そこをなんとかっ!ミステリーサークル部屋送りなんてまっぴらよっ!」

「あたしだってイヤよっ!!部長こそツテで誰か居ないのッ!?」

「いればとっくに連れてきてるわよっ!」


 連休明けから、ずっとこの調子。

 部の存続が危ういこの状況では、落ち着いて部活もやっていられない。

 クラスの人に声をかけているけど、その気のない人ばかりでずっと空振り。

 いっそ茉奈をいじめる女子たちに、イジメをネタにして入部させようかしら。

 いやいや、さすがにそれはあたしのポリシーに反するというか、ズルすぎる。

 落ち着いて部活に専念したいところだけど、その前にやるべきことが多すぎて何も手に付かない。


「それより聞いたわよー。2-Bの新宮しんぐうくんと仲いいみたいじゃない。もし新宮くんが入ってくれば、新宮くんを追いかけてたっくさんの人が入ってくれるに違いないわっ」

「やめてよ。ただでさえ輝のことでうんざりしてるんだから。それに男が手芸なんて似合わないというか。それに部活まで面倒なことは本当に…」

「呼び捨て…」

 ピタリと動きが止まる部長。

「どういうことっ!?新宮くんを呼び捨てってどういうことっ!?」

 ガシッと肩を掴んでガックンガックンと揺さぶってくる。

「いや、落ち着いてっ!部長っ!」


 スラッ


 静かにドアが開け放たれる。

「それはね、こういうこと」

 ドアを開けた輝が紙を持って目線の高さで掲げていた。手芸部の入部届。

「本日より、手芸部に入部する新宮 輝です。よろしく」


「………あの、一生のお願い。何も言わずに帰って」

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