第2話:そんなはずない
へっ…?
一瞬、あたしは耳を疑った。
「えっと…ごめん、よく聞こえなかったから、もう一度いい?」
「2-Bの
………これが、まさかのチャラ男…?
見るたびに違う女と歩いてるという…
…あたし…こんなのに一瞬でもときめいちゃったっていうのっ!?
じゃあ、さっきのさりげない気遣いってなんなのっ!?
まさかこうして女に取り入る作戦っ!?
さすがにまずったかな…。
後悔するも、あたしの胸は変わらず高鳴っている。
なんでこうなっちゃったのかな…。
最悪。
やっと一話の冒頭まで時間が追いついた。
「教えてくれる?」
「はい?」
輝くんが聞いてくる。
「君の名前」
ニコッとする笑顔が爽やかだから、余計頭にくる。
ふいっと顔をそむけて言ってやることにした。
「あなたに教える名前なんて…」
「
「コラー
パキッ。
あたしは口を滑らした茉奈へぶつけるはずだった感情を、持ってた箸にぶつけてしまった。
手に持つ箸は2本だったけど、短くなって増えて、4本になる。
どうやら茉奈のスイッチはまだ入っているらしい。
「どうぞ」
笑顔ですかさず箸を差し出す輝くん。
あたしの手が届かないところにあった割り箸立てから、一膳をスッと取ってくれたようだ。
「ふん、一応お礼を言っておくわ」
受け取ってから言う。
「手、怪我はない?」
優しさで思わずドキッとしちゃう自分に、少しイラッとした。
なんであたしがこんなチャラ男の相手なんかしなくちゃいけないのよ。
「ないわ」
「綾香 彩音ちゃん…そっか、噂は聞いてるよ」
何か納得したような様子の輝くん。
「どうせろくでもない噂でしょ」
「上級生でも構わず、筋の通らない話は筋を通すってね。ついたあだ名はアヤアヤだっけ」
はぁ、やっぱり。そんなところだろうと思ったわ。
あだ名までしっかり覚えられちゃってる。
「いいから食べちゃいましょ。冷めちゃうわ」
あたしはもうたくさんという顔で二人を促す。
「そうだな」
「そ~だね」
なんか、すごく不愉快。
チャラ男とわかってる人に、あたしがこんなにもドキドキするなんて、どうかしてるわ。
いや、だからこそチャラ男なんだわ。
こうして相手を惑わせて楽しんでるに違いない。
で、あわよくばあたしから言い寄るよう仕向けてるんだわ。
ありえない。
あたしは絶対、彼の思いどおりにはなってあげない。
それに、黙ってても女から言い寄ってくる引く
あたしのことなんて、気にもかけず忘れて終わり。あたしも彼のことを忘れて終わる。
知らずにときめいちゃったのは、あたしの人生で最大の不覚だけどね。
「さっきのやりとり見てたけど、君は正しいと思うよ」
「それはどうも」
そっけなく返してみる。
「茉奈ちゃんだっけ?先に取ってたのは見たよ。後からきたあの二人に押し切られちゃったよね」
「うん…」
気弱なところが出ちゃったか。
どうやらスイッチは切れたみたい。
それにあの二人は1年のときでも結構絡まれてた。
イジメにあってるところをあたしが
それにしても、輝くんってよく見てるな。
周りのざわつきは少し落ち着いてきたけど、どうやらあたしたちがこのチャラ男と一緒にいることが話題らしい。
それが不愉快さに拍車をかける。
「彩音の正しい行いを邪魔したことは謝るよ」
いつの間にか呼び捨てにしてるし。
なんか腹立つけど、言わせておこう。
ドキドキは収まらないのに、チャラ男とわかったら急にイライラする。
これがすごく不愉快。
「でも助かったよ。ありがと~、輝くん」
茉奈がフォローしている。ま、後でちょっと釘刺しておこう。
「正直に言うと、引っ込みつかなくなってたのは確かよ。それについてはお礼を言っておくことにするわ」
「そっか。やっぱりね」
「でも」
あたしは
「これはあたしたちの問題よ。わかったら今後関わらないで」
ふっとかすかに笑った。
「あたしたちの問題…ね」
オウム返しに輝くんがつぶやく。
これでわかってくれたかな。
あー、ほんとイライラするわね。
まだこんなチャラ男にドキドキしてるよ。
見るたびに違う女と歩いてる姿ってのもわかる気がする。
気がつくと、チャラ男の手があたしの目の前に伸びていた。
思わず引いてしまう。
「何よ」
「じっとしてて」
ちょいっ。
あたしの頬から何か摘んだ。
かすかに触れた指がこそばゆい。
「
ニコッと笑顔で、チャラ男の指に米粒がついてた。
イラッ
本来ならドキッとするところだけど、相手は有名なチャラ男。
こういうのを意識的でも無意識でもやってしまうその態度に、どれだけの女の子が犠牲になってきたのかと考えるだけで、
「あたしみたいなズケズケ女についてたもの食べたらお腹壊すわよ。これにでも戻しておいて」
あたしのトレーにあった小鉢を差し出す。
ぱくっ。
ムカッ
指につけたお米粒を、チャラ男が自分で食べてしまった。
これがチャラ男でなければ、ときめいて仕方ないところなんだろうけど…。
「うん、おいし」
ピキッ
これもチャラ男の落とし文句だろうか。
もはや我慢の限界が近づいている。
本当なら文句の一つも言ってやりたいところだけど、仮にもさっき助けてくれた気の利く人。
言うことは言うけど、それくらいあたしにも
「彩音、笑顔がこわい」
茉奈が気づいたらしい。
「別に怒ってなんかないわよ。チャラ男に頬のご飯粒を取られた自分に腹が立ってるなんてこともないわよ」
「めっちゃ怒ってる…」
茉奈はしっかり拾って指摘してくる。
「あははははっ」
チャラ男が笑い出す。
「そっかぁ、チャラ男ね。僕のことをそういうふうに思ってたんだ?」
微笑んでこっちを見る。
「
チャラ男が一呼吸おいて口を開く。
「それって彩音自身が僕のことを実際に確認した意見じゃないよね?」
はっ
確かに、言われてみるとそうかもしれない。
このチャラ男と顔を合わせたのは今が初めて。
「僕だって君のことは噂程度でしか知らないよ。けどさっきの面と向かって言い合ってる姿を見て、なるほどなと思った。友達思いで、しっかり自分の意見と主張ができる、しっかりした人だなと」
食べ終わったチャラ男は箸を置く。
「だからさ、僕のことも噂じゃなくて、実際の姿を見て判断してくれると嬉しいな」
ドキッ
一瞬顔が赤くなってしまうのを自覚するけど、相手はあのチャラ男…といっても確かに噂だけで判断していたのは事実。
つい熱くなってしまったけど、言われてやっとわかった。
あたしは噂だけで一方的に輝くんのことを判断していた。
「わかったわ。ならじっくり観察させてもらうわよ。覚悟しておいてね」
あたしは乗せられたかなと思いつつも、そう返事していた。
三人とも食べ終わって、席を立つ。
トレーを片付けて学食を出る。
「輝くん。さっきの言葉、チャラ男は取り消すわ。ごめんなさい」
「そらどうも」
あっけらかんと言う輝くん。
「で、確かにあたしはあなたを噂という色眼鏡で見ていたことも認めるわ。さらっと助けてくれた優しさに思わず心を打たれたことも認める」
輝くんは微笑む。
「でもね、茉奈に手を出したら、泣かせたら絶対に許さないから覚えておいて」
「それは安心して。噂になってるのは全部相手から来てる誘いに応じてるだけだから、茉奈から来ない限りはそれもない」
ふーん。自分から手を出すことは無いんだ?
自分から行く必要がないってことね。
「茉奈、自分から輝くんにアタ…」
「待った」
輝くんから止められた。
「何よ。邪魔しないでくれる?」
「気づいてないかもしれないけど、僕はきみらのことを呼び捨てにしてるんだから、ふたりとも僕のことも呼び捨てにしてくれてるかな」
「わかった。茉奈、自分から輝にアタックするなら前もって言ってね。そうでない場合は手を出されたと判断するから」
「彩音、顔怖いよ…」
じり、と
「心配ないよ。もし茉奈から来たら、彩音に一声かけるから」
「何よ、急にいい人ぶっちゃって」
あたしはジト目で輝を見る。
「僕のこと、じっくり観察するんじゃなかったっけ?」
あっ、しまった。
「うるさいわねっ!じっくり観察はするけど、一度ついた印象ってそう簡単には変えられないんだから、あなたこそあたしのあなたに対する印象を変えたかったらせいぜい猫かぶってることねっ!」
「同時に、僕自身も君のことをじっくり観察するから…」
「あなたにどう思われてもあたしは構わないわよっ!」
思わず声を張り上げてしまう。
「なんというワンサイドゲームだ」
「はー、なんか疲れたわね」
教室に戻って、茉奈の席でおしゃべりしている。
「あたしのせ~でごめんね」
「茉奈のせいじゃないわよ。輝があんなに疲れる性格してるとは思わなかったわ」
今日で輝のことは少しだけわかった。
周りをよく観察していること。
困ってる姿を見て放っておけないこと。
気づくと行動に移すこと。
で、チャラ男という噂に自覚と心当たりと客観的視点があること。
かなり意外だったのは、噂とは違う自分を持っていることを、遠回しにアピールしてきたこと。
ずっと輝はチャラ男と思い込んできた。
けど、実は違うんじゃないか、と思い始めてきた。
お昼が終わってやり過ごしてしまえばそれで終わり。
そう決めていたのに、どこか寂しさを覚えた。
「彩音さん、さっき輝くんとおしゃべりしてたでしょ?何を話してたの?」
見ると、いつも輝のことを話題にしている女子だった。
「別に大したことはないわよ。学食の席でちょっとした言い合いがあったのを助けてくれたけど、だからといってあたしが輝とどうこうなるってことはないわ」
さらりと言い捨てるあたし。
「そうなん………だ…って、今なんて…?」
いいかけて、顔が引きつる輝追っかけ女子。
「え?どうこうなるつもりはないってやつ?」
「…じゃなくて、名前のところ…」
笑顔が引きつっているのが不思議。
「輝がどうかしたの?」
あっさり言ってのける。
「よ…呼び捨て…?」
「ん?輝本人から呼び捨てするように言われたんだけど、何か変かな?」
ヒキキキッ。
追っかけ女子の顔がみるみるひきつりまくっている。
何か変だったのかな?
追っかけ女子はあたしの前から離れて、別の友達に興奮気味で何やらごちゃごちゃ話をしている。
そして友達を連れて戻ってきて
「うっそーっ!?輝くんに呼び捨てするように言われたのっ!?」
追っかけ女子の友達までもがあたしに迫ってきた。
「うん」
平然と答えるあたし。
「ねぇ、何がどうなってるの?教えてくれないかな?」
追っかけ女子と友達がその場で回れ右して、内緒話をしている背中に質問を投げかける。
「これはアレよ、強力なライバル出現よっ!」
「呼び捨てにさせるほど急接近するなんて、一体どんなトリックを…」
「あのー、全部丸聞こえなんですけどー。内緒話ならもっと向こうでやってくれないかしら」
「ズバリ聞くわ。彩音って輝くん狙い?」
「まさか」
あっさりすっぱりきっぱり真顔で答える。
はぁ~。
追っかけ女子と友達は、心底安心したようにため息をつく。
「だよね~、それなら安心したよー」
あははと笑いながらあたしの肩を叩く。
「そんじゃねー」
二人は席に戻ったみたい。
はー。
ほんとチャラ…いや、輝って人気なんだな。
ま、あたしには関係ないけど。
「あはは…またやられちゃった」
茉奈は教科書を出して、あたしに見せる。
なんとも小学生が書きそうな程度の低い悪口が書かれていた。
「貸して」
吉間くんが教えてくれた虫刺され薬を使ったボールペンの字消しにとりかかる。
「茉奈、あんたはっきりやめてって言わなきゃ、まだ続くわよ」
「ケガしたわけじゃないし、危なくなったら考えるね」
「で、彩音はいつ告白するの~?」
「はいっ!?」
いきなりぶっとんだ発言に、思わず変な声をあげてしまった。
「気に~ったんでしょ?」
「そんなんじゃないわよっ。気になっただけ。あたしは輝のことなんてこれっぽっちも。それどころか茉奈に手を出さないかという要注意人物としてマークしておくべきって思ってんだから…」
「あれ?あたし輝のことだなんて言ってたっけ?」
「ぐっ…言ってない」
確かに別の話題にそらされてすぐだったけど、つい口が滑ったか。
「そんなんじゃないっ、あたしは輝のことなんてこれっぽっちも気に入ってなんかないんだからっ!」
「はいはい」
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