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 香坂は椅子に寝たまま、両手で自分の髪を洗い、私を睨み付けた。


「今夜は寝かせないからな」


「えっ?」


 思わずドキッとした私。

 怒鳴られてるのに、変だよね。


「もう一回始めからやり直しだ。客が気持ち良すぎて、寝てしまうくらい優しい指タッチでしろ」


「はい」


 始めからやり直しだなんて、何度しても同じだよ。


「違うつってんだろ! 俺の髪の毛は煮麺かっ!」


 素麺が煮麺になっちゃったよ。


「おい、こんなに泡立てて、俺の頭はソフトクリームじゃないんだからな!」


「すみません」


「ばかっ! 髪を流せ! 顔に湯がかかってんだろ!」


「すみません」


 これじゃ『すみません』の大安売りだ。


「もう一回最初から」


「はい!」


 不器用な私に付き合っていたら、香坂の頭皮がふやけちゃうよ。


「お前が出来ないと、みんなが困るんだ。スタッフの一人である自覚を持て。お前はヘルプじゃないんだぞ! beautiful magicの一員なんだ!」


「わたしがbeautiful magicの一員……」


「自分をなんだと思ってんだよ! 代われ、椅子に寝ろ」


 香坂はタオルで髪の水分をとりながら、椅子に寝転ぶ私を見下ろす。


「今から俺がお前の髪を洗う。瞼を閉じて指の感覚を覚えろ」


「はい」


 香坂は私の髪を優しく素洗いし、掌で馴染ませたシャンプー剤で洗髪し始めた。


 流れるような指先……。

 優しいようで、それでいてスピーディー。


 頭皮をマッサージしながら、髪を丁寧に洗う。


 なんて気持ちいいんだろう。


 瞼を閉じ、香坂の指先に集中する。


 体の奥がジーンと熱くなるような感覚……。

 ふわふわと海面を浮いているみたい。


 指の腹……。

 エステシャンの時にも、上手く使えなかった。


 だから……

 私はヘマばかり。


 常連客もつかず、指名もされず、一見いちげん客だけを施術していた。

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