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「……美味しい。懐かしい味」
「だろ。ゆきのおでんは絶品だから。時々無性に食べたくなるんだ」
食べたくなるのはおでんじゃなくて、ゆきさんじゃないの?
「ゆきちゃん、お愛想」
「はい、竹さん毎度ありがとうございます。今日は三千円ね」
「はいよ、ご馳走さま」
「またいらして下さいね」
香坂はお酒を飲みながら、客とゆきさんの会話に耳を澄ませている。
二人は店主と客じゃない。
女のカンだけど、何か感じる。
大体、ゆきって名前を呼び捨てにしたし。彼女が香坂に向ける視線は、他の客に向ける視線とは違う気がする。
自分の女を私に見せたかったのかな?
悪趣味だな。
ていうか、一体何人女がいるのよ。
香坂は肉じゃがと鯵の南蛮漬けも注文し、黙って平らげると私に視線を向けた。
「食いたい物があれば、注文しろ」
さすがにもう食べれない。
でもカウンターの上の大皿料理は、どれも美味しそうだ。
「家庭料理が食いたくなったら、ここに来るんだ」
確かに、香坂はシェアハウスではカップ麺ばかり食べている。まともな食事をしているところを見たのは初めてだ。
「ゆき、お愛想」
「もう帰るの? また来て下さいね」
香坂は代金を支払い席を立つ。
私さえいなければ、ここに泊まったりして。十分あり得るよね。
「彼女、香坂さんの恋人ですか?」
香坂は私に視線を向けた。
「恋人に見える?」
「はい」
香坂は私の質問には答えず軽く会釈し、そのまま店をでた。
店からシェアハウスまでの道のり、香坂はずっと黙っていた。私は香坂の後ろ姿を見つめながら、とぼとぼと歩く。
シェアハウスはすでに灯りが消えていた。もう三人とも眠っているらしい。
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