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「お客さん、ちょっと詰めてもらえますか?」


 店主は客に席を詰めさせ、小さなパイプ椅子を二つ並べた。


「蓮さんどうぞ。お座りなさい」


「はい。皆さんすみませんね。お邪魔します」


 私達は狭い店内の奥に進む。


「ゆき、熱燗。それと、類には烏龍茶。おでんは大根とはんぺん。類は?」


「お兄さんbeautiful magicの新人さん? お酒飲めないの? ビールもだめ?」


 店主に『お兄さん』と呼ばれ、香坂は含み笑いをしている。


「類はアルコールを飲むと泣き喚き、記憶をなくすからな」


「まぁそうなの? お酒は楽しいものよ。残念ね。おでんは何になさいますか?」


「えっと、ちくわとはんぺん、それと卵」


「お前、さっきサンドイッチを食っただろ」


「それとこれは別です。それに私、お兄さんじゃないし」


「あら、ごめんなさい。beautiful magicのスタッフは男性だけだと思っていたから」


「ゆき、今の話は聞かなかったことにしてくれ。beautiful magicは男性スタッフのみ、公式サイトではそうなってるからな」


「あら、お店の秘密を聞いちゃった。大丈夫よ、誰にも言わないから」


 店主は熱燗を香坂に差し出し、私に烏龍茶のグラスを置いた。しなやかな白い指、うなじからほんのり漂う色気。


 おでんの具材をお皿に取り分け、私達の目の前に置く。


「ありがとうございます。頂きます」


「よく食うな。水着になるんだぞ。腹突き出して歩くなよ」


「失礼ね」


 私はパクパクとはんぺんを食べる。優しい味だな、一度食べたらくせになりそう。

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