第24話 決着の時
羅刹と夜叉が剣を捨てるのは同時だった。
羅刹は毒針で、夜叉は鍛えられた拳で、二人は殺し合った。
羅刹はゆらゆらと、とらえどころのない動きで夜叉を惑わす。目の前にいるのに気配がつかめない。まるで幽霊のようだ。
夜叉はコンパクトな動きで拳を突き出し続ける。消して無理はしない。だが羅刹に距離を取らせない。まさに達人だ。
お互いの実力は拮抗し、お互いに一撃も入れられない。
周囲の兵士はいつの間にか見とれている。二人の戦いを、じっと見ていた。
それは二人の世界。誰も加勢できない。もしも加勢できるものがいるとすれば、二人の戦いをよく知る仲間だけだろう。
国軍も革命軍も足を止めて、二人を見ている。誰もが見とれ、憧れをおぼえるような戦いだった。
殺し合っているのに、二人は通じ合っているようで、まるで示し合わせたかのように動く。
夜叉が顔を殴りに行けば、羅刹は状態をひねってそれを躱す。羅刹が毒針を投げれば、夜叉はそれをはたき落とす。
反応と言うのは早すぎる。本当に相手の動きが分かっているような動き。
均衡が崩れたのは、羅刹のミスからだった。体力に劣る羅刹が、夜叉の攻撃をかわしきれず、夜叉の蹴りを足に受けた。
足へのダメージで羅刹の動きはわずかに鈍る。そしてそのわずかな差は致命的だった。
夜叉の拳が、羅刹にかすりはじめる。致命的な攻撃は受けない。だが少しずつ、夜叉の攻撃が当たり始めている。
そして最後に、夜叉の拳が羅刹をとらえた。
セレナは軽いサーベルを素早く振り回し、手数でエイミーを押していた。その攻めはまるで炎のようだ。
エイミーは銃剣の長さを活かし、てこの原理で振り回す。一撃の重みではエイミーが勝っていた。
二人の戦いは苛烈を極めた。セレナがサーベルを振り下ろせば、エイミーは銃身でそれを防ぐ。エイミーが銃剣を振り回せば、セレナははじかれないように受け流す。
二人の戦いは刻一刻と苛烈さを増していく。殺し合っているのに、二人は確かめ合っているようだった。
戦いの速度についてこれなくなったのはエイミーの方だった。苛烈さを増していくセレナの攻撃を、エイミーはしのぎきれない。
体制が崩れ、剣を防げず転がって避ける。しかし転がって避けてはその先がない。セレナが立ち上がる隙を与えるはずもなく、エイミーは転がったままサーベルの刃を銃身で受けた。
しかし重力が乗ったセレナの攻撃を、受けきることはできない。力負けし、銃剣をマスケット銃ごとはじかれる。
そしてセレナが最後の一撃を決めようとしたその時――
夜叉は吹き飛ばされていく羅刹を追った。手ごたえがほとんどなかったからだ。さらに言えば、羅刹は吹き飛び過ぎだ。
羅刹は自らの足で後ろに飛んだのだ。それによって殴られたダメージは、最小限にとどめていた。
羅刹は周囲で見ていた兵士にぶつかり、さらにその奥まで転がっていった。
夜叉も羅刹を追って人ごみを越えて行った。
羅刹と夜叉は驚愕に目を開く。
その先にいたのは――セレナとエイミーだった。
セレナはまさに、エイミーに向かってサーベルを振り下ろすところだった。
夜叉はそのサーベルを両の手でとっさに挟み込む。白刃取りだ。
両手がふさがった夜叉の背中を羅刹が狙う。エイミーは転がったまま銃剣で羅刹を刺しに行く。セレナはとっさに銃剣を蹴り飛ばす。
四人は同時に距離を取った。
「ずいぶんとぼろぼろのようだな」
「うるせぇ、お前があいつと戦ってみやがれ」
セレナが羅刹をからかい、羅刹が毒づく。
「大丈夫か?」
「はい。まだ戦えます」
夜叉がエイミーを気にかけ、エイミーは心配ないと答える。
エイミーの無事を確認するや、夜叉は前に出た。同時にセレナも前に出る。
セレナは得物の長さで、夜叉を近づけさせない。
そこにセレナよりも長い武器を持つエイミーが援護に加わった。
銃剣の間合いでセレナに切りかかるが、それよりも遠く、飛び道具の間合いからナイフが飛んでくる。
いつの間に拾ったのか、羅刹の手には剣が四本も握られている。そしてそれらは同時にエイミーに向かって投げられる。
弱い者から狙う。戦いの常道だ。
夜叉はエイミーをかばい、剣をはたき落とす。そして同時に切りかかってきたセレナの剣を紙一重でかわし、同時に間合いを詰める。夜叉は一瞬で拳の間合いまで入り込む。
セレナは剣で横向きに薙ぐと同時にバックステップ。援護があっても、セレナでは夜叉に勝てない。
セレナが下がると同時に羅刹が前に出る。羅刹と夜叉の激しい戦いが再び始まる。並大抵のものでは援護もできない、すさまじい戦いだ。
だがセレナは羅刹の戦いを知っていて、エイミーは夜叉の戦い方を知っていた。
誰も入れないような戦いに、セレナとエイミーは割って入った。
エイミーは銃剣で羅刹の逃げ道を防ぎ、夜叉はその間に追い詰める。セレナはサーベルで夜叉の動きを制限し、その隙間を使って羅刹は逃げる。
夜叉が地面を強く蹴った。砂埃が舞い、セレナはとっさに腕で目を守ってしまった。
その一瞬で夜叉とエイミーは羅刹を追い詰めようとするが、夜叉は独自の歩法で分身していた。
目をつむっていても戦える夜叉と違い、エイミーは分身を見破れない。エイミーの攻撃が空を切り、羅刹は窮地を脱した。
そして羅刹は分身したまま夜叉を攻撃する。ナイフと毒針が何本も飛んでくるが、夜叉はそのすべてを回避する。夜叉は羅刹の分身を完璧に見切っていた。
夜叉は分身を無視し、本物の羅刹に向かって拳を振り下ろした。
だがしかし夜叉は驚愕することになる。羅刹の分身に身を隠して、セレナが接近していたからだ。分身のいる場所は意識の外だった。ゆえにセレナの攻撃は全くの予想外だった。
――よけれない。
夜叉は敗北を悟った。
だがエイミーは、分身を見きれなかったエイミーは、セレナの接近に気が付いていた。そして夜叉を守るため、銃剣を振りおろす。
「…………負けたか」
夜叉の首元には、セレナのサーベルが当てられていた。
「いや、引き分けだ」
その代りセレナの目の前には銃剣の切っ先があった。エイミーが止めなければ、セレナは突き殺されていただろう。
「まったく、くそったれだな」
毒づく羅刹の前には、夜叉の拳があった。
「これはこれで、よかったのではないでしょうか」
そう言うエイミーの眼前には、羅刹の持つ毒針がある。
誰もが誰かを殺せる状態。お互いに人質を抱えた奇妙な状態だ。
「どうするつもりだ?」
「交渉すればいいんじゃねぇの」
夜叉が言って、羅刹が答えた。
四人はお互いの顔を見渡して、そして同時に武器を下した。
「ふむ、交渉旗でもあげようか。いや、それはそれで面倒だな。ウィルバードがどう出るか分からん」
「一度離れてから再戦ですか?」
「まて、それはこちらに不利すぎる」
夜叉がとっさに口をはさんだ。
さっきまで殺し合っていたとは思えない様子だ。まだ戦争は続いていると言うのに、どこか気の抜けた会話だった。
四人はなんだかおかしくなって、笑った。
「どうする?」
「どうしたらいいんでしょうね?」
戦場とは思えない会話だ。周りの兵士もどうすればいいか分からず、戸惑っている。
――そこに突然、銃声が響いた。
もしもエイミーがもう少し弱ければ、もしくは羅刹がもっと強ければ、防げていただろう。
彼らの実力が拮抗していたがゆえに戦いは長引き、疲弊し、彼らは周囲に気を配る余裕をなくしていた。
最初に気が付いたのはセレナだった。彼女だけが全ての軍の位置を把握していたからだ。
次にエイミーが気付いた。たまたまそちらに目を向けていたからだ。
それは国軍の兵士達だった。しかしそれはもっと後方で待機しているはずの集団で、ウィルバード直属の部下たちだった。
彼らはこちらに向かって銃を構えていた。
響く銃声、放たれる銃弾。
誤射などと言うものではない。完全なる裏切り行為だ。
響く悲鳴、飛び散る血液。
そして彼らは二本目のマスケット銃を構え、さも当然のように、友軍に向かって追撃を加えた。
銃弾は避けれても弾幕は避けられない。夜叉も羅刹も同じだ。セレナとエイミーはそもそも銃弾を避ける事すらできない。
そして数秒後、三度目の一斉掃射が行われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます