第23話 決着をつけよう
エイミーは銃剣を振り回す。戦いの中で、すでに銃弾は使ってしまっていた。エイミーにできる最も重要ことは、勝っているリーチを押し付けることだ。
戦いは相手の土俵ではなく、自分の土俵で行うものだと夜叉から教わった。エイミーは夜叉の教えに忠実に、戦っている。
セレナはエイミーの攻撃を避けながら、反撃の機会をうかがっていた。銃剣はてこの原理でふるわれているので、うかつに攻撃を防ぐと、力負けしてしまう。セレナはエイミーの動きを見て、反撃の隙を探していた。
エイミーは夜叉と出会ってから、猛特訓をしてきたが、鍛錬の量ではセレナに遠く及ばない。
セレナは軍人になってからずっと、自らに厳しい訓練を課していたからだ。その差を埋めるには、少なくとも数年はかかるだろう。
つまるところ、間合いに入らせないようにすることしか、エイミーにはできないのだ。セレナの、サーベルの間合いに入ったとたん勝負は決まるだろう。
だがしかし、セレナはその間合いに入るだけの事が出来ずにいた。
エイミーは努力が得意ではない。むしろ下手な方だ。言われたことを、できるようになるまでただやり続けることしかできない。
楽な方法に逃げたりしない。ただ愚直に努力し続ける人間だ。
そんなエイミーが、近づけさせないと言うただ一つの事に集中したのだ。間合いを保つことだけを考えた相手に近づくのは、セレナとて容易ではないのだ。
「やるじゃないか。しばらく会わないうちに腕を上げたな」
「夜叉さんに鍛えてもらいました」
「夜叉? ああ、あの青鬼か。なるほど、強くなるわけだな。エイミーは昔から真面目だったからな、良い師を持てば強くなるだろう」
「でも、距離を取るだけでせいいっぱいです」
「当たり前だ。私が何年努力してきたと思ってる。そう簡単に追いつかれてたまるか」
セレナは銃剣の間合いの外で、サーベルを構えなおした。エイミーの技は十分に見た。反撃を始めるぞと、その鋭い目が語っていた。
真っ赤な髪、鋭い目、鍛えられた体、その手に持つサーベル、それらすべてが剣のようだった。
「行くぞ!」
言葉と主にセレナは前に出た。そして銃剣の間合いに入る直前に、地面を蹴り上げた。土と砂がエイミーの顔に向かって真っすぐに飛んでいく。目つぶしだ。
エイミーはそれを躱しながら、とっさに銃剣を振るった。しかし前に出てきていると思ったセレナは、間合いの外で待っていた。
急停止からの急加速。銃剣が空ぶった隙を狙って、今度こそセレナが接近する。
そこはサーベルの距離だが、銃剣は接近された程度で使えなくなる武器ではない。切る事は出来ないが、打撃に使う分には何の問題もない。
エイミーは銃の柄で、セレナを殴りに行った。
「つうっっっ!」
しかしその攻撃はセレナに避けられたばかりか、反撃をくらった。足を浅く切られ、痛みに歯を食いしばる。
エイミーは銃を振り回しながら後ろにステップするが、それに合わせてセレナも前に出てくる。
セレナが上段に構えたサーベルを、斜めに振り下ろした。
エイミーがその攻撃を防いだ瞬間、足に激しい衝撃を受けた。セレナが足払いを仕掛けてきたのだ。
倒れる体、再び迫るサーベル。エイミーはその攻撃を防ぐことができなかった。
サーベルが頭に当たり、すさまじい衝撃に意識が飛ばされそうになる。地面に向かって伸ばした腕は空を切り、頭から地面に倒れこむ。
峰打ちだった。セレナにとってエイミーは、手加減のできる相手だった。それだけの事だ。
打ち抜かれた場所は側頭部。そこを鉄の塊で殴られて無事ですむ人はいない。
そう、エイミーは無事ではなかった。だから立ち上がったのはエイミーが耐えられたからではない。
エイミーはただ意志の力のみで、再びセレナの前に立ちはだかった。
セレナは驚いていた。手ごたえは確かにあったはずなのに、エイミーは立ち上がった。立ち上がれるような一撃ではないことは、セレナは腕に伝わった衝撃で分かっていた。防がれてはいないし、ダメージを逃がされたわけでもない。
つまり、エイミーはただ耐え抜いたのだ。おそらくは、ただ意志の力のみで。
セレナの額に初めて汗が流れた。その意志の力に気おされたのだ。
「もうやめろ。これ以上やると死ぬぞ」
セレナは言葉ではエイミーを止めながら、体は再び戦闘態勢に入っていた。肌で感じるのだ、必ず立ち向かってくると。
「戦うと決めた日から、死ぬ覚悟はできています。この戦いで何人も死にました。国のために死んでいきました。だから、私は引きません。死んでいった人たちの分まで、戦います!」
意志の力で立ってはいるが、ダメージはやはり大きいようで、体はふらついている。
だが目は死んでいない。
セレナが初めて会った時、エイミーは大きな目をしていて子供みたいだった。
数か月前に公園にあった時、新兵のような、勇気と無謀が合わさった瞳をしていた。
そして今、目の前にいるエイミーは、戦士の目をしていた。死を覚悟した戦士の目だ。
「死んでいった者どもにできることは三つある。悼むこと、生前の望みをかなえてやること、そして彼らのもとへ行かぬことだ。死ねばそのどれもできぬ。やるのならかかってこい。私は死んではやらんぞ」
「あいにくですが、死にに行くことと、死ぬ気で戦うことの違いは分かっています。大切な人たちに、教わりましたから。私だって、そう簡単に死にませんよ。生きて、帰りたいですから。もう一度、話をしたいですから」
――いい目だ。
生き残るために死ぬ気で戦うと言うその矛盾。
肉体の限界を超える意志の力。
セレナは心の中でエイミーをたたえた。この戦いに反乱軍が勝っても、この国は救われるのではないかと、一瞬だけそんなことまで考えてしまった。
ただの気の迷いだ。だけどそう思えるほど、真っ直ぐなエイミーの目はきれいだった。
「…………もしも……」
「……なんですか?」
「いや、なんでもない。もしもこの戦いが終わったら、と言おうとしたんだが、殺し合いの最中に言うことじゃないと気付いてな」
「いいじゃないですか。もしもの話って、希望があって好きですよ」
「なら言うよ。この戦いが終わった後、もしも二人とも生き残れっていたら、一緒に飯でも食べに行かないか?」
「いいですね。公園で会った時には、ほとんど話もできませんでしたから」
「ああ。甘いデザートでも食べながら、この国の未来について話し合おう」
「私はクレープがいいです。それとコーヒーですね」
「私はケーキかな。適度な甘さのやつがいい。飲み物は紅茶がいいな」
「いいですね」
「ああ、そうだな」
どちらからというわけでもなく、二人は同時に武器を構えた。
セレナはゆっくりと、別れを惜しむようにサーベルを正眼に構える。
エイミーも同じようにゆっくりと銃剣を構える。銃剣の先は、真っ直ぐとセレナの方を向いている。中段の構えだ。
「決着をつけよう」
真っ赤な髪が風になびく。
ほんの少し暖かい風。暖かな太陽の光が二人を包む。
だがすぐに太陽は雲に隠れ、あたりには冷たい風が吹く。
「はい」
びゅうびゅうと、悲し気に風が吹く。
赤い髪と黒い髪が風に揺れる。今二人はお互いの事しか目に入っていない。
二人は見つめ合う。瞬きほどの間。永遠に近い一瞬。
二人は同時に勝負を仕掛けた。
セレナとエイミーが、羅刹と夜叉が闘っている時、彼らは背後で軍を指揮していた。
安全な馬車の中で、二人の男がいる。一人は総司令のウィルバード。もう一人はウィルバードの部下だ。
部下はウィルバードに封書を出しだした。ウィルバードはそれを破り、中の手紙を広げた。
そして、にやりと愉快そうに笑った。人の不幸を笑う時の、いやらしい笑みだ。
「そうか、また一人王子が死んだか」
「はい、この目で確認してきました」
「ご苦労。引き続き王子達の動向を見張っていてくれ」
「了解しました」
ウィルバードの部下は一礼をして、馬車から去っていった。
ウィルバードはくくくと笑う。こみあげてきた笑いがこらえきれない。そんな笑い方だ。
この国の王子達はお互いに殺し合っていた。セレナなどは、それが嫌で王宮を飛び出したほどだ。
そして当然のごとく、殺し合えば人は死ぬ。殺し合いの手助けをするものがいれば、なおさらのこと。
王宮から離れて久しいセレナは知らない。自身の肩書を知らない。
王位継承権第一三位、セレナ・クロックフォード。それはもう過去のものとなった。
彼女は今、王位継承権第三位……つまり王位に三番目に近い人間となっていた。都合のいい男を王にするには、邪魔な存在だ。
「くくく、あと三人……セレナを殺せば、あと二人か……くくく、楽しみだなぁ。あいつはどんな顔で死ぬのかな。くくくくく」
小さな、いやらしい笑い声。
我欲にまみれた男がそこにいた。
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