第22話 双子の鬼

 エイミーがそこにたどり着いたのはただの偶然だった。夜叉が暴れまわり、そこに羅刹が現れ、戦いが激化した結果と言える。さらに言うならば、エイミーが夜叉に指導を受けた結果、夜叉の戦い方を理解できていたことも理由の一つだ。


 夜叉が作り出した戦場の混乱を利用し、エイミーは敵陣深くまで潜り込むことができた。

 そしてエイミーはセレナと出会った。


 セレナは将にしては前に出過ぎるきらいがある。エイミーには無謀に突き進む悪癖がある。

 その結果、二人は出会ってしまった。街中ではなく、どちらかの家でもなく、公園でもなく、この場所、殺し殺され殺し合うこの戦場で、出会ってしまった。


 先に気が付いたのはセレナだった。セレナは将として、広い範囲を見渡す必要があったからだ。


「……エイミーか、もしかしてとは思っていたけれど、革命軍の一員となったのだな」

 エイミーはセレナを見上げた。

「…………セレナさん」


「君の事は分かってる……君の気持ちも分かっているつもりだ…………だが戦場で、私の前に立ったからには、排除せねばならない。……わかるだろう?」

「黙っていて、ごめんなさい」

「言えば反対したからな。気持ちは分かる……言ってほしかったがな」

 セレナは部下に、手を出すなと命令した。そしてサーベルを手に、エイミーのもとへ降り立った。


「最後に聞いておこう。革命軍を抜けて、私達の仲間になる気はないか?」

「ありません。私はこの国のため、戦い続けます」

「私達だってこの国のために戦っている。国民から搾取することしか考えていない他の国軍とは違う。方法が違うだけだ」


「軍を内側から変える方法……ですか?」

「その通りだ」

「私の父はその方法を選んで……殺されました」

「知っている。惜しい人を亡くした」

「今の軍は内側から変えられるような状態ではないはずです。一度叩き壊さなければどうにもならないほど、腐敗しているでしょう。内側から変えるのに、いったい何年かかるんですか」


 セレナは困ったように頭をかいた。セレナ自身も分かっていたからだろう。内側から徐々に変えていくのには時間がかかる。今の軍には自浄作用がほとんどないのだ。それこそクーデターでも起こさない限り、大きく変わることはないだろう。


「ならば逆に聞こう。君は革命を成し遂げた後、どうするつもりなのだ? 革命が起きれば国は混乱する。政治的な混乱はもちろん、軍事的な問題も発生する。君たちはその混乱をどう収束させるつもりなんだ? その隙をついてくる他国に対し、どう立ち向かうつもりなんだ?」


「……それは…………」


 今度はエイミーが答えに困る番だった。エイミーは目の前の問題ばかりを見つめていたからだ。国軍を倒したその先の事は、考えていないわけではなかったが、深く考えてはいなかった。

 国軍と、国軍に虐げられる国民の事で頭がいっぱいだったのだ。


「エイミーの目的は国民を救うことだろう。国軍を倒すことはただの通過点のはずだ。その先を考えていないものに、この国は任せられない」

「ならばセレナさんは、確実にこの国を救えるんですか? この国を救うまでに、この国が持つんですか?」


 それもまた答えに苦しむ問題だった。この国はもう末期だ。革命軍なんてものが出来上がるほど、この国は腐っている。時間をかける余裕はない。


「間に合わせる……としか言えないな」

「それならば私も、何とかして見せる、としか言えません」

「仕方がないな。私は私が正しいと思っているし」

「私も私が正しいと思っています」


 セレナはサーベルを抜いた。鞘が地面に放り出される。

 エイミーは銃を構えた。銃剣はすでに装着済みだ。


「お前たち、手を出すなよ。この戦いは、私が決着をつけないといけない。いや、つけないと気が済まない」

「私はかまいませんよ。戦争ですから」

「私の意地だ。気に病むことはない」


 エイミーは姿勢を低くした。見るからに突撃する姿勢だ。

 セレナはそれに対し、サーベルを構えた。かかってこいと挑発しているように見える。


「……では、行きます」

「ああ、来い」





 羅刹と夜叉は同時に立ち上がった。二人が手にしたのは、遠い東の国に伝わる片刃の剣だった。その切れ味と強度は有名で、それゆえにイリアンソス王国でも、それを模した剣がいくつも作られていた。この戦で使われていてもおかしくはない。


 そしてその武器は、羅刹と夜叉が生まれた村で、使われていた武器でもあった。二人がそれを手に取ったのは偶然ではない。無意識のうちにその武器を選んだのだ。


 羅刹も夜叉もひどいダメージを受けている。だがそれでも二人の構えに無駄はなかった。

 羅刹の構えは荒々しい我流の構え。

 夜叉の構えは型どおりの正眼。


 それは二人が幼いころ、故郷の村で行われた戦いの時と同じ構えだった。

 羅刹が前に出て、横なぎに剣をふるった。夜叉も同時に剣をふるい、二つの剣が衝突する。

 力で勝る夜叉が羅刹の剣をはじくが、羅刹ははじかれた勢いを利用して再び剣をふるう。

 夜叉が袈裟懸けに切りかかれば、羅刹はその攻撃が来ることが分かっていたかのようにかわし、躱しながら攻撃をする。


 羅刹が回避と同時に剣をふるえば、夜叉もそれが分かっていたかのように剣で受け止める。

 命を懸けた殺し合いなのに、まるで演武のようだった。

 夜叉と羅刹は、師こそ違うが、同じ村の同じ流派の技を受け継いでいる。相手の使う技も、技の返し方も、返し技の返し方も、二人は体で覚えていた。


 そしてすぐに思考も追いつく。数合打ち合った時点で、お互いに相手が同じ流派の使い手であることを理解した。

 同時に疑問も沸き起こる。二人は故郷の村が滅んだことを知っている。ならば目の前の、同じ流派の男は誰なのかと。


 疑問は思考を鈍らせ、思考が鈍れば技も鈍る。二人は疑問を意識の隅に追いやった。

 だが打ち合えば打ち合うほど、疑問は大きくなるばかり。二人の頭には、在りし日の思い出がよみがえっていた。二人が殺し合った、一五歳の誕生日。


 二人は同時に距離を取った。戦いを中断するその瞬間まで同時だった。

 二人は見つめ合った。先に口を開いたのは夜叉だった。


「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ」

「わが衣手は 露にぬれつつ」


 それは一定のリズムで読む歌だった。夜叉が読み、羅刹がそれに続いた。


「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の」

「衣干すてふ 天の香具山」


 次は羅刹から読み始め、夜叉が答える。

 歌の続きなど、知らなければ答えられない。二人は目の前にいる男が同じ村の出身だと確信した。


 羅刹は考えた。

 弟を剣で切ったが、彼の死を確認したわけではないと。手ごたえはあった。だが適切な治療を施されたなら、生き残ったかもしれない。


 夜叉は考えた。

 兄は鬼として処刑されるはずだったが、実際に処刑されるところを見たわけではない。処刑される前に逃げ出した可能性はある。


 二人は、お互いの名前に見当がついている。だがそれでも尋ねずにはいられなかった。


「名を聞こう」

「……夜叉」

「鬼の名前だな」

「……君は?」

「……羅刹」

「……鬼の名前だね」

「ああ」

「……生きていたんだな」

「こっちの台詞だ」

「喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか」

「喜べばいいだろ」

「そうだな」

「そうだよ」


 夜叉が再び構える。羅刹も構える。

 ここは戦場で、敵同士だ。同じ血を分けた兄弟だろうと、殺し合わねばならない。

 まるで運命だ。殺し合うことを宿命づけられた二人が、こうして戦場で出会っているのだから。


「結局、どっちが鬼なんだろうな」

 夜叉が呟いた。夜叉は戦いたくないのだ。

 羅刹も戦いたくないだろう。だが状況がそれを許さない。

 戦いたくはない。でも戦わねばならない。


 一五歳のあの日、あの日も同じだった。だが、あの日よりかは暖かい。

 あの日は冬で。今は春だ。風も少しは暖かい。それに何よりも、無理やり戦わされるわけではない。


「俺が菩薩に見えるか? 菩薩の座はお前にやるよ。なんつったて俺は兄貴だからな」

 双子の片方は鬼で、もう片方は菩薩。それが村に伝わる言い伝えだ。菩薩なんて性に合わないと羅刹は言う。



「俺も遠慮するよ」

 極力人を殺さぬように生きてきた夜叉だが、その手がきれいなわけではない。復讐に燃える男が菩薩なわけがないと、夜叉は考えた。


「なら勝った方が鬼って事にしようぜ」

 羅刹が言った。あの日の殺し合いの続きをしよう。

 相手を殺したほうが鬼。殺されれば菩薩。


「ああ、それがいい」

 夜叉はその提案を受けた。今度は死んだふりはしない。本当の殺し合いだ。


「行くぞ! 弟!」

「ああ、こい! 兄さん!」

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