第18話 決戦に向けて(革命軍)

 夜叉とエイミーは、オニクスの見舞いに来ていた。病室には見舞いの品がいくつも置かれている。こう見えて人望があるようだ。


 捕虜は無事に逃がすことができて、一部は革命軍に加わってくれた。作戦としては大成功だ。

 だがいくら助けても、元を絶たない限り同じことは繰り返される。

 外では雪が解けている。雪解け、春の訪れだ。恵みの季節だが、同時に戦いの季節でもある。


「山の雪も解けてきたな。そろそろ決戦の時か」

 オニクスのいるベッドからは、窓の外がよく見える。山にもかすかに緑の色が見えていた。

 雪の上では動きはどうしても鈍くなる。大軍ならなおさらだ。山道を進もうと思うと、さらに問題は増える。道の狭さ、落下の危険性、そして雪崩。結果としてどちらも攻め込むことが困難となり、決戦は春まで持ち越しとなる。

 そして今春が来た。決戦の時が来てしまった。


「攻めてくるのか?」

「来るでしょう。それに、来なければ行くだけです」

 エイミーは真剣に外を眺めている。夜叉が初めて出会った時、エイミーの表情には少女のような幼さがあった。だが今のエイミーに幼さは感じられない。

 一刻も早くこの国を変えなければならないと、エイミーは思っているのだろう。時間がたてば被害は増える一方だ。

 だが革命軍と国軍が真っ向からぶつかり合って、そこに勝者は残っているのだろうか?


「きれいな景色だな」

 雪の下から緑の草木が顔を出している。家の上には白い雪が残っている。空は透き通るように青い。色彩豊かなその景色がとてもきれいに見えた。

 この景色が血で染まることを考えると、少し悲しい。


「そうですね。きれいな景色を見てるとたまに思います。なんで戦わなければならないんだろうって」

「誰も戦いたくねぇのに、戦いは起こる。なんでだろうな」

 オニクスは天井を見上げて言った。

「戦うしかないからじゃないか。戦わずに解決できるなら、だれでもそうするさ」

 夜叉は戦いを好むわけだはないが、たくさんの戦いに身を投じてきた。それはそうするしか方法がないからだ。この国の腐敗も、自ら正す仕組みが機能していない以上、力ずくででも変えるしかない。


「嫌な話だよなぁ」

「ああ、嫌な話さ」

「早く終わるといいですね。昔のような、笑顔あふれる国に戻りたいです」

 外は静かだ。風の音が少しするだけで、本当に静かだ。木々がなびく小さな音も、しっかりと聞き取れる。嵐の前の静けさとはこういうことを言うのだろう。


 国軍は革命軍よりも戦力を保持している。楽な戦いにはならないだろう。

 それになにより相手にはあの姫様がいる。夜叉は用兵の事は知らないが、強敵はいつだって意志の強い奴だった。勝つために必死になれる奴らはいつも手ごわかった。

 たぶんあの姫様は、エイミーとは違う方法で国を救おうとしているのだろう。協力できればいいのだが、姫様のあの目を見る限り無理だろう。エイミーと同じで、前しか見ていない。曲がることなく、目的のためにただ突っ走っている。だから、歩む道が違う限り協力はできないだろう。


 もちろん人質を助け出す時のように、目的が同じならば、目的が同じである内は協力できる。

 だが次の戦いは、国が革命軍を、革命軍が国を倒すための戦いだ。陣営が違う以上、どうしようもない。

 おそらく姫様は前線へ出てくるだろう。安全圏でのんびりと構えるような性格ではないはずだ。刑務所でわざわざ夜叉の前に姿を現したことからもうかがえる。だからきっと、激しい戦になるだろう。夜叉でさえ、無事ですむかは分からない。


「……夜叉さん」

 いつになく真剣な様子で、エイミーが夜叉の名を呼んだ。

「夜叉さん……ここから先はとても激しい戦いになります。夜叉さんでも、命を落とすかもしれません。夜叉さんは旅人で、この国のために死ぬ必要はありません」

「死ぬ気はないぜ」

「分かってます。何が起こるか分からないのが、戦争です。どんな強い人だって、死ぬときは死ぬんです」

「そうだな。俺だって不死身じゃない。だが……それでいいのか? 俺がいなくても、勝てるのか?」


 それでいいのかと夜叉は聞いた。

 エイミーはしばらくしてから頷いた。

「……はい。夜叉さんが、この国のために死ぬ必要はありません。これは、イリアンソス王国の、国民による国民のための戦いです」

 エイミーが夜叉の事を思って言っていることは分かっている。だがそれでも残念な気持ちにになった。夜叉が言ってほしい言葉はそれではなかったからだ。

 ベッドの上でオニクスが、やれやれと肩をすくめた。


「その程度にしておきな。でないと兄ちゃんが本当にこの国から出て行っちまうぞ」

「……それで構いません」

 構いませんと言うわりには、辛そうな顔だった。エイミーも夜叉と一緒に戦いたいのだろう。

 夜叉ほど頼りになる仲間は他にはいないだろう。それ以上の感情もあるかもしえないが、夜叉には分からぬことだ。

「嬢ちゃんよ、考えは立派だが、それはあんたの考えだろ。兄ちゃんの考えをちゃんと聞いたのか?」

 オニクスの声は、エイミーを諭すようだった。


「鬼面の兄ちゃんはきっときっと、一緒に戦いたいって思ってるぜ。危険だから逃げてくださいじゃない、危険だから一緒に戦ってくださいって言ったらどうだ。きっと答えてくれるぜ。なぁそうだろ、鬼面の兄ちゃん」

「そうだな。ここまで来て引き下がるつもりはなかったよ」

「またまた。男ならそこは、君を守りたいからとか言ってやれよ」

「そういう言葉は、口に出さないほうがきれいだろ」

 エイミーは辛そうな顔から一転、嬉しそうに驚いた。今にもはしゃぎまわりそうな様子だ。それだけ嬉しかったということだろう。


「一緒に戦ってくれるのですか?」

「もとよりそのつもりだ」

 夜叉はきっぱりと答えた。引き際と言うものがあったとして、それはとうの昔に過ぎ去っている。あえてどこかと答えるならば、最初にエイミーと出会った日だろう。武器をもって酒場から出て行くエイミーを追いかけたあの時から、最後まで戦い続けることは決まっていた。


 夜叉はもう一度外を見た。

 戦いになれば、あの鬼はきっとやってくる。復讐はやめろと言われたし、もうする気はない。

 だが戦わねばならぬだろう。たぶんそういう運命なのだ。どんな戦場でも死ぬ気はしない。だが、あの鬼と戦うときだけは……死の覚悟をしなければならないかもしれない。


 夜叉はエイミーを見た。笑顔に覚悟が同居している。良い表情だ。

 夜叉はもう一度外を見た。遠くに大きな雨雲が見える。

 雨になりそうだ。

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