第14話 信用なき仲間

 小さな建物の中に、縛られた兵士が八人転がっている。さらに反乱軍の兵士が二十人以上いるのだから、部屋はすし詰め状態だ。


 夜叉の目の前に刑務所の地図が広げられている。大きな建物が二つあり、その中はいくつもの部屋に分かれている。そこには収容施設と書かれていた。大きめの部屋が雑居房で、小さめのものは独房だろう。

 敷地内には畑や工場もある。受刑者はそこで強制労働をさせられているのだろう。


「二手に分かれるか。できる限り手早く済ませたい」

「そうだな。二か所同時に回ったほうがいいだろう」

「私も賛成です」

 夜叉の提案に、オニクスとエイミーが頷いた。


「みなさんもそれでいですか」

 エイミーが聞き、兵士たちは頷いた。


「他の施設はどうなっている?」

「警備員の宿舎に見張り台、あとここは食堂か、この時間にいるのは兵士だけだろう。もしかしたら拷問室に何人か囚われているかもしれないが……ここは牢屋の地下だ。ついでに見て回れるだろう」


「なら無視してもいいな。編成はどうする」

「俺と嬢ちゃんのチームに半分、残りは兄ちゃんが率いる。問題ないだろう」

「ああ、ない。俺は北の方を担当しよう。救出したら西門を抜けて、外で合流しよう」

「じゃあ俺たちは南だな。決まったらさっさと行こうぜ嬢ちゃん」

「嬢ちゃんじゃありません、エイミーです」

「分かったよ、エイミー嬢ちゃん」


 エイミーは文句を言いながらも、部隊を再編制していった。

 夜叉は兵士一人一人に声をかけて言った。緊張している兵が多かったからだ。

 オニクスは壁にもたれかかって煙草をふかしていた。彼なりのリラックスの方法なのだろう。


「なにが起こるかわからないのが実戦だ。注意しろよ」

「分かってます」

「何か異変を感じたら?」

「下がって様子を見る」

「敵に見つかったら?」

「仲間を呼ぶ前に倒す。できなければ引く」


 回答が早い。なんども頭の中でシミュレートしてきたのだろう。

 だが夜叉の中の不安は消えない。同じチームでいたいが、そうなるとバランスが悪い。革命軍の一員としてここにいる以上、過保護ではいられない。


「上出来だ。くれぐれも油断はするなよ」

「分かりました」

 夜叉は仲間の様子を確認した。出発の準備はできているようだ。


「いこうか」

 夜叉が言った。

 オニクスが煙草の火を床に押し付けて消した。

 エイミーは目をつぶり、額をマスケットに押しあてて祈った。


「ああ、いくとするか」

「ええ、行きましょう」

 






 羅刹は刑務所の一室でぐっすりと眠っていた。ただし今度は牢屋ではなく、警備員の詰所だ。硬い地面にわらを敷いただけのような最悪の寝床ではない。ちゃんとしたベッドだ。

 来客者用なのか、安物のベッドではなく、高級な奴だ。なので羅刹はこの幸運をかみしめるべく、心地の良い眠りに落ちていた。


 問題があるとすればセレナが隣の部屋にいて、そして今まさに羅刹のもとへ歩いて来ているということだけだ。

 セレナはノックという文明が得た素晴らしい文化を活用することなく、まるで蹴破るかのような勢いよく開け放った。


 ドアを開けるという行為と、羅刹を叩き起こすと言う行為を同時に行う、実に合理的な動きだ。

 夜叉は突然のことに跳ね起き、毒針を構えた。だが相手がセレナと気づき、毒づきながら武器をしまった。


「ノックって知ってるか?」

「ああ、目上の人には使うぞ」

 夜叉はベッドの上に腰かけた。


「今日が決行の日ってわけか」

「その通りだ」

「味方にも知らせないとはな。対した用心だ。俺はこれから暗殺に向かえばいいんだな」

「そうだ。革命軍の仕業に見せかけるのを忘れるなよ」


 セレナはベッドの上に、何かを投げた。一つは袋で、もう一つは丸めた紙だ。羅刹はまず紙を広げて見た。それはこの刑務所の地図だった。

 大きな建物の地下に、赤い丸印が描かれている。


「この赤丸にターゲットがいるのか?」

「情報通りならウィルバードはそこにいるはずだ。逃がすなよ」

「俺の専門分野だ。しくじりやしない。でもなんだこれは? 隣の部屋に拷問室って書いてあるのは俺の気のせいか? 拷問室からは子守歌でも響いてくるのか? 俺の知らないうちに、拷問って言葉はずいぶんと様変わりしたらしいな」


「世の中にはそういう趣味のやつもいる。クズと権力の最悪の組み合わせがこれだ。正直なところ、さっさと始末しておくべきだったと後悔してる。上司を殺すと自分に疑いがかかるからと、ためらっていたのが悪かった」

 こういった感情を表に出すのは珍しい。セレナはおそらくここでお行われてきた残虐な行為を知ってしまったのだろう。

拳を握りしめる姿からは、怒りしか感じない。


「落ち着け。後悔しても何も変わらん」

 セレナは大きく深呼吸した。それで少しは落ち着いたらしい。

「お前に言われるまでもない」


 羅刹は袋の方を開けた。中には短剣や投げナイフにピアノ線と言った数々の暗器が入っていた。それらはセレナに捕まった時に、奪われた武器だ。

 仕込み針の類は返してもらっていたが、それ以外は奪われたままだったのだ。

「針だけじゃやりにくいだろう。万全を尽くせ」

「初めてあんたが良い奴に見えたよ」


 夜叉は袋の中から暗器を取り出して、装備していった。気の利いたことに装備を仕込むための装備まで揃っている。

 すべてを装備し、手首を曲げると、手元にナイフが飛び出した。蹴りを出せば、つま先からナイフの切っ先が飛び出る。ナイフを木のテーブルに突き刺すと、弱い力でも深々と刺さった。


「……悪くない。ちゃんと保管してあったようだな」

「当然だ。準備はできたか」

「完璧だ」

 夜叉は自信をもって答えた。


 夜叉がドアの方へ向かうと、セレナは距離を取った。

 セレナはサーベルを構えていない。この都市に入ってから、いやウィルバードと出会ったあの日からだったと羅刹は記憶している。


 セレナの方から少しは歩み寄ろうとしているのだろう。だが羅刹が裏切りに備えてか距離は取っているし、なによりも武器を握っていない右手が、何かを求めるようにふらついている。

 その様子を見て、羅刹は言ってやった。


「信用できないなら、信用しなくてもいいんだぜ」

 その言葉にセレナは驚いたようだった。呆気にとられた顔など初めて目にした。

「……信用……しなくてもいい?」

「だいたいこんな真っ赤な仮面を被った怪しい男なんて、信用できる方がおかしいんだよ。信用できないなら、できないでいいんだ。お互いが警戒しあってる関係でも、なんとかなってただろ。関係なんてそれぞれだ。もっと適当でいいんだよ」


 思ったことをそのままに口にした。自分の思いをそのままに口にするなんて、思ってもいなかった。セレナの調子が狂うと、羅刹にまで伝染するようだ。

 羅刹の言葉を聞いて、セレナはほんの少し、ほんの少しだけ口元を緩めた。普段の仏頂面からすると十分に笑顔と呼んでいいものだ。


「信用しなくてもいいか……それは楽だな。だけどお前にとっては損ではないのか?」

「信用してくれた方が裏切りやすいが、もうどうでもいいだろ。今は仲間なんだ。損とか得とかどうでもいい」

 クックックッとセレナは手で口を押えて笑った。

 そしてこらえ切れなくなったのか、ついには大きな声で笑い始めた。


「はっはっはっは、ははははは、あははははは。信頼しなくてもいいと言った口で、仲間と言うか。無茶苦茶だなお前は! なるほど。そうか。そういう仲間もあり得るんだな。あり得てもいいんだな」

 セレナは普段の様子からは想像できないほど笑っていた。

 ひとしきり笑った後のセレナの表情からは、いつもの張りつめた様子が消えていて、どこか自然体だった。


「笑いすぎだ」

「ふふ、すまない。信じろと言ってきた輩はいくらでもいるが、信じなくていいと言われたのは初めてだったのでな。少々、面食らった」


 セレナは羅刹に一歩近づいた。

 だけどサーベルは構えていない。

 羅刹は一息でセレナを殺せた。だが羅刹は手を出さなかった。


「さてもう無駄話をしてる時間はない。さっさと行け」

「信用はしなくてもいいから、仕事は減らしてくれないか?」

「残念だが、私はお前を死ぬまでこき使うつもりだ。諦めて仕事にはげむんだな」


 セレナは羅刹を、ドアの外に蹴りだした。

 セレナは真っ直ぐと自分の部屋に向かっていく。


「おいおい、それじゃ契約と違うぜ」

 羅刹は天井に向かってぼやいた。

 もちろん返事は返ってこなかった。


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