第12話 暗殺者の監視
羅刹は見張り台の上から下を見下ろしていた。
見張り台の下では商人たちが検問で止められている。その仕事ぶりがよくない事は、見張り台の上からでもよく分かる。
馬車の列が長く伸びていても、急いでいる様子は微塵もない。袖の下を受け取っていることは、この距離からでは見えない。だが間違いないだろう。
反乱軍が乗った馬車が、ちょうど検査を受けている。あのセレナがここで捕まるようなへまはしないだろう。通行証の偽造は当然のこと、いくつも手を打ってあるだろう。心配するだけ損というものだ。
完璧に見えてくだらないミスをしでかすような、そんな可愛げはあの女にはない。
「通行確認、一台、二台、三台、四台、全台通行確認。まったく……くだらない雑用押し付けやがって」
羅刹に当て得られた仕事は、革命軍の見張りとお守りだ。つまりはただ見てるだけ、楽だが暇なミッションだ。つまらない、とも言える。暇つぶしをしようにも、革命軍から目を離せないのではできることはろくにない。見張りだけならまだしも、お守りまで命じられたため酔っぱらうことすらできやしない。
羅刹は仕方がなく、見張り台から見える雄大な景色を眺めていた。
一面の銀世界。山も平地も真っ白だ。木も雪の帽子をかぶっている。
風は冷たいが、日の光は暖かい。見張り台の上に積もった雪は、少しずつ融けはじめていた。
「そろそろ、雪解けか。……何も起きなきゃいいがな」
羅刹は雪解けにいいイメージを持っていなかった。春が訪れ、草木が芽吹き、花が咲く、そんな様子を多くの人はイメージするだろう。
だが羅刹のもつイメージはまるで違う。とけた雪の下からろくでもないものが現れる、そんなイメージだ。それまで雪が隠してくれていたものが現れ、全てをかき乱していく、そんな気がするのだ。
雪の下の真っ黒な地面。雪解け水でどろどろの水溜り。
緑ではなく黒。
それが羅刹にとっての雪解けだ。
何かろくでもないことが起こる、そんな嫌な予感だけがしていた。
「革命軍は無事に宿までついたぞ。今はおとなしく待機してる」
羅刹は自分の宿に帰り、セレナに報告した。セレナは部屋の中央で椅子に座っている。部屋が狭いせいか、セレナが大きく見える。
「報告ご苦労。何か異変は」
「何も」
「ならば今日の仕事は終わりだ。ゆっくりと休め」
セレナは部屋のベッドを指さした。部屋は共有だ。男女二人で部屋を取るなら、その方が自然だからだ。
もちろん羅刹は反対したが、聞き入れられなかった。ベッドが二つあるのが、唯一の救いだろう。
とりあえず羅刹はベッドに腰掛けた。
「そろそろ今回の目的を話してくれてもいいんじゃないか?」
セレナはしばし考え、口を開いた。
「ウィルバードの暗殺だ」
羅刹は一瞬だけ呆けた。だが次の瞬間には笑った。
「いいね。そういうのは分かりやすくて好きだぜ。相手がムカつく奴ならなおさらだ」
くだらない監視任務よりずっといい。それに何より、一瞬で済む。
「手段はなんだ? わざわざ革命軍というコマまで用意したんだ。何か策があるんだろ」
「策という大したものではない。革命軍の仕業に見せかけて殺す――それだけだ。ウィルバードはたまに刑務所を訪れる。そのタイミングに合わせて革命軍を突入させる。革命軍がウィルバードを倒してくれるならそれでよし、そうでないならばお前が始末をつける。単純だろう」
「革命軍の仕業に見せるってのはちと面倒だが、それほど難しくはないな。革命軍がへまをした場合は?」
「可能な限り人質を守れ。革命軍は全滅してもいい。あいつらとの約束は町に入れることと、人質をかくまうことだけだ。突入部隊がどうなろうと、私の知ったことではない」
「ひどいやつだなお前は」
両手を広げて、やれやれだぜと羅刹は言った。
セレナは手元のカップを投げつけた。
「お前に言われたくはない」
羅刹はそれを見事にキャッチし、机の上に戻した。
羅刹はベッドに横になった
「時間になったら起こせ」
セレナはため息をついた。上官に対する口の利き方ではない。
だが態度こそ悪い物の、任務はしっかりとこなしている。
「分かった。私もすぐに寝る。戦いの日までしっかりと体を休めていろ」
セレナは立ち上がり、部屋の明かりを消しに行った。
羅刹は寝転がったまま、セレナの方を向いた。
「一つ言い忘れていた。革命軍の中に青鬼を見つけたぞ。革命軍にちょっかいをかけるなら、気をつけろよ」
「エイミーと一緒にいた、青い鬼の仮面をかぶったやつか? 確かに強そうだったが、今は捨て置いてもいいだろう。一人の兵士ができることなど、たかが知れている」
「かなりの猛者だぞ」
「普通の兵士九十人と熟練の兵士十人の連合軍、落ちこぼればかりの軍百名、戦わせればどちらが勝つか分かるか?」
「知ってるよ、落ちこぼれ百人だろ。軍はまとめってこそ意味がある。たとえ優秀な兵士でも、まとまりが乱れるならいらないってわけだ。だけどな、あの青鬼は違うぞ。あいつは一人の軍隊だ。熟練の兵士百人を一人で相手にできる化け物だ」
「お前がそこまで警戒するほどか……不気味な相手だな」
「殺せとは言わないが、心にはとめておけ。敵に回すと厄介だぞ」
「分かった。……だがまさか、お前に心配されるとはな」
「前線に立つのは俺だからだ。自分のためだ」
セレナは明りを消した。外はもう暗く、差し込む光はない。真っ暗な闇。しかし恐ろしくはない。
セレナはベッドに横になった。
羅刹はすでに寝息を立てている。羅刹はどんな場所でもすぐに寝むることができる。そして何かがあればすぐに起きる。おそらくセレナが少し近づいただけで起きるだろう。
セレナも羅刹と同じようにベッドに倒れこんだ。
二人分の寝息が聞こえるようになるまでは、さほど時間はかからなかった。
革命軍に交じって夜叉も中央都市ロドンへやってきていた。隣にはエイミーがいて、部隊の指揮を執っている。
検問を難なく抜けて、夜叉はロドンの中へ入り込んだ。今はもう宿の目の前だ。
「なんだか拍子抜けだな」
「そういうなよ。なんせ姫様の馬車だ、下っ端の役員では止められんだろ。何かあったら首が飛ぶ」
そう言ったのはオニクスだ。なんでついて来たのかという質問は、数日前に夜叉がした。そしてまともな答えは帰ってこなかった。
「それでもまさか馬車の中を調べられないとは思わなかったぞ」
「だって面倒だろ」
「面倒だが、必要な事だろ。今回はありがたかったが」
「それをしないのが今の国だ。だって金にならねぇだろ。真面目な奴はだいたいやめるか、姫様の所にいっちまったしなぁ。あ、あの姫様の所はまともだぜ。まともすぎて俺のような人間には息苦しいがね」
魚にはきれいな水に澄むものと、汚い水に住むものがいるが、オニクスが魚なら後者だろう。適度に汚れているほうが住みやすい人間もいるのだ。
そのくせして住処をきれいにしようとしているのはどうしてだろうか。
「ならあなたも真人間になってください」
「嬢ちゃん、それは鳥に地上で生きろって言ってるようなものだぜ。地上にいるのは飛び方を忘れた鳥ばかり。そして俺はまだ飛び方を覚えている」
「その言い方じゃ飛べない鳥は下等だと言ってるように聞こえるぞ」
「鳥ならばな。鬼の兄ちゃんには関係がない話さ」
それならばエイミーはどうなるのだろうか。それを聞いたところで、まともな答えは帰ってこないだろうが。
「決行の日はいつになるんだ?」
「指示があるまで待機と言われたわ。向こうにも都合があるのでしょう」
「指示に従ってもろくなことにならない気がするがな」
オニクスはいぶかしげだ。夜叉にはオニクスの言いたいことは分かる。罠だと言いたいのだろう。良いようにつかわれて捨てられる、そんなことがあってもおかしくない。姫様にとって革命軍は敵なのだ。できるのならばいないほうがいい。
「セレナさんは約束は守る人ですよ」
「嬢ちゃんは誠実すぎる。嘘をつかなくても人は騙せるんだぜ。嬢ちゃんも男をだませるいい女になりな」
「……それっていい女なのですか?」
エイミーは呆れた様子で、ため息をついた。
夜叉は辺りを見渡した。どこからか視線を感じるのだ。それも、覚えのある視線だ。
姫様と会った時と同じ視線だ。
「嫌な予感がするんだよ。女ってのはうそつきだからな。城壁の中には入れたんだ。いつでも攻め込めるだろ。俺たちが動けば姫さまだって動かざるを得ないはずだ」
オニクスは今すぐにも攻め込みたいようだ。城壁の中へ侵入した一個中隊で、問題なく刑務所を制圧できるだろう。だがそのためには一つ大きな壁があるようだ。
「私だって今すぐにでも人質を助けに行きたいです。でもここは敵地です。無理は禁物です」
「俺は無理じゃないと思うがね。むしろ姫様に従う方が危険だ」
夜叉は辺りをさぐるが、視線の出所は分からない。やはりプロの暗殺者だ。
「鬼面の兄ちゃんはどう思う?」
オニクスが夜叉に聞いたが、夜叉は見張りの暗殺者を探し続けている。何もしなければ何もしてこないだろう。だが捨て置くことはできない。
「おい、兄ちゃん聞いてるかい?」
オニクスに肩を叩かれ、会話に引き戻されだ。
「あ、ああ、すまない。……そうだな…………うん、俺は反対だな。見張りがいるうちは、逆らわないほうがいいだろう。今のところは協力してくれているんだ、敵に回す必要はない」
オニクスは首を振って辺りを大きく見渡した。当然ながらそんな雑な探し方で見つかる相手ではない。夜叉が勝てるかどうかわからないと思う相手なのだ。素人がどうにかできる相手ではない。
「視線も何も感じないんだが、本当にいるのか?」
案の定、何も見つからなかったようだ。
「ああ、いるよ」
その瞬間、寒気がした。三人の額から汗が噴き出る。どこかに、何かが、恐ろしい何かがいるような気がしたのだ。
夜叉だけが現状を理解した。どこかに潜んでいる暗殺者が、殺気を当ててきているのだ。
「なんですか、今のは?」
「すさまじい寒気がしたぜ。殺し屋に出会った時のように、寒気がとまらん」
オニクスとエイミーは震えてきた。殺気に当てられたことがないのだろう。
夜叉は落ち着いた様子で、ゆっくりと話した。
「安心しろ、殺気を当ててきているだけだ。話は聞いているぞって言う警告だな」
「聞いているって……どうやってですか? 盗み聞きできる場所なんてありませんよ!」
市街地なので隠れる場所は多い。だが話が聞こえるほどの距離では気づかぬはずがない。しかも今は歩きながら話していたのだ。いったいどうやって盗み聞きしていたのだろうか。
「そこまでは分からない。俺にもできない事だからな。想像もつかない。だけど聞かれているのは確かなんだ、無理はしないほうがいい。襲ってきたら面倒だ。戦いとなると、死体の山ができあがる」
「鬼面の兄ちゃんでも勝てないのかい?」
「正面からやり合えば勝てる。だけどそういう相手じゃない。暗殺者がわざわざ面と向かって戦ってくれるわけがないだろう。間違いなく弱い奴から倒される。いくら俺でも、小隊までは守り切れない」
もう殺気は消えているが、エイミーとオニクスの汗は消えない。相手の恐ろしさを知ったからだろう。相手は規格外の化け物だ。姫様だけあって、いい人材をそろえている。
「エイミーはあったことがある相手だよ。姫様とあっているときに、針を投げてきたやつがいるだろ。たぶんあいつだよ。顔を見たわけではないから断言はできないが、十中八九あいつだよ」
理由は分からないが、夜叉は確信していた。気配だけで人を見分けるなどという芸当はできたためしがないのだが、この相手だけはなぜか分かった。
まるで因縁の相手のように、ずっと連れ添ってきた家族のように、近くにいるとその存在を感じるのだ。
出会ったことはないはずなのに、なぜか懐かしさを覚えた。
「分かった。姫様に従おう」
オニクスは裏社会に生きているだけあって、引き際を理解しているようだ。裏社会ではむやみに首を突っ込むと死に至る。そして今も、無茶をすれば死ぬ場面だ。
恐ろしい奴もいたもんだな、とオニクスは空を見上げて呟いた。
それから数日後、エイミーのもとに一通の封筒が届いた。中身は二枚。一枚は決行日が書かれた紙。もう一枚は刑務所内部の地図だった。
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