第11話 配給

 イリアンソス王国は雪国だ。今日も外は真っ白だ。空から降り注ぐのは暖かな日の光ではなく、冷たい雪の結晶ばかり。流れる川さえ動きを止める、

 寒い雪の日に外にでようなんて人は少ない。暖炉の前で温まるか、酒場で酒を飲んで温まるか、たいていはそのどちらかだ。


 だがどこにも例外はあるもので、夜叉は寒空の下で修業をしていた。服を一枚着ただけの夏場のような格好だ。

 凍えるような寒さの中で修業することで、どのような環境でも十全の力を発揮できるようにしているのだ。

 流れるような動きで演武を行い、最後に回し蹴りを近くの雪に叩き込んだ。まるでハンマーでたたかれたように、雪の塊が吹き飛ぶ。


 最後に息を整え、姿勢を正す。残心も修行の内だ。

 修行を終えた夜叉は、酒場へ戻ろうとした。その時、エイミーが酒場から出てきた。両手には大量の食材を抱えている。食材を酒場へ運び込むことは普通だが、逆に持ち出しているのは珍しい。


「エイミー」

「あっ、夜叉さんこんにちは。今日も修行ですか」

 汗だくの体を見てエイミーは言った。


「エイミーは何をしているんだ? どこかで料理をするのか?」

「これは、配給です。炊き出しをするんです」

「配給?」





 浮浪者と思われる人々が公園に集まっている。どこから集まったのか、こんな寒い雪の日に、数えきれないほどの人数が集まっていた。浮浪者たちはぼろぼろの服を重ね着て、寒さをしのぎ、スープを飲んで体を温めている。

 浮浪者たちの中心には屋台のようなものが置かれ、そこで暖かいスープとパンが配られていた。

 日々の食事に事欠く人がこんなにもいるのかと驚くと同時に、配給を施す彼らのやさしさに胸をうたれた。


「これは……革命軍がやっているのか?」

 夜叉は両手に食材を抱えている。エイミーの代わりに荷物を運んでいるのだ。

 芋に玉ねぎ、人参などを山ほど抱えているが、夜叉の足取りは軽やかだ。


「はい、革命軍による配給です。私達の目的は国民を救うことですから、こういった施しもしているのです。もちろんただの慈善事業ではありませんが。言ってしまえば……地盤固めですね」


 革命軍が活動するには住民の協力は必要不可欠だ。住民から志願兵を募らねば、戦線維持などとてもできない。弾薬や食料もすぐに尽きるだろう。革命軍は人々の協力によって成り立っているわけだ。


「そういう目的があっても、みんなの役に立っているんだからそれでいいだろ」

「そうですね。そう言ってくれるとうれしいです」

「これはどこに置いたらいいんだ?」

「あっ、そこのテントの後ろでお願いします。申し訳ありません。手伝わせてしまって」

「大した手間じゃない」


 夜叉は指定された場所に、食材を置いた。

 そこにはすでに数々の食材が並んでいる。かなりの数があったが、それでも浮浪者のほうが多いように見える。

 よくよく見てみれば、浮浪者の食べているスープに具はほとんど入ってなかった。ほとんどが水だ。


「食材はこれだけなのか?」

「……はい、そうです。今は、冬ですから。それに、交易路が封鎖されていて、輸入ができないのです」

 冬は実りの少ない季節だ。大地の恵みは、雪の下に隠れてしまう。

 温かいうちに備蓄するか、暖かな地域から輸入するしかない。しかし備蓄はもう底をつきかけているのだろう。そして交易路を封鎖されては輸入なんてできない。


「何か手伝えることはないか?」

「夜叉さん、料理はできますか?」

「できるように見えるか?」

 夜叉はこと戦闘においては器用だが、その器用さは料理にはいかせなかった。とらえた魚や兎を焦がしたダメにしてしまったことは多い。単純に向いていないのだろう。


「ならスープの配膳と配給をお願いします。皿に入れて渡すだけです。何度も並びなおす人には注意してください」

 夜叉は配膳係のもとへ向かった。エイミーは料理の手伝いに入るようだ。

 目の前に立つとものすごい列だ。日々の生活すらおぼつかない彼らに、順番に並ぶ余裕はないのか、押し合いがひどい。割り込む人も多い。


 夜叉はスープをよそって浮浪者たちに手渡していった。

 次々と来る浮浪者たちにスープを渡していると、見たことのある顔が目に入った。

 夜叉はその男を無視して、後ろの浮浪者にスープを手渡した。


「おいおい無視かよ。怒られるより傷つくぜ」

 軽薄な声に、薄っぺらな笑み、情報屋のオニクスだ。ぼろぼろの服に、乱れたひげ、見た目は完全に浮浪者だった。以前は上等な服を着ていたので、ただの変装だろう。


「金には困ってないだろう」

 夜叉の記憶では、そこそこの金持ちだったはずだ。なぜなら前回あった時、オニクスは上等な服を着ていたからだ。


「浮浪者に交じって情報収集。これも情報屋の仕事さ」

「なら配給はいらないだろう。こっちだって余裕があるわけじゃない」

「もらえるものはもらっておいた方がいいだろ。だって只なんだぜ」

「俺もエイミーもいないときにまた来るんだな」 


夜叉が無視して配給を続けると、オニクスは夜叉の隣へ回り込んできた。だが配給を手伝うつもりはないようだ。


「嬢ちゃんとの仲はどうだ?」

「何も変わってないぞ。変えるつもりも……今のところないな」

「一つ屋根の下なんだろ」

「誤解を招く表現はやめてくれ。部屋は違う」


 夜叉は適当に受け答えをしながら、作業をしている。

 オニクスは煙草を取り出して、火をつけた。汚い身なりと高級な葉巻タバコが実にミスマッチだ。

 オニクスはおいしそうに煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「姫様からいい返事はもらえたか?」

 夜叉はオニクスの方へ振り向いた。

 どうやらこの男は煙草がないと、真面目な話ができないらしい。


「あんたならもうすでに知ってるんじゃないか? 協力する約束を取り付けて、今はメンバーを決めているよ」

「ふむ、情報通りだな。姫様はなかなかいい女だったろ。とんでもなく恐ろしいがな」

「恐ろしいと言うより、怖かったな。まるで蛾か何かになったような気分だった」


 あの姫様はまるで炎のようだった。魅力的だが、光に誘われてついていくと、真っ赤な炎に飲まれてしまう。

 彼女の隣に立てるのは光に惑わされない人間か、もしくはエイミーのように熱をもった人間だけだろう。


「なるほど、それなら俺も蛾だ。嬢ちゃんの、蝋燭のようにちっぽけな火に誘われてきた蛾だ。害虫同士仲良くしようぜ」

「たとえにしても害虫になった覚えはない」


 夜叉が配膳に戻ると、あれだけあって浮浪者の列がなくなろうとしていた。スープやパンも残り少ない。どうやらぎりぎり足りたようだ。


「ま、悪い虫って言うだろ。父親からすると、娘の近くの男は誰だって悪い虫さ。悪い虫同士仲よくしようじゃないか」

「誰が父親ですか! それと、夜叉さんに失礼でしょう!」

 エイミーがお玉で頭をぽかんと叩いた。オニクスは痛そうにしゃがみこんだ。いい音がしたから、さぞ痛かったことだろう。

 どうやら調理組はもう終わったようだ。配給も終わりに近づき、片付けへと移行し始めている。


「それになんなんですかその恰好は! まさか配給をもらってないでしょうね。恵まれない人たちへの施しなんですから、あなたはダメです!」

 叱られている様は確かに親子のようだ。

 ……親のほうが叱られているのは様にならないが…………

 オニクスは口答えさえ許されずに、叱られ続けている。


「大丈夫だ。配給はもらってない」

 さすがにオニクスがかわいそうに思えてきたので、夜叉は助け舟を出した。正確にはもらえなかったが正しいのだが、それを言っては怒りが収まらないだろう。


「どうせもらおうとしたけど、止められてもらえなかったとか、そんなものでしょう。私の父親を名乗りたいならもっとしっかりとしてください」

 助け舟もむなしく、オニクスは叱られ続けた。こうなっては夜叉ではどうしようもない。

 ただ嵐が収まるのを待つだけだ。

 適当なところに腰かけ、待つこと五分少々。くたびれた様子のオニクスが歩いて来た。


「なぁ、助けてくれたってよかっただろ。俺たち、友達だろ」

「なった覚えがないんだが…………」

「今この瞬間って事で」

 適当にあしらったほうがいいのではないかと思えてきた。オニクスは真面目な話をする時もあるが、そのときは落ち着いた声で静かに話すのですぐに分かる。

 オニクスは二本目の煙草に手を出した。


「決行の日はいつになったんだ?」

 なにの、とは言わなかった。でもここにいる三人にはそれで通じる。

 辺りには人が多い。誰もこちらの会話を気にしてはいないだろうが、万が一ということもある。


「すでに知ってるんだろう」

「情報の信憑性を調べるもの仕事さ」

 夜叉は空を見た。だんだんと日が落ちてきている。


「これから訓練だ。後にしてくれ。日が暮れてしまう」

「あんたのかい? それとも嬢ちゃんのかい?」

「嬢ちゃんの方だ。見に来るか? たぶん驚くと思うぞ。エイミー! 日が落ちる前に訓練をしよう。場所は酒場の裏手だ」

「分かりました。いつも通りですね」


 エイミーは頷いた。

 夜叉はエイミーの腕前を見せるべきだと考えた。依頼主のオニクスに途中経過を見せるいい機会だからだ。


「驚かせてくれよ」

 オニクスは吸い終った煙草を捨てて、足で踏みつぶした。

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