第6話 羅刹とセレナ

 軍の駐屯地は牢からそう遠くない位置にあった。第三連隊基地とでかでかと書かれている。少なくともこの国に連隊は三つあることが分かった。

羅刹はセレナに連れられて、基地の中へ入って行った。


 セレナは羅刹に手錠の一つもかけなかったが、武器は返さなかった。セレナの手はサーベルにかかりっぱなしで、信頼関係が築けているかというと微妙なところだ。

 羅刹はセレナに命令されるがまま歩き、セレナはその後ろで構えている。


「上司と部下には信頼関係が必要なんじゃなかったのか?」

「信頼関係は一朝一夕で築けるものではない。寝首をかきたいなら、まずお前が私を信頼させてみろ」

「寝首を掻くぐらいなら、尻尾を巻いて逃げだすさ。鬼だって死にたくはない」


 基地の中を歩いて行くと、出会った兵士は皆、セレナに向かって敬礼をした。羅刹の事は気にはなっているのだろうが、そのそぶりは一切見せない。真っ赤な仮面を横目に見ることもせず、真っ直ぐにセレナを見て敬礼をしている。


しっかりとした姿勢で規則正しく行われる敬礼を見るに、酒場で暴れていた軍人とはずいぶんと様子が違うようだ。

 セレナも敬礼に答え、答礼を行った。その様子からは上司と部下の信頼関係がうかがえた。


「意外と偉いんだなお前」

「これでも生まれはいいんだ。賄賂を拒み続けたせいで、前線基地に送られてしまったがな。媚びへつらうやつばかりが出世する腐った世の中だ」


 革命軍の本拠地は国の南東部で、この基地は国の東部にある。そしてこの基地は南西部から中央の王都へ向かうルートの一つに位置していた。

 革命軍が攻めてきたとき、真っ先に戦場になる地点だ。


「生まれ……ねぇ」


 兵士の様子を見れば、セレナがどう思われているかはある程度読み取れる。いやいや従っているのか、それとも尊敬されているのか。

 基地内の兵士の様子を見る限り、後者であると断言できる。兵士は自ら進んで敬礼をしているし、セレナを尊敬のまなざしで見ている。


 尊敬は家柄では勝ち取れない。能力か人柄か、もしくはその両方が必要となる。そもそも腐った軍の中で、規律ある部隊を作り上げただけでもその能力は疑いようがない。人柄も同様だ。朱と交わっても赤くならない強さがある。


「名家の生まれには見えないか?」

「こういう国の名家ってのは、腐ってるとばかり思っていたもんでな」


 基地の奥の、飾り気のない扉の前で二人は立ち止った。

 セレナが「ここだ」と言うので、羅刹は扉を開け入って行った。

 中は殺風景で、デスクと小さな衣装棚と小物が少々あるだけだった。女性の部屋なのに、衣装棚の中身はほとんど制服だ。日に照らされた部屋には、必要なもの以外をそぎ落とした無機質さがあった。

 ただ一つ、書類に埋もれた小さな絵本を除いて。


「私の仕事場だ。デスクワークは苦手なので、基本は応接室のように使っている。一対一で話したいときに、こういう個室は便利だからな」


 衣装棚は見るからに安物だが、イスとテーブルは高価なものを使っているように見えた。椅子の数が少し多めなのは、多人数を相手にする時のためだろう。


「わざわざこんなところまで連れて来て、何の話がききたいんだ?」

「牢屋だと他の囚人がうるさいので連れてきただけだ。そうだな……まずは牢屋の話の続きをしようか。羅刹が弟を殺したという話だ」


 羅刹は椅子に乱暴に腰かけた。そしてこれから上司になる女の前で、足を組んだ。仮面越しでも不快に感じていることがよくわかる。

 嫌な記憶など思い出したくもないのだろう。


「俺の祖国では双子は鬼と菩薩の生まれ変わりだと信じられていたんだ。片方が鬼で、片方が菩薩だ。先に生まれたほうが鬼だとか、鳴き声が大きいほうが鬼だとか、いろんな説があるらしいが、俺が生まれた村では殺し合いをさせていた」


 羅刹は淡々と語った。悲しんでいるのか、それとも憤っているのか、その声からは読み取れない。表情も仮面に隠れていて分からない。


「兄や弟を殺すような奴は鬼というわけだ。俺は十五になるまで隔離して育てられ、教育係以外の人と会うことができなかった。家族と会うことさえ許されなかった。たぶん、余計なことを吹き込まれないようにするためだろうな。殺し合いの相手が、双子の兄弟だと知られたらまずいからだ」

「それで、弟を殺したわけか」


 セレナは慰めの言葉など言わない。

 セレナの目に薄っぺらな同情などない。

 目をそらさずに、羅刹の事を見ている。


「そこには鏡やガラス、大きな水面など姿が映るものは何もない。だから殺したのが弟だと知ったのは、全部終わった後だった。洞窟の中で戦わされて、勝った俺は洞窟の奥に進んだ。湖があって、そこに俺の顔が映っていた。さっき殺した男と同じ顔が映っていた。血にまみれた顔はそっくりで、違うのは自分の血かどうかってことだけだ。すぐに全部悟ったよ……自分が何をしたのか…………してしまったのか」


「だから……鬼か。自虐が過ぎるな。人は人だ。どこまで行っても鬼にはなれぬ。命令に従って殺人を犯しただけで鬼なら、私の部下などほぼ全員が鬼だぞ」


「鬼として生まれた俺と、人として生まれたお前たちでは、元々の立ち位置が違う」

「この国にも双子はいる。そして誰一人として鬼ではない」


 堂々とした様子で羅刹を見るセレナだが、羅刹の方は目を合わせようとしない。

 羅刹はセレナと面と向かい合って話すつもりはなかった。

 羅刹は何か言い返そうとしたが、言葉が出てこない。セレナのほうが正論だからだ。このまま反論しても、自分がただ餓鬼に見えるだけだろう。

 殺風景な部屋に舌打ちの音が響いた。


「俺の話はもういいだろ。次はあんたの番だ」

「なんだ? 私の身の上話でも聞きたいのか?」

「誰がそんなものに興味を持つか。俺に何をさせたいのか話せって言ってるんだよ。俺はまだ、反乱軍の相手をさせられるって事しか聞いてねぇぞ。俺の役目はなんだ? 偵察か、諜報か、それとも前線で戦うのか? せめて反乱軍の情報ぐらいもらわないと、何もできないぜ」


 偵察や諜報を先に言ったのは、羅刹がその役目につくことを望んでいるからだ。見つかれば危険で、どんな目に合うかわからない。その危険度は前線に出るのとそこまで変わらない。

 だが羅刹は自分のスキルに自信を持っていた。敵に見つかる事も敵に正体がばれる事もあり得ないと考えていた。


「それに対する私の答えは一つ、臨機応変だ」

「くそったれが」


 羅刹は毒づいた。全くわからないのと同じだからだ。それではどんなふうに使いつぶされるか分かったものではない。

 逃げ出そうにも、ここは基地のど真ん中だ。ここでセレナを敵に回すわけにはいかない。


「だが革命軍に関する情報は教えよう。革命軍は元中将のジョナサン・カールトンが組織した組織で、現在は国の南東部を支配している。軍人の作った組織だから、組織の仕組みは軍とほぼ同じ。軍の二の舞にならないように、多少民主的にしているようだが、根本的には変わらないはずだ」

「革命軍のトップが軍人かよ。やっぱりこの国は一度亡んだ方がいいんじゃないか? 味方にまで見限られてるぜ」


「私としても見限りたいのはやまやまなのだがな。革命はどうしても他国に隙を見せる。そしてその隙を虎視眈々と狙っている奴らがいるのだ。羅刹、この銃を見てみろ、革命軍が使用しているマスケットだ」


 セレナは机の上にマスケットを置き、羅刹はそれを手に取った。出来はいいが、少々歪みがある。だが部品単位で見ると見事な出来の部分も多く、まるで一つの銃を複数人で作ったようだ。

 木製のストックには、盾と王冠のマークが描かれている。それは軍のシンボルだ。


「見習いにでも作らせたのか? ひどい出来だぞ。俺ならこんな銃に命を預けたくないね」

「私だって同じだ。だが問題はそこではない。この銃にはあるべきものがないんだ。イリアンソス王国で作られた銃なら、製作者の刻印がどこかにあるはずなんだ。なのにこれにはそれがない」


 つまりこの銃はイリアンソス王国で作られたものではない。

 ならばこれを作って、革命軍に流しているやつらがいる。

 羅刹には思い当たる節が一つあった。この国――イリアンソス王国に訪れる前、通りがかった国。そこで羅刹は多くの軍人を目にした。今にして思えば、それは常備軍にしては多すぎる気がする。


「ああ、なるほど、隣国が革命軍を支援しているのか。革命軍をぶつけて消耗したところで責めてくるつもりだな。よくある手だ。かかか、ほとんど詰みじゃねぇか。国軍が勝てば内側から腐り落ちて、革命軍が勝てばその隙を他国に責められ、共倒れでも侵略される。こりゃどうしようもねぇな」


 所詮は他人事と羅刹は笑う。この国がどうなろうと羅刹には関係がない。契約は革命軍との戦いまでだ。その後どうなろうが知ったことではない。


「革命軍との戦いで圧勝できればまだ道はある。近隣国すべてを合わせても、国土ではイリアンソス王国の方が上なのだ、やつらとてそう簡単に手出しはできん。そのうちに軍の上層部まで勢力を広げ、腐ったやつらを処刑し、内側から改革する」


「カカ、そういう地道な道ってのが、一番いばらの道なんだぜ」


 地道な道は楽ができない。一歩一歩進むしかない。それが非常につらいのだ。腐った軍の上層部に仲間を作るだけでも、相当な時間がかかるはずだ。


「それしか道がないのだから仕方ないだろう。革命軍の奴らがもう少し賢かったら、話は違ったのだがな。愛国心だけの馬鹿どもめ、革命がしたいなら、その先の事も考えろ」


 セレナは机に拳を叩き付けた。高価なテーブルであることは、一切気にしていないようだ。 

燃え盛るような赤毛と、さらに激しく燃える心。セレナの在り方は激しい。


「我慢の限界がきたんだろ。誰もが強いわけじゃないんだぜ」

「私だって強くはないさ」


 サーベルを腰にさしたままセレナは言った。羅刹と会話をしている間、セレナはいっさいの隙を見せなかった。

 初対面の印象と全く変わらない。磨き上げられたサーベルのような女だ。

 どこが弱いんだと、羅刹は心の中で吐き捨てた。

 セレナの弱さなど、この会話の中で一切発見できなかった。

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