二人で行くスーパー林道

破死竜

菜月とさくら

 「高知出身なのに、あだ名が『鳴門の牙』って、おかしくない?」

 「え、鳴門って、高知県じゃないんだ」

 古い古い漫画の、それも、自分が行ったことの無い地域についての話をされて、私は思わず尋ね返していた。

 「なーつーきー―?」

 しまった、と思ったがもう遅い。

 この子――さくら――とは、付き合いだしてから、こんな風にしょっちゅうケンカをしてしまっている。

 まあ、大概は、私が悪いのだけれど。

 だって、この四国について知ろうとしたことだって、女の子と付き合うことだって、どちらとも、私にとっては初めてのことなのだから、早々うまくいくわけはない、・・・・・・よね?

 不慣れな私を、恋人には許してほしかった。


 私たちが、さくらの故郷であるこの徳島県を、新たな住まいとして選んだことには、理由があった。2050年、この県は、国内で初めて、両親の同意を要件としない、パートナーシップ協定、つまり、性別を問わない、同居の世帯を夫婦として取り扱う条例を定めてくれたのだ。

 私、鈴木菜月と、この子、坂東さくら。

まだ未成年である二人が暮らせる場所は、広い日本にまだ、この徳島県ただ一箇所しか存在しないのだった。


 「ざっとしとるね、菜月は」

 「だからー、ごめんって」

 それぞれの自転車を押しながら、歩く。二人なのに、横並びでなく、縦一列になっているのは、道が狭いせいじゃない。さくらがまだ怒っているからだ。

 反対する東京の家族を振り切り、住む場所と就職先を決め、必死に一ヶ月働いた社会人初のゴールデンウィーク。県外に出られるほどの給料もまだもらえてはいない私たちは、交通費を使わずに済む、県内のツーリングに出かけることにしたのだった。

 脇目も振らず働いて、やっと初めての連休。

 なのに、今日も、またケンカしちゃっている。

 それも、自分たちが生まれる前に雑誌(※紙の漫画雑誌が、昔は売られていたらしい)でやっていたとかいう、昔の野球漫画なんて、些細なことで。

 (同性同士は、欠点が見えすぎるから、うまくいかない)

 そんな、呪いの言葉が脳裏によみがえる。あれは、母の台詞だったか、それとも、父のだったか。

 前を行く、さくらの背中を見つめる。

 徳島という、県外から、転校生としてやってきた彼女。

 教室におずおずと入ってきた、その顔を一目見たとき、グッときたんだ、私は。

 休憩時間、クラスメイトの質問攻めにあっている彼女を、遠くから見つめていた。

 その視線がふっと私のそれとぶつかったとき、本当に世界が停まったように感じた。

 初恋なんかじゃない、大人の恋。

 あの日は、それが始まった日だったんだ。


 「ねえ、さくら、少しペースを落としてよう」

 「菜月はもう少し身体を鍛えた方がええかもしれんね」

 言いながらも、こちらを振り返り、自転車を押す速度を抑えてくれる菜月。良かった、少しは、機嫌が直ってきているらしい。

 「ありがとう」

 「うちが意地悪しとるように思われたら嫌なんじゃわ」

 自動車に気を付けながら、横に並ぶ。

 「風は気持ちいいね。漕いで登るには、ちょっと大変だけど」

 「そうなんよ。だから、一緒に登りたかった」

 さくらの言葉は直截すぎて、こちらの方が気後れしてしまう。そういえば、私が告白しようとしたとき、さえぎって先に好意を伝えてきた、初めから、この子はこの子だったんだよね。

 「昔から、登っていたの?」

 「子供の足では難しいけんね、最初はうちんくの車で。でも、小学生からは、自転車で登るようになりよった」

 好きな人の過去を知ることは楽しい。男の子と付き合っていた過去とか、そういう話でない場合に限るけれど。

 「見えてきた」

 「え?」

 道の先、カーブのガードレールの向こう、舗装されていない道路があった。

 「あそこからは、歩きね」

 「うん、頑張る」

 正直、残り体力に不安はあったが、これ以上恋人との仲をこじらせたくはなかった私に、否やはなかった。


 木々の間を、草を踏みしめて歩いて行く。

 何人も何人も人が通った場所が、道になって続いている。

 バッグを担いで、二人で歩いて行く。そういえば、目的地は、この上だと、さくらが言っていた。

 「頂上までは行かないからね」

 「え」

 疲れてはいるけれど、意外な言葉に聞き返してしまっていた。

 「ここまで来て」

 「違うよ」

 彼女は、歩き続け、話し続ける。

 「菜月とは、両想いになった」

 「うん」

 「やっと、パートナーにもなれた」

 「うん」

 「でも、それで終わりじゃない。もし、なれなかったとしても、好きになったことを後悔したり、意味が無かったなんて思わない」

 「・・・・・・うん」

 「ただ、今は一緒に、生きていたい、それだけなの」

 言いながら、彼女は初めて立ち止まった。その背中から西陽が差す。

 いつの間にか、夕方になっていたのだ。

 彼女の影が落ちているだろう、私の顔を見て、彼女も夕刻に気付いたのだろう。振り返って、眼下の光景を指さした。

 「見て」

 彼女の横に立つ、そこには、夕陽に赤く染められた、街の姿があった。

 「綺麗、だね・・・・・・」

 陳腐な言葉しか出て来ない、語彙力の無さがもどかしい。

 「この光景を、菜月に見せたかったの」

 海に沈んでいく夕陽。それは、この時間この場所でしか見られない光景だった。

 「後は、降りて行かないと。夕陽は朝陽と違ってゆっくり沈むけど、それでも暗い中走るのは危険だからね」

 それは、(それでも二人で走りたい)、そういう意味の言葉だった。

 私は、彼女の肩を抱く。

 「ありがとね、さくら」

 彼女が、子供時代、大人に連れられてきた場所に、今、私は二人で一緒に脚の力で登って来られたんだ。過去も、現在も否定しなければ、きっと、未来だって怖がらずに済むはずだ。

 私たちは、今来た道を下り、自転車を停めていた場所まで戻る。そして、先に向かって進んでいくのだ。


 並んで走り、途中のトイレ休憩中にスマホを確認した。

 一つ、確認してみたいことがあって、私は、検索を行った。その結果をさくらに見せながら、言う。

 「それからね、」

 「うん」

 「あの漫画、合ってたみたいよ」

 「え」

 「あの頃の甲子園は、徳島って高知と二県で一校が出場できる仕組みだったんだってさ」

 「えー? そうだったんだ」

 「それで、残りの愛媛と高知の二県でもう一校が出場、以上!」

 「いや、四国はその二県しか残ってないんだから、当然そうなるんだろうけどさあ・・・・・・」

 凹むさくらに、私は、思わず笑ってしまった。なーんだ、ずっと住んでいたこの子にだって、まだ知らない徳島のこと、色々あるんじゃないか。なら、他県出身の私が臆病になる必要なんてない。二人で、少しずつ、知っていけばいいんだ。この県のことも、付き合い方のことも。


だって、私たち、これからずっと、二人で一緒に、ここに住んでいくのだから。


終わり

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二人で行くスーパー林道 破死竜 @hashiryu

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