第六章 決戦(ケッセン) 4 優梨
結果的に、先ほどの千里の白石に対する攻撃は、白石の闘志に火をつけた
「第二十七問! 早押し問題です! 劇中で盛り上がる場面などを迎えた段階で結末を示さ……」
「札幌螢雪高校! 白石さん!」
「クリフハンガー!」
「正解! どのチームからポイントを消し去りますか」
「蘇芳薬科、桃原さんで!」
「第二十八問! 早押し問題です! エジプトとスーダンの国境地帯にある
「札幌螢雪高校! 白石さん!」
「ビル・タウィール!」
「正解! どのチームからポイントを消し去りますか」
「蘇芳薬科、桃原さんで!」
三問連続の、白石の千里に対する報復。ちなみにこの二問は、優梨は問題全文を聞いても解答が分からなかったからどうしようもない。特に『ビル・タウィール』は優梨にとって初耳であるだけでなく、そんな地域があることも知らなかった。優梨の主観としてかなりの難問であると思う。
さすがにこの集中砲火に、千里は顔を
「第二十九問! 解答一斉オープンの書き取り問題です。モニターをご覧ください。モニターに示す数値から、ブラックホールの半径を求めてください。制限時間7分間です!」
『ブラックホールの質量(M):6.50×10
何だこれは。紛れもなく超難題。知力甲子園の決勝戦、それも大将戦では、こんな問題まで出るというのか。まず、ブラックホールというものがどういったものなのか知らないと詰みである。さらにそれを求めるための物理学の理解と、極めて短い時間内に相談なしで正確に解ききる計算力まで求められる。
ブラックホールは極めて高密度とそれに伴う強い重力から、光さえ脱出することができない天体のため、その姿は文字通りの黒である。ある半径より内側では、天体からの脱出速度が光速を超えていることになるのだが、その半径を、ブラックホールの提唱者の名から『シュワルツシルト半径』と呼ぶのである。
優梨は天文学への興味からブラックホールについて知識として得ていた。また、高校では化学と生物を選択しているが、物理や地学も独学で勉強している。ニュートン力学についてもある程度なら知識を得ている。シュワルツシルト半径の算出方法までは知らないが、要は脱出速度が光速と等しくなるときの天体の半径が、シュワルツシルト半径ということになる。脱出速度の公式なら分かる。さほど難しくない。それを移項したり変形したりすれば、答えが導き出せるのではないか。
果たして、白石や千里はこの問題に取り組めているのだろうか。少し気になったが、いまは自分がこれを解くことに精いっぱいだ。
天文学に登場する数値は、『天文学的数字』という言葉があるように、巨大数を扱う。ゆえに人間の想像で推測することが難しく、指数の計算に注意を払わなければならない。しかも、求めるシュワルツシルト半径は単位としてkmが求められているが、万有引力定数(G)や光速度(c)は
用意されたフリップに計算式を書く。シュワルツシルト半径をRと置くこととする。
脱出速度v=c=√
2GM=172.5529×10
c
R=2GM/c
192億kmと導き出された。改めて見ると恐ろしい数字である。地球から太陽の距離の100倍以上。もしこんな天体が太陽の位置に現れたら、地球どころか太陽系全体が吸い込まれてしまう。果たしてこんな巨大な数値が正しいのかどうか、すぐに検算に取りかかるが、いちばん大きなブラックホールが約530億kmであることを思い出して、この数字がブラックホールの世界では決しておかしな数字ではないことの裏付けにはなっている。そういえば最近のニュースで、はじめてブラックホールの撮影に成功したというのがあったが、優梨が調べたところ、それは超大質量ブラックホールで、事象の地平面が約400億kmとかだったような気がする。つまり半径は約200億kmということになるので、これなのではないだろうか。
何かに夢中に取りかかっているときの7分間なんてあっという間だ。残り1分のアナウンスがされる。一通り検算は終了したものの、もう一度指数が誤っていないか確認する。大丈夫だ。問題なさそうだ。
隣の二人はどうだろう。自分の解答に熱中しすぎて、まったく気にする余裕もなかった。いや、余裕がなかったと言うよりも、隣からの視覚、聴覚の情報がシャットアウトされていて、情報として入ってこなかった。
白石は、フリップにせっせと書き込んでいる様子が感じ取られる。千里はどうだろう。まじまじと見るのは気が引けるが、手が止まっているように見える。もう解答が終わったのだろうか。
「制限時間7分間終了です。解答一斉オープン!」
司会者の声がした。この難問を正解したのはどのチームだろうか。優梨は若干の緊張を抱えながら、フリップを呈示した。
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