第六章 決戦(ケッセン) 3 優梨
沈黙。白石と桃原は一生懸命考えているようだが、優梨は何も思いつけなかった。有名な小説の冒頭から作品を答えさせるクイズ問題は見たことがあるが、それを逆さ読みするなんて、見たことも聞いたこともなかった。
しかも、一回読み上げただけで、モニターに表示されるわけでもない。もはや不可能問題ではないか。誰も答えられないのではないか、と考えるのを半分放棄していた。
ポン、とどこかからボタンを押す音がする。
「蘇芳薬科高校チーム、桃原さん!」
何事も諦めない姿勢は敬服に値する。
「
やや自信なさげな解答っぷりだが、優梨にはこれが正解か不正解か判別できない。この大会のために様々な知識を取り入れてきたが、ウィークポイントを挙げるとすれば、それは文学である。優梨は幼少のころから理系の知識に興味を持ち、名古屋市科学館は庭のごとく通い詰めていた。その分、文学は対照的で興味はあまり高いとは言えなかった。近代、現代の文豪たちの作品にもあまり触れてこなかったのである。
不正解のブザー音。悔しがる千里。この問題の解答権を失ってしまった。果たして白石はどうか。
ポン。白石も諦めていなかった。
「札幌螢雪高校チーム、白石さん!」
「
自信なさげだったが、何と正解音が鳴る。優梨は驚愕する。白石は約一年前に来日したばかりではなかったのか。ここまで日本語を完璧に会得するだけでもすごすぎるのに、逆から読んだ日本の小説の一節からタイトルを当てるとは、もはや人間業ではない。
「お見事です! 白石さん、どうして分かったんですか?」
「『きっで』というフレーズが出てきて、逆から読むとデッキで、特徴的だなと思ってました。そしたら、桃原さんが『地獄変』って答えて、地獄とデッキで、ひょっとして『蟹工船』じゃないかって……」
「素晴らしい! 正解は
解説を聞いて、確かに『地獄』とか『デッキ』とか出てきて、これを聞いたら『蟹工船』じゃないかと優梨でも推察できると思った。が、それらを逃さずキャッチしたところは率直にすごい。
「白石さん、どのチームのポイントを減らしますか?」
そうだ。これは相手からポイントを減らすゲームだった。
「はい、滄洋女子でお願いします!」
自信を持った声。最初から、白石は
「優梨! ドンマイ! ファイト!!」
ここで親友の声。陽花だ。そうだ。いまは一人で戦っているが、それまではチームで戦ってきた。だから決勝戦にいるのではないか。もう一度自分を奮い立たせる。
「ありがとう! 陽花!」
つい応答してしまった。それだけいまの言葉に救われたのだ。冷静さを失ったら、このハイレベルな戦いでは、命取りになる。
「第二十五問! 早押し問題です」
つとめて冷静を保とうとする。集中しなければならない。
「水晶やセラミックスなど特定の物質に電界を印加……」
優梨は反射的に早押しボタンを押した。圧電効果だ。瞬間的に、二年前、千里にテストの妨害工作として仕掛けられた電撃ボールペンが思い出された。ライターの原理と同じ圧電素子を用いた手の込んだボールペンであったが、優梨を負かすには至らなかった。
「滄洋女子高校複合チーム、大城さん!」
「圧電効果!」
正解音を待つ。これが反撃の起爆剤となりたい。
ブブー。またしても不正解音を聞くことになる。何故だ。まさかの『ですが問題』だったか。しかし、隣で白石と千里がボタンを連打している。そして問題の続きを聞くことなくポンと音が鳴る。
「蘇芳薬科高校チーム、桃原さん!」押し勝ったのは千里であった。
「逆圧電効果!」
正解音に優梨は歯噛みする。結果的にヒントを与えてしまったことになる。
「水晶やセラミックスなど特定の物質に電界を印加することによって物質が変形する現象は何というか、という問題です。大城さんの解答した『圧電効果』は、物質に圧力を加えると、圧力に比例した表面電荷が現れる現象のことを言います。惜しい」
問題をしっかり聞いていなかった自分のミスを責めた。さて千里も優梨からライフを消し去ろうとするか。
「どのチームのポイントを減らし……」
「札幌螢雪の白石さんです」
尋ね終わらないうちに、千里は札幌螢雪の名をコールする。千里は優梨をフォローしている。一体どういう了見か。あくまで千里にとってはいくら天才でも白石は邪魔者であり、優梨との
そして、モニター越しに千里を睨みつける白石を見た。その鋭い眼光は、殺意を感じるほどの冷酷さを放っていた。千里は果たして気付いているだろうか。それとも優梨の過剰な思い込みか。
「第二十六問! 早押し問題です。これからモニターに数列が少しずつ現れてきます。その数列の名前を答えてください」
優梨は思わず喜んだ。数学は得意分野だ。数列と聞いて優梨は山を張った。数列で有名で、クイズ問題になりそうなものはフィボナッチ数列だ。前二項の整数の和を連ねたシンプルな整数列だが、ひまわりの種や松ぼっくりに見られる渦巻きの数にフィボナッチ数が隠されており、優梨は子供の頃からその神秘に魅了された。
モニターに注目する。最初に出てきたのは『199...』。画面の右の方から出ているあたり、大きい数字から前に向かって表示されるのだろう。案の定、『199』の左に『123』が表示され、その左に『76』。やはり前二項の和になっている。フィボナッチ数列だ、と思った瞬間、若干違和感を感じた。その躊躇がボタンの早押しに現れたか。わずかな差で押し負け、ランプが点ったのは千里の解答台だった。
「蘇芳薬科大附属高校チーム、桃原さん!」
「フィボナッチ数列」
不正解音。先ほどから千里は焦りが見えているのか。再び解答権を失ってしまう。しかし、優梨もフィボナッチ数列かと思った。そうではないとすると、あっちの方か。優梨はボタンを連打するが、白石も連打している。
ポン、という音とともにランプが点ったのは、無情にも白石の方だった。
「札幌螢雪高校チーム、白石さん!」
「リュカ数列!」
正解音。やられた、と天を仰ぐ。フィボナッチ数列もリュカ数列も、前二項の和というところは共通するが、初項と第二項が異なる。前者は1, 1なのに対し、後者は2,1である。微妙な違いだが、これによって現れる整数は異なってくる。フィボナッチ数列の方が有名かと思う。千里は罠にかかってしまった。
「白石さん、どのチームのポイントを減らしますか?」
白石が正解してしまった。再度、優梨のライフを減らされてしまうのだろうか。
「蘇芳薬科でお願いします」
今度は千里を標的にした。千里は表情を変えないが、先ほどの千里→白石への攻撃に対する報復だろう。
優梨は結果的に命拾いしたが、千里が優梨をフォローしているのであれば、千里を応援せざるを得ない。白石の覚書に記された条件は、優梨だけでなく千里が勝利した場合でも、影浦の身柄があちらに渡されることはない。とりあえず、千里と心の中で秘密裏に結託して白石を倒すしかない。
札幌螢雪高校チーム:大将・四ポイント。
滄洋女子高校複合チーム:大将・五ポイント。
蘇芳薬科大附属高校チーム:大将・六ポイント。
まだどこが勝つか分からない状況だが、『白石
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