第七章 訐揚(ケツヨウ)  9 優梨

「ええっ!?」

「どうしたの?」

 優梨の驚きの声に影浦はすかさず問うてきた。

 LINEのトーク画面には『児童養護施設の入所年齢上限の引き上げのための署名運動を行ってるから、優梨や影浦くんにも協力してほしい』と書かれている。


 陽花たちが音頭を取って署名運動を行っているのだろうか。詳細は不明だが、とにもかくにもこの活動に乗らない手はない。


「どうされましたか?」

 慌てる優梨に、大佛社長も声をかける。

「あ、えっと、一緒に知力甲子園に出場した友人から、児童養護施設の入所年齢上限の引き上げの署名運動を行っているとメールが来ました」

「えええ!?」素頓すっとんきょうな声を上げたのは影浦だった。


 そうだ。眼前の二人にも協力をお願いするくらいのことはあってもいいだろう。優梨はとっさに思い付いた。しかし、先手を切ったのは相手方だった。

「私たちにも協力させてください!」白石が間髪入れずに申し入れる。「札幌螢雪高校とNOUVELLE CHAUSSURES Japanから有志を募ります。ね、いいでしょ? 大佛社長」

「え、あ、前例はありませんが、署名運動であれば、個人の意思で可能ですから……」

「ありがとうございます!」

 理屈抜きでありがたい。素直に感謝の言葉が出た。

「少なくとも、うちの全校生徒の署名はゲットしてみせましょう!」

 この頑迷な彼氏に大学に行かせるためには、地道だがこの方法がいちばん効果的かもしれない。

「瑛くん、あなたも当然署名に協力してくれるよね?」

 優梨は少し嫌味ったらしく、影浦に確認した。

「あ、ああ」

 肯定のサイン。しかし、このようなことが水面下で行われていたことに驚きを隠せない様子だ。しかし、影浦には伝えたいことがある。

「瑛くんね、あなたのためにって言ったら恩着せがましいけど、それでもあなたの人生の好転を願って、多くの人が協力してくれようとしている。分かってる? 経済的な助けを求めないことだけが、誰かにすがらないことじゃない。こうやって社会で暮らしてる限り、お金云々うんぬんだけじゃなくて、誰かを助けて誰かに助けられて成り立ってるの。助けなしに生きることなんて不可能なの。それを分かってほしい」

「……わ、分かったよ」

 影浦の心にこの言葉が少しでも響いたのか分からないが、歯切れの悪い言葉で頷いた。


 すぐに陽花に電話したところ、なんと陽花たちの音頭で、その署名運動を始めたのだそうだ。電話を終えると陽花はさっそく請願書(署名簿)の様式を送ってくれた。どうやら夏休み中なのに陽花は学校に赴き、請願書の作成について教諭の協力を得たようだ。陳情先は厚生労働省である。児童福祉法改正の来年度の施行を求めたものだ。


 その様式を、すぐに白石麗に転送することにした。これを機に白石麗の携帯電話の番号を交換することになった。

 優梨は知らなかったが、署名運動に関してはウェブサイト上でもできる。『署名サイト』なるものがあるそうだ。さすが、白石はいろいろ知っている。それを駆使して、またSNS等でも呼びかければ、全国の見知らぬ有志からも署名を集めることができるという。


 また、白石の提案で、請願書を厚生労働省だけでなく、衆議院あるいは参議院にも送った方がいいのではないか、とのことだった。請願書はどうやら、議員の紹介により提出されなければならないらしいが、当該施策の推進の筆頭議員で、かつNOUVELLE CHAUSSURESといちばんパイプの繋がっている藍原議員は疑惑の渦中にある。藍原議員と同様の趣旨で、国会に質問を投げかけている議員を探す、とのこと。でも急がなければならない。臨時国会に間に合わせる必要がある。

 このあたりの要領は、おそらく白石らに任せた方が良さそうだ。彼女くらいであれば、高校生であっても藍原議員の他に、一人や二人政界とのコネクションを持っているかもしれない。


 取りあえず、大佛社長からのポケットマネーを受け取る、受け取らないは抜きにして、署名運動についての作戦会議がなされた。奇しくも白石は何でもやってくれそうな気がする。彼女の動きに期待したい。


「あとは、知力甲子園が放映されれば、爆発的に署名が増えるんだけど……」

 白石は呟いた。

「どうにかならないかな?」と問うも、白石は首を横に振った。こればかりはどうにもできないらしい。NOUVELLE CHAUSSURESはテレビ局の信頼を失いかけているゆえ、それは何となく理解できる。テレビ局の判断に委ねるしかないのだ。優梨はやるせなさを感じた。


 そのとき、思いがけない男女が入店してきた。

「あっ! あっ!?」

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