第七章 訐揚(ケツヨウ)  6 日比野

 陽花に提示された方策は、ずばり署名運動だった。児童養護施設の入所年齢制限を大学生までに引き上げてもらうのだ。来年度開始までに。

 確かに極めて一般的で、皆の協力を要するものだ。皆を集めた理由もそういうことかと得心した。各々の所属する三校で、有志を募るのだ。

「分かった。はじめてのことだから、要領を得ないけど、頑張ってみるよ」

「まず、先生を丸め込まないといけないな。でもここは、知力甲子園優勝を手みやげに話を聞いてもらおうか」

 日比野と風岡が答えると、陽花は「ありがとう」と言って感謝した。

「あとな、叡成高校のクイズ研究会や予備校のみんなにもお願いしたらどうだ?」そう言ったのは風岡だ。

 なるほど、社交的な風岡らしいアイディアだ。たとえダメもとでも当たれるものは当たった方がいい。風岡は続ける。

「まず、叡成高校は俺が手紙を書く。必要があれば電話でも呼びかける。予備校のみんなには陽花が声かけられるかな。そして、五郎ちゃんは桃原さんだ」

「え!?」

 いきなり千里が出てきて狼狽する。

 モナコ出発前に突如として影浦に看破され、それに優梨が激情した一件。その後、日比野が白状したが、やはりチクリと胸に突き刺さるような、ほろ苦い思い出がある。

「連絡、取れるんだろ?」

「取れるが、あれからは取ってない。しかも、協力してくれるか分からんぞ」

「大丈夫、ダメもとなんだから」そんなこと、百も承知といった表情だ。そして再び風岡は続ける。

「あと、テレビ局にも書かねばいけないな」

「え? あー」なるほどなと思った。一連の醜聞でテレビ局自体放映を渋ってる可能性も高い。延期となるか、最悪、放映中止だ。一方で、放映されれば、影浦の活躍を世に知らしめることができる。

「急がないとな」と風岡は言う。

「え?」

「だって、臨時国会って大体、九月か十月に召集されるだろう。通常国会よりも会期がずっと短くて、せいぜい二ヶ月間。それまでに通してもらう。だから、それまでには放映されていなければ会期中に法案審議が通るか厳しいところだ」

 日比野は驚いた。こんなことをよどみなく語れるなんて、改めて感心した。

「悠、すごいな」

「文系選択ですから!」風岡は得意気に答える。勉強にコンプレックスを持っていたちょっと前までの風岡とは、かなりの進歩である。

「でも、そんなにすんなりと通るかな?」

 来年度スタートに合わせて、そんなに早く法律を整備できるものか。政治公約で訴えている張本人が、不正献金で渦中にある。それについて、野党は追及を辞さないだろう。児童福祉法の法案がじょうに載せられるかすら怪しいと考える。それに対しては、陽花が答えた。

「それはね、どうやら厚労省のホームページ見たら、検討会を開いてるみたいなんだよ」

「それで、来年度に間に合いそうなのかい?」

「分からない。先頭に立って訴えてる議員が不祥事でそれどころじゃない。だからこそ署名で訴えるんだよ。テレビ放映と署名で、このような恵まれない境遇の高校生をどうにかしないか、と訴えるんだよ」

 そして今度は風岡が口を開く。

「俺たちができることは、微々たるもんだよ。でも、やらないよりはやったほうがマシだ。もし来年度は無理で再来年度なら大丈夫っていうなら、影浦に一年浪人してでも大学入れって、俺から言う」

 風岡は笑いながら答えたが、冗談ではなさそうだ。

 滄女チームが培った友情は、国を動かさんとするまで醸成されていた。


 しばらくすると、突然、陽花が口を開いた。

「白石さん、謝るに来るかな?」

「えっ?」

「いや、分からないけど、夏休み開けたら、札幌に来るんでしょ? 分からないけど」

 それに関しては何も情報がない。だが、確かに戻ってくる可能性はある。

 陽花は口を開いた。

「もし謝りに来るとしたら、影浦くんの進学のお金の話を出すとかどうとかって話になると思うんだ。そのときに、アタシたちが呼ばれるのかな、と思って」

「そんなこと考えてもなかったよ」というのは風岡だが、日比野もそれに関してはまったくの想定外だ。

「白石さんに誠意があって、チームみんなに謝りたいと言ってきたとき、アタシたちは辞退した方がいいと思ってるの」

「ほう」これまた予想外の提案である。

 理由については、自分たちがいてしまっては、影浦はそのお金を受領しない可能性が高いということだ。影浦はそれほどまでに、お金を個人から受け取ることを気にする、ということだ。しかし、陽花は一点付け加えた。

「でも辞退する理由として、決してアタシたちが白石さんを忌避しているからということではないことに注意したいと思ってる」

「そうだな。彼女の誠意があるとして、それを否定することはできないな。もっとも、この一連の不祥事に、白石さんは絡んでない可能性もあるわけだし」


 そんな話をしつつ、気付くと時間は二時間も経過していた。早いものである。

 思った以上に建設的な案が出たことに安堵しつつ、さっそく銅海高校代表として善戦した平野に電話した。平野は驚いていたが、署名に関しては二つ返事で快諾してくれた。ついでに「交友関係の狭い五郎に代わって、有志を募ってやる」と嫌味まで言ってくれたが。

 あとは千里か。ひとつ息をついてから、日比野は千里の連絡先を開いた。

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