第七章 訐揚(ケツヨウ)  4 優梨

 優梨は、陽花、風岡、日比野の三名にも、事情を説明した。

 やはり驚きを禁じ得ない様子であったが、NOUVELLE CHAUSSURESの代表取締役社長から藍原議員に不正に迂回献金がなされていたというニュースは、皆の知るところとなっており、放映されないかもしれない可能性についてはうすうす覚悟していたと言う。ただ、当初からの目標であった影浦の大学進学を諦めざるを得ないことについて、驚きとともに悲しみの声を上げた。影浦の優秀さは、一年間共に戦ってきたチームメイトがいちばんよく理解している。にもかかわらず、児童養護施設の入所児という理由だけで断念せざるを得ないことに、不条理を感じている様子だった。


 さらに、その件で、白石が謝罪のために名古屋を訪問することについても、皆驚いていたが、誠意だといって評価する声もあれば、当然の義理でしょうという意見もあった。

 ただ、それに同席するかについて問われると、意外にも全員『否』という解答だった。それは土日に予定が入っているという理由でもない。かと言って、白石を忌避しているということでもない。

 理由は、自分たちがいると、影浦の大学進学に係る費用をNOUVELLE CHAUSSURESが補填するといった話になりづらいのではないか、という配慮だった。覚書にはそう書いてあったとしても、優勝を目指して戦ってきたのは皆同じ。それなのに、影浦だけ経済的利益を享受するという話を切り出しづらいのでないかということと同時に、影浦自身そういうことを最も好まない。影浦なら、もし補填するならチームメイト全員分の費用を工面しない限り受容できないなどと言い出しかねない。

 よって、三人が三人とも白石の謝罪訪問の面会を辞退した。これで影浦と優梨、二人で臨むことになる。今回は勝負しているわけではないので緊張する必要もないのだが、やはりあれだけの英才を見せつけ、威光を放ってきた人物だ。相手が自分と同じ女子高校生だとしても、多少の緊張は禁じ得ない。


 少しぎこちない手つきでメールを打つと、意外にも早く返事がきた。八月三十一日の土曜日の夕方に決定した。他の三人は都合がつかないと適当に理由をつけて、当方は二人だということも承知してくれた。

 場所も、影浦の施設からも優梨の自宅からも近く、定期券で行ける金山駅。相手は中部国際空港セントレア経由で来るだろう。金山駅はアクセスが良いが、それでも配慮は感じ取られた。


 時間の経過は早いもので、すぐその日がやって来た。指定された待ち合わせ場所である、金山総合駅の構内に影浦も来ていた。残暑の八月最終日。夏休みが残り一日であるとはいささか信じられないほど暑い夕方だった。


「何だか緊張するね」優梨は影浦に言った。

 思えば、大会が終わって帰国してから影浦に会うのははじめてだ。失意にいた優梨は、無意識に恋人に会うことを拒否してしまっていた。

「まぁ、取りあえず相手は謝りに来てるんだから、構える必要もないよ」

 影浦は、さっぱりとした口調で返した。


 そして、夕方六時前に白石はやって来た。

 大手車メーカーの社長令嬢だから、NOUVELLE CHAUSSURESの高級車で来るかとも思ったが、そんなことはなく名鉄めいてつの改札を通過してきた。その姿はブランド品で固められている、といったこともまったくなく、一介の女子高校生が身に纏ってそうなごく普通の服装で登場した。ただ、白石の容姿が群を抜いて端麗であるため、やけに格好がついている。高身長で細身かつ整いに整った顔立ちは、芸能人に引けを取らないと陽花に日常的にもてはやされる優梨であっても、素直に見蕩みとれた。日本人離れの容貌を羨ましいと思ったが、そういえば白石は日本人ではなかった。

 さらにもう一人、中年の男性も横に付き添っていた。この男性はスーツに身を纏っている。いかにもビジネスマンであるが、重役のようなオーラがある。


「お待たせしました。あの大会以来ですね」

 美しい微笑みを見せて白石は言った。

「こちらこそ、どうも……」

 そう言いながら、どこで話し合うのだろう、と思った。そのあたりは白石とも影浦とも打ち合わせしていなかった。駅で立ち話、というのも礼節に欠ける。

 どこか、そこそこ格調高いレストランを、とも思ったが、裕福でない影浦は良い顔をしないだろう。優梨は今さら慌てた。

 しかし、そんな優梨の気持ちを推し量ったのか、白石は言った。

「私たちのことなら気にしないで、スターバックスとかマクドナルドとかあるみたいじゃない。そこで良いよ」

 向こうから謝罪を申し入れてきたとは言え、世界の主要国ならどこにでもありそうなところに案内することに気が引けたが、結果的に甘えてしまい、スターバックスに入った。

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