第七章 訐揚(ケツヨウ) 3 優梨
手紙のもともとの宛先は病院だったが、院長の娘宛てだと分かって、実家に転送したのだろう。テレビ局から出場の打診があったときのように。
すぐに開封してみる。
そこにはお世辞にも綺麗とは言えない文字が書かれていた。白石の直筆か。いくら短期間で流暢に喋れるほど堪能になったとしても、書き文字は美麗ではない。しかし、恐らくは使い慣れているはずの英語やフランス語でなく、ぎこちない漢字を駆使した日本語で
さっそく目を通す。
『大城 優梨さま
先日は幣社NOUVELLE CHAUSSURES共催の全国高校生知力甲子園に出場いただきありがとうございます。また、全国優勝おめでとうございます。
さて、あなたの悲願でもある、影浦瑛くんを大学に行かせる費用については確約ができない状況です。覚書には、テレビ放映に伴う爆大な広告収入の一部を持って保証することが書かれていますが、昨今の幣社に関わる不詳事を理由に、放映されること自体危ぶまれています。そして、それに関して私たちは局に口出しできる状況ではありません。局との契約に、幣社が違法行為あるいはそれに準ずる行為をおかした場合、局の裁量で一方的に放映を取り止めることができる、と書かれているからです。
でも、私は、恥ずかしながら政治資金規制法違反の片棒を担いでいることは知らなかった。こんなことを言っておいて言い訳以外の何物でもないですが、私は予定どおり放映されると思っていた。不詳事さえなければ、覚書どおり、影浦瑛の獲得は一旦諦め、経済的な支援を買って出るつもりだった。
いまや、幣社の社会的信用を失い、株価も下落しており、かなり痛手を被っていますが、しかし私にもプライドがあります……』
ところどころに誤字が散見されるとおり、いくら天才でも短期間で漢字をマスターするのはできなかったと見える。内容はやはり言い訳にしか聞こえないものの、多少なりとも誠意を持って手紙を送っているだろうことは何となく分かる。
続きに目を通すと、そこには驚きの言葉が書かれていた。
『今更かもしれないけど、会って迷惑をかけたことを謝罪したい。できれば、チームメイト全員がいいけど、難しければ大城さんと影浦くんだけで構いません。9月から学校が始まるので来日します。そのとき名古屋にも寄ります。突然だけど8月31日の土曜日か9月1日の日曜日はどうでしょう。メールアドレスにお返事下さい。
bai-lingli.○○○◇◇☆☆@▲▲▲▲.ne.jp
白石 麗 こと 白 鈴麗』
白石が、謝罪のためにわざわざ名古屋に来たいと言う。高校は札幌のはずだが、そのついでなのか、名古屋にも寄るのだろう。日本に住んでいると、ついでで寄るほどの距離ではないが、世界を股にかける外国人の視点に立つと違うのだろうか。
それはさておき、日にちがほぼ指定されている。土曜日は埋まっているものの、日曜日なら空いている。影浦のバイトの予定はどうだろうか。
すぐに影浦に連絡を取った。既に八月の最終週なので、メールではなくて電話だ。
『もしもし、ごめんね、瑛くん。今週末の土日どっちか空いてる?』
『急にどうしたの?』
影浦は訝しげな対応をするが、事情を話した。こちらだってあれだけ犠牲にして来たものがあったのだ。何としても白石に会わなければならない。影浦にも同席してもらわなければならない。
『……分かった。バイトが入ってるけど変わってもらえるか聞いてみるよ』
「ありがとう! 何とかお願いします!」電話越しなのに、優梨は頭を下げた。
『ちなみに、他のメンバーはどうするの?』
「……」それに関しては、優梨はどうすべきか明白な答えが出せなかった。
『できれば、声かけるべきだと僕は思うけど』
やはりそう返ってきたか。元来隠し事が嫌いな影浦らしい意見だ。しかし、放映中止が噂される中、こんな話を聞いて今度は本当に憤るかもしれない。と言いながら、いつかは必ずバレる問題を、放置しておいて良いものだろうか。
しかし、ここは協力してもらったメンバーに隠したままでいるのは、やはり良心に
「分かった。私からみんなに説明するよ」
『ありがとう。お願いします』
影浦は短く礼を言った。
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