第七章 訐揚(ケツヨウ)

第七章 訐揚(ケツヨウ)  1 優梨

「ちょっとどういうことなの!?」

 優梨は、影浦の、この収録が放映されないという発言がどうしても信じられなかった。信じられるわけがなかった。

「さっきの問題、不自然すぎると思わないかな。つい先ほど、休憩中に桃原さんが口走ったばかりの誕生日に関連した問題が出てくるなんて」

 それは、確かにすごい偶然だと思ったが、偶然を通り越して不自然だというのか。

「偶然ではなくて必然だというの?」

「僕はいくら何でも出来すぎだと思っている。番組スタッフは途中から慌ただしくなったのには気付いた?」

 もちろん、それには優梨は気付いていた。問題に集中している身からすれば、かなり目障りで迷惑なことであったけれど。

「うん。何かあったのかなと気になったけど。風岡くんが言った通り、問題を使い果たしたのかなとも思ったけど」

「そんなことじゃないよ。別に問題が枯渇したわけじゃない。実際は、共催のNOUVELLE CHAUSSURESに不正事案がリアルタイムで発覚して、運営側が白石さんの優勝を阻止しようとして寝返り、動き回っていたんだ」

「ええっ!?」優梨は驚く。影浦は一体どういう経緯いきさつでその見解にたどり着いたのか。しかし、影浦はその疑問をよそに自分の見解を話し続ける。

「不正事案っていっても、単なるちょうとかちょっとした利益相反とかそんなちょろいもんじゃないと思ってる。もっと隠蔽いんぺいが不可能なくらいデカい不正が見つかったんだ。これまで運営側は、最初は白石さんのチームに優勝をさせるように仕向けたかったけど、それはマズいと考えた。用意されていた問題では、優梨が負けてしまうかもしれない。じゃあ、少しでもアドバンテージになるように、何かいい策はないかって、急遽こっそり影で桃原さんに働きかけたんだ。優梨に優勝してもらうために、何かいい問題案はないかって。その問題を練っている間、簡単な『デュアルアンサー早押し』で場を繋いだ──」

「はっ!?」

「問題案っていうほどちょくせつ的にないにしろ、メンバーにまつわる情報を持っていないかって、桃原さんに聞いたんだ」

「ええええ??」優梨はたび驚愕した。

 そんなことがあるのか。あって良いのか。良いわけないに決まっている。優梨は自分に言い聞かせた。利益相反の疑い云々うんぬんの話はモナコに発つ前にもあったが、もっと大きな爆弾が潜んでいるというのか。放映自体が危ぶまれるような。

 影浦は続ける。

「あの藍原議員は、NOUVELLE CHAUSSURESの上得意様なんだ。何かしら、癒着があるのは間違いない。でもそれはテレビ局の想像の斜め上の不祥事だった。隠しきれない証拠がある程の」

「どういう不祥事なの?」

「はっきりは分からない。けど、想像はできる。NOUVELLE CHAUSSURESとこれだけ癒着してたということは、社長あたりから政治資金を受け取ってたんじゃないかな? 外国人からの政治献金は、政治資金規正法で禁止されている。でも、いわゆる通名を用いて、外国人からの政治献金をうまく受け取ってる例があるみたいだね。政治資金はその透明性の担保から、ネット上に公開されてるんだけど、光民党の政治資金収支報告書に、『白石令哲』って名前があったことから、NOUVELLE CHAUSSURESの代表取締役社長、白令哲と同一人物だと、ヤマトテレビの記者が疑ったんじゃないかな。これで、NOUVELLE CHAUSSURESの社長令嬢が、優勝してしまったら、テレビ局のけんに関わる。だから桃原さんに、白石さんが優勝しないように、協力を依頼した」

 スマホもない児童養護施設にいる影浦の情報収集能力に舌を巻く。影浦はさらに続けた。

「そんなNOUVELLE CHAUSSURESと蜜月みつげつの関係の藍原議員は、児童養護施設入所児が大学に進学できない事情について、使世にアピールしようとしている。いくら優秀な入所児がいたって、学校から成績表を取り寄せることは、個人情報保護の観点から難しい。優秀だということを世に知らしめるいちばん良い方法は、クイズ番組に出て活躍させることなんだよ。それなら、個人情報保護の壁を簡単にクリアできる。そしてそのテレビでの活躍を、悪く言えばにして、彼は経済的な理由で進学を諦めてると国会でアピールすれば制度改革に繋がり、公約は達成される、ってことだよ」

「で、でもそれは、いいことじゃないの? 入所児でも大学に行ける環境は私だって望むところだもん」

「いい制度改革だってことは分かるさ。問題は、NOUVELLE CHAUSSURESがその藍原議員の公約を利用したってことさ。つまり、NOUVELLE CHAUSSURESは僕をヘッドハンティングし後継者候補にしようとしているが、交際相手の優梨の存在が邪魔だった。たぶんだけど、優梨と僕の身辺を内偵して、おそらくお金では僕はヘッドハンティングできないだろうと踏んだ。だから、テレビ局に莫大な資金援助をして、知力甲子園の共催となった。共催となった以上、NOUVELLE CHAUSSURESは企画に口を出すことができる。きっとどうにかこうにかして、優梨を知力甲子園に出場させ、白石さんと一対一の対決をして、白石さんが勝てば僕を頂戴することを思い付いたんだ。出場によるインセンティブは、僕の大学進学を保証すること。これで、優梨の出場は確約された。あとは僕だ。まず、これまで同じ高校限定で三人一組のチーム編成だったのを、五人一組で同じ県内なら違う高校でも良しとした。これで、優梨は僕を同じチームに引き入れるだろうと予想し、実際その通りとなった。さらに僕を出させることを念押しするために、藍原議員を巻き込んだんだ。議員が僕のところに来て出て活躍してほしい、なんて言ってきたら、僕はもうある意味出場して活躍するしかなくなる。もし僕が出場をドタキャンしたら、議員のメンツも仲介した所長のメンツも潰すことになるからね」

「そんな裏があったなんて……」

「とにもかくにも、NOUVELLE CHAUSSURESと藍原議員の利害関係は強く一致したんだ。滄女で僕が活躍して、優勝することが、会社と議員の望む結果だったんだ。利益相反の非公開と政治資金規正法違反。これらが藍原議員に関わる不正なんだ。特に後者は、証拠が公開されているから、テレビ局としても非常にまずいと思ったわけさ」

「そ、そんなこと……」

 影浦から飛び出す衝撃の事実は信じられないが、不思議と理に適っている。

「ちなみに、桃原さんが出場したのはテレビ局の意向じゃないかな。過去の決勝大会を観ると、三チームで戦っている。二チームで戦うことは想定していなかった。テレビ局にとっては毎年恒例にして、局を揚げた一大イベントなんだ。第十回という節目の記念に、決勝戦でテレビ映えしそうな美女を三人並べたいと思った。それなら、うってつけの高校生がいる。さらに、優梨に勝たんと闘志を燃やしているから、優梨が出ると言えばきっと出てくれるだろう。それが桃原さんなんだよ。桃原さんは、番組の視聴率のために利用された」

 優梨は思わず千里に同情した。白石が、千里のライフを残り一ポイントで息の根を止めなかった行動。白石は、千里に倒されるほどの勢いも実力もないと判断した。勝つことだけを考えれば千里の息の根をさっさと止めても良かったが、容姿端麗ゆえテレビに長く映しておく価値はある。テレビ映えする才媛が二人よりも三人のほうが視聴率は稼げる。そっちのほうがコマーシャルを流すであろうNOUVELLE CHAUSSURESにとってもメリットはある。そう考えたのだろう。

「じゃあ、放映はされないの?」

「分からない。放映に関してはヤマトテレビの裁量に委ねられるだろうけど、最悪の場合、放映されないことも覚悟しないといけない。そのときは、覚書にあるような利益は発生しない。よって、僕の大学進学も絶たれる」

「何それ! そんな、許されるわけないじゃない!」

 優梨はとうとう我慢の限界に達した。影浦の言うことは決して荒唐こうとうけいな話には聞こえないだけに、彼に八つ当たりしてはいけないのだが、そうとは分かっていても感情を抑えきれなかった。

 そのタイミングで優梨のスマートフォンが震えた。そこに映し出された文字は、優梨に追い討ちをかけるものであった。

『光民党 藍原鐘衆院議員に政治資金規正法違反の疑い』

 影浦もその文字が見えたのだろうか。

「ごめん……」と言って何故か影浦は謝った。彼に謝る理由などないはずなのに。謝られて、優梨は怒りの次に悲しみが押し寄せてきた。自然と涙が止めどなく溢れた。こんな悲しい優勝なんてあるのだろうか。私がやって来たことは誤りなのか。優梨は自問自答するも、答えは見つけられなかった。

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