第六章 決戦(ケッセン)  10 優梨

 その後も『デュアルアンサー早押し』が続く。

「第四十問! 猫の品種のうち尻尾のないものを二つお答えください」

「第四十一問! 日本で三位の高さの山は3,190メートルで二つありますが、その二つをお答えください」

「第四十二問! アップルの共同設立者で、ファースト・ネームが『スティーブ』である人物を二人お答えください」

 分かった時点で、一人が押して一つの解答を答え、押し負けた者は最後まで聞き、他方を解答するスタイルが続いた。『デュアルアンサー早押し』はいずれも両者正解の場合、点数に変化がないため、ずっと試合が続くことになる。少し気になったのは、運営スタッフらが、そわそわと慌ただしくしている。集中を要するこの場面、気になり始めたばかりに目障りに感じている。何かあったのだろうか。


 点数に差がつかないまま、五十問目まで来てしまった。60チームで争った一回戦よりも、たった3チームで争う決勝戦の方が多くなってしまっている。

 集中力に自信があっても、これだけ緊迫感の続く攻防が続くと、さすがに疲弊する。白石はどうだろう。先ほどよりは表情に余裕がなくなっているように見えるが。

 そんな優梨の気持ちをキャッチしたか、アナウンスがなされる。

「いったんここで、休憩に入りたいと思います!」


 優梨は心の内を読まれたかのように思いぞっとしたが、実はあまり嬉しくない。疲弊はしているが、休憩は不要である。せっかく温まっているエンジンを、明確な理由なくクールダウンさせる必要はない。いまはピットインしている場合ではないのだ。


 苛々いらいらを抑えながら、チームメイトの控えるブースに戻る。

「優梨! すごい! 途中息するの忘れてた!」陽花は相変わらず、優梨を称賛してくれるが、先ほどまで集中力と緊張と頭脳のハードディスクを極限まで酷使していたときに、陽花のテンションはついていけなかった。

「何で、わざわざ休憩入れるんだろうね?」つい、優梨は不平を口にした。

「問題を使い果たしたんじゃない?」

 そう言ったのは風岡だ。

「まさか」そんなことはないだろう、わざわざ第十回記念大会でモナコまで来て、問題を使い果たして続行不可だなんて、おわらぐさだろう。そんなことを思ってると、今後は陽花が口を挟んだ。

「いや、意外にそうかもしれないよ。だって、さっきからスタッフの動きが激しいし……」

 確かにそれは気になっていた。ひょっとしてこの休憩を利用して、本当に問題を補充する気なのだろうか。陽花にも同調されると、それも否定できないような気がしてきた。

「早押し問題に戻すかもね」

 急に後ろから、女性の声音が聞こえた。先ほど優梨の手によって引導を渡された、桃原千里である。

「桃原さん」

「さっきはありがとう。大城さんに勝つことを目標にずっと頑張ってきたけど、それは叶わなかった。でも矛盾してるようだけど、もし負けるなら、負かされるなら、大城さん、あなたが良かった」

「ありがとう」

「でも一つ条件があって、最強、無敵の大城さんであること。あなたの強さは充分証明されているけど、もう一人、あのブレイン・モンスターに勝ってこそ、大城さんは最強の称号が与えられる、と思ってる」

 思惑は人それぞれだが、千里は優梨を応援してくれている。千里は続ける。

「で、話を戻すと、早押しに戻して、一問ごとにライフが動く形式にすると思うんだ。だって、こんな集中力が極限のときに、水を差すような真似、おかしいと思わない?」

 まったくだ。白石はどう思っているか分からないが、優梨は結構迷惑している。逆に言えば、想定外に、白石と優梨の両者が一歩も譲らなかったということだろう。

「助言ありがとう」

 本音である。急に出題形式を変えられて、それに即応することは、外野が思っている以上にエネルギーを消耗する。

「私の勘は、よく当たるんだから」

 千里はどこか誇らしげだ。

「ごもっとも」そう言ったのは、風岡だった。

「え? 桃原さんの勘の鋭いこと、知ってるの?」

 陽花が風岡に聞いた。風岡は少し狼狽している。

「あ、ああ。だって、実は、高一のとき同じクラスだったからなっ」

「そ、そう」陽花は最近、風岡から自分と優梨以外の女性の関係に敏感になっているが、一応納得したのだろうか。でもここで痴話喧嘩は勘弁してほしい。

「たった四か月だけど、同じクラスだから、話だってするよ」

 千里は弁解したように見えたが、次の一言がいけなかった。

「誕生日だって知ってるんだから」

「何? 結構深い関係だったの?」

「えっ、あっ……」

 ちなみに、千里が止社高校に在籍していたのは、高校一年生の一学期だけだ。そのあとは姿を消した。陽花と風岡が知り合ったのは高校二年生の夏だから、風岡が責められる筋合いはまったくないのだが。

「ま、風岡くんと河原さんが付き合ったのは、桃原さんが転校した後の話だから、河原さん、許したげて」影浦が、フォローをする。

 誕生日と言えば、高校一年生のあの事件のとき、その解決に当たって優梨と千里の誕生日が大いにキーになった。千里の母も登場して、彼女の名の由来まで聞かされたような記憶がある。

「河原さん、誕生日いつ?」

「何でいきなりそんなこと聞くの?」

 千里の唐突な質問に、若干機嫌を損ねる陽花。

「別にいいじゃない?」

「九月九日だよ」

「なるほど。ひょっとして、『陽花』って名前は、誕生日に由来してるのかな」

「え? 何でそうなるの?」陽花は顔をしかめている。

「いーのいーの。ちなみに私の誕生日は、誕生日に由来するあるものの語呂合わせなんだから」

 千里の発言の意図も、陽花の名前が誕生日に由来しているという根拠も分からない。


「まもなく、休憩は終了です! 白石さん、大城さんは解答台についてくださーい」

 やや間延びした感じの口調で、運営スタッフが解答者の二人に声をかける。

「そんじゃ、私は、みんなと一緒に大城さんを応援するんだから! 白石さんに負けないでね!」千里は爽やかな笑顔で、エールを送った。

 陽花はどこか釈然としない表情をしている。

 優梨も同様な気持ちだが、気持ちを新たに、再び解答台に向かう。

  

 札幌螢雪高校チーム:大将・二ポイント。

 滄洋女子高校複合チーム:大将・一ポイント。

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