第六章 決戦(ケッセン)  8 優梨

「蘇芳薬科大附属高校チーム、ここでついにポイントがすべてなくなりました……! 一回戦から開始早々、怒濤の二問連続正解で存在感を見せつけた、桃原さん率いる蘇芳薬科大附属高校チームでしたが、このモナコでついに力尽きてしまいました……!」


 札幌螢雪高校チーム:大将・三ポイント。

 滄洋女子高校複合チーム:大将・二ポイント。

 蘇芳薬科大附属高校チーム:大将・〇ポイント(敗退)。


 最後のライフを消し去ったのは、紛れもなく優梨。千里の願いを聞き入れる形での終了となった。二年前のあの因縁から敵対していると思い込んでいたが、ただの戦友だった。こんな最後の最後に分かち合えるなんて、皮肉なものである。

「リーダーの桃原千里さん、いまの気持ちはいかがですか?」

「私は、この地で大城さんと戦えて、幸せでした。大城さん、そしてチームメイト、さらには滄女の他のチームメイトの皆にもお礼を言いたいです。ありがとう。私は檜舞台を降りますが、友達を応援するという新たな役割をいま与えられました。大城さんに優勝を目指して、頑張ってもらいたいです!」

 涙で少し目を潤ませていたが、その表情はこのモナコの美しい空のごとく晴れやかで澄み切っており、そして何よりも美しかった。

「大城さん、いかがですか?」

 アナウンサーに急に質問を振られて少し狼狽ろうばいしたが、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。

「相手は強いですが、桃原とうばるさんの分まで、私が頑張るのみです!」

 そうだ。絶対に白石麗には負けられない。


 これまでも、三つ巴の決勝戦は幾度となくあったが、十点先取で優勝、といった形式だったので、どこか一チームが途中で失格になることはなかった。しかし、今回の試合形式ではそれが起きて、これからは一騎打ちの戦いとなる。そして思わぬアナウンスがされる。

「これからは二チームでの対決になりますので、新しいクイズ形式が追加されます。正解が二つある早押し問題、名付けて『デュアルアンサー早押し』です」

 この期に及んで、新形式の問題が出てくることがすごい。二人となるのがいつになるのかなんて分かったものではないのに。満を持して出してきた感がある。

「早押し問題ですが、この問題には正解が二つあり、解答者はそのうちの一つをお答えください。そこでは正解判定はせず、その後、問題文の続きが読まれます。もう一人の解答者は、もう一方の答えをお答えください。早く仕掛けて、易しい方を答えるか、じっくり最後まで聞いて、着実に残った方を答えるか。それは解答者の自由です。この問題もどちらか一チームが正解したとき、正解できなかったチームは一ポイントずつ減っていきます」

 面白い企画だが、面白さを堪能する余裕はないだろう。さらには、新たなクイズ形式に、我々が対応しなければならない。集中力が阻害される因子の他ならないので、正直迷惑である。

 白石は意外だったのか、目を丸くして意外そうな顔をしている。本当に白石は、問題自体を知らないのだろうか。大まかな流れだけ企画して、問題作成などはテレビ局に一任しているのか。白石が解答に当たって、問題の答えをあらかじめ知るなど、不正は働けない、ということは本当かもしれない。確かに、早押し問題では、解答が分かる、あるいはベイズ推定の材料が揃うギリギリのところでボタンを押している。

 まったく問題作成に彼女が関与していないのなら、本当にこの白石はすごい。


「では、第三十五問! 新企画、『デュアルアンサー早押し』です!」

 番組の制作側は、新企画だからさっそくお披露目したい気持ちなのだろう。とにかくやってみないと要領が分からない。

「俗に中国将棋とも言われる象棋シャンチーで用いられる将棋盤の中央、自陣と敵陣を分ける『河界ホーチェ』と呼ばれる領域には、中国のかつての二つの国……」

 何だ、この問題は。知力甲子園では、こんな海外のボードゲームの知識まで求めてくるのか。シャンチーという名前は知っていたが、実際に遊んだどころか、実物を見たこともない。写真くらいは見たことがあるだろうが、ボードの中央に何かが書かれているとは、知らなかった。そもそもそんな領域が存在することも。改めて要求されるカテゴリーの広さにぜんとしていたら、白石がボタンを押した。

かん

 ここでは、まだ正解音が鳴らない。二人答えたら正解判定が出る。いつもと挙動が異なるのでどうしても違和感を感じる。

「問題の続きです。……中国のかつての二つの国の間で起こった戦争に由来する文字が書かれていますが、その国をお答えください」

 なるほど。『中国』、『自陣と敵陣を分ける』、『二つの国の間で起こった戦争』。問題文をすべて聞くと類推できるではないか。しかも、白石が『漢』と言ってくれている。であれば、他方はこれだ。

 司馬しばりょうろうこうりゅうほうで描かれたかん戦争ではないか。

「判定は──?」

 二人とも正解音。シャンチーの将棋盤の写真がモニターに映し出される。『楚河』、『漢界』という文字が書かれており、まさしく楚漢戦争を髣髴ほうふつとさせる。

 シャンチーという思わぬキーワードで惑わされそうになったが、ちゃんとヒントはあるのだ。

 焦ったが、何とか冷静さを保てたおかげで誤答を防いだ。

 

 札幌螢雪高校チーム:大将・三ポイント。

 滄洋女子高校複合チーム:大将・二ポイント。

 ポイントは動かない。よって、白石がまだ有利な状況である。


「続きまして、第三十六問! 『デュアルアンサー早押し』です!」

 企画した側は、遅ればせながらこの企画の出番がやってきたことを歓喜しているに違いない。

「国境を接する全ての国が内陸国である内陸国……」

 ポン。今度は先に優梨が仕掛けた。

「滄洋女子高校複合チーム、大城さん!」

 この問題における早押しのアドバンテージは、自分が簡単あるいは答えが一つしか分からない場合は分かる方を答えて、難しいあるいは分からない方を相手に答えさせるということだ。

 問題は二重内陸国を答えさせる問題だろう。優梨はそのどちらも知っている。よって、瞬間的にどちらが簡単なのかを模索する。どちらが簡単か、判別がつかなかったが、少しでもなじみの深い方を答えておこう。

「ウズベキスタン」

「問題の続きです……」

 問題を最後まで聞くチャンスがあるにもかかわらず、間髪を入れずに白石はボタンを押した。

「リヒテンシュタイン」

 正解音。安堵するが、これくらいの問題は、白石だけを誤答に追いやることはできないということか。

 依然、ポイントは動かないし、差は縮まらない。


「続きまして、第三十七問! 『デュアルアンサー早押し』です!」

 この問題形式がこの先ずっと続いていくのだろうか。ポイントが動かない限り、ずっと戦い続ける可能性もある。

「現存している脊椎動物のほとんどは、進化の過程で顎を獲得した『顎口類がっこうるい』に分類されますが、一方で脊椎動物でありながら顎を持たないまま進化した『無顎類』と呼ばれる分類群のうち現存……」

 来た。生物の進化史は好きな分野だ。現生する無顎類は円口類に属する二種類のみ。

「ヤツメウナギ!」

 優梨は、他方の解答も知っているが、ヤツメウナギの方が有名だと思うので、そちらを答えた。

 その後問題の続きが読み上げられ、『……ウナギ』であることまで問題文で明かされたが、なぜか白石はボタンを押さない。首を傾げながらやっとボタンを押した。何となく自信なさそうな素振り。白石にこの挙動は、はじめての光景だ。ひょっとして……。

「……フウセンウナギ」

 違う。はじめての誤答を悟ったと同時に、不正解のブザー音が鳴る。

 ばんじゃくな知力を誇って、一問たりとも誤答してこなかった白石に現れた、はじめてのほころび……。

 正解はヌタウナギである。こんなの普通に知っている高校生もどうかと思うくらい、一般的にはマニアックな知識だと思われるが、いまの彼女は百科事典のように豊富な知識量、正確な判断力を見せてきただけに、この光景は異様である。現に、白石の表情が険しい。初めての誤答がよほど悔しいのだろう。

 これが、彼女の精密機械然とした頭脳を狂わせるのか、逆に闘志に火をつけてよりパワーアップするのか。

 この後、戦いは激烈を極めることになる。

 

 札幌螢雪高校チーム:大将・二ポイント。

 滄洋女子高校複合チーム:大将・二ポイント。


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