第六章 決戦(ケッセン) 7 優梨
「何で、そんなことを言うの!?」
優梨は、千里に向かって問いかけた。
「いまの大城さんは、白石さんという大きな敵に立ち向かっている。私、白石さんには何か裏があるってずっと思ってた。なぜなら、私が参加した理由って、もちろん大城さんに勝つためだけど、そもそも大城さんにも出場を打診しているという情報提供を最初に持ってきたのは、テレビ局なの。それも高校二年生の冬。まだエントリー受付のずっと前だった。普通に考えればおかしな話よ。前回優勝校ならまだしも、エントリーしたこともない女子高生を個別に打診するなんて、きっと裏があるに違いない。でも、大城さんとまた同じ舞台で戦えるなら、どんな状況だっていい、って思った。私は、高校一年生の一学期、大城さんと争ったあの四ヶ月が、いちばん楽しかったって思ってる。あの思い出をもう一度と思って、エントリーをすることに決めた。でも、私は何かの意図があって利用されてることが分かった。そしてきっと、大城さんと白石さんとの間に影浦くんに関わる何か途轍もなく大きな取り決めが交わされていて、この大会でそれを賭けている……」
優梨は聞いていて居たたまれなくなった。千里は、ただ優梨に勝ちたかっただけなのだ。その思いをすべて、企業とテレビ局の利益のために利用されるために、操作されていると知ったら、どう思うだろう。かける言葉が思い付けずにいると、再び千里が口を開く。
「我ながらよく頑張ったよ。友達がいない私が、チームを結成するために、『絶対優勝させてあげる』と大見得切って無理矢理誘って四人集めたよ。でも自分勝手な私にチームメイトを牽引する人望なんてなく、すぐに愛想を尽かされた。こんなチームワークのかけらもないこのチームで孤軍奮闘したさ。ここまで我慢してくれた彼らには感謝しなきゃね。でも、私は所詮は脇役。幼稚園のときシンデレラの役をあなたに譲ったように、私は主役にはなり得ない。大城さんが、白石さんという『ブレインモンスター』と戦うためには、まず私がいなくなって
千里は、最後の方、少し泣いているかのような声だった。
「
優梨は、千里を正しい名前で呼んだ。千里は、高校一年生のときの
「そろそろ良いですか?」
こう言ったのは、白石だ。千里の発言は、円滑なクイズ進行を間違いなく妨げている。司会は、局の顔であるアナウンサーという立場からか、そんな千里の独白を止めることができない。そんな局の思惑を代弁するかのような白石の無情なる発言。クイズ進行を
千里を含め誰も何も言わないことを『諾』なる合図と捉えたか、司会の三塩アナウンサーにゴーサインを出す。
「はい。では……」やや慌てたように三塩アナウンサーが仕切り直す。「第三十四問! 早押し問題です!」
また早押し問題に戻る。早押しボタンに手を添えて、低く身構えた。千里のおかげで少し冷静になれたような気がする。右手の指先の触覚と両耳の聴覚が、冴え渡る。
「任意の三角形 に対して、その三つの角の三等分……」
優梨はボタンを押した。隣の白石も押しているようだったが、自分の目の前のランプが点る。大好きな数学に関する問題なので優梨にとって有利な問題なのは間違いないが、ボタンを押させたのは何か別の力が働いたような気がした。
「フランク・モーリーの定理!」
正解音が鳴る。
「『任意の三角形 に対して、その三つの角の三等分線どうしが最初にぶつかる点を結んで作られる三角形は正三角形であるという定理を、発見した数学者の名を取って、何定理というか』という問題でした。滄洋女子高校複合チームの大城さん、お見事!」
一問前の優梨の精神状況では、きっと押し負けていただろう。白石とボタンを押したタイミングはほぼ同時だと思われるが、精神状況の冷静さは、コンマ数秒のボタンのプッシュの差を如実に反映する。
そしてお決まりの、非情な問いかけが待っている。
「どのチームからポイントを消し去りますか」
普通に考えれば、白石とコールすべき状況だ。しかし、千里の先ほどの申し出を棄却することはどうしてもできなかった。宿敵……ではなく、かけがえのない友人を、優梨の手で
「私の大切な友人である
桃原千里が、全国高校生知力甲子園から姿を消した瞬間であった。
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