第六章 決戦(ケッセン) 6 優梨
札幌螢雪高校チーム:大将・三ポイント。
滄洋女子高校複合チーム:大将・五ポイント。
蘇芳薬科大附属高校チーム:大将・一ポイント。
点数こそ優梨がリードしているが、何故かそのようなアドバンテージを感じさせなかった。それもそのはず。札幌螢雪の白石は、この次々に迫る難問を誤答していない。早押しで押し負けて、解答権を得られないことはあっても、間違った答えを発していないのだ。
他方の優梨、千里はミスをしている。答えを聞いても分からなかった問題もあった。しかし、これだけの難問の連鎖だ。高校生どころか大学生レベルでも手も足も出ない問題も多いと思う。
大会に向けて知識を
「第三十二問! 早押し問題です! フィギュアスケートやスキージャンプの採点などに用いられる、上位と下位のデータを一定の割合で取り除いて計算した平均……」
統計に関する問題。知識として得ていたはずなのに、すぐには思い出せず、何だっけな、と優梨は思い悩んでいると、ポンと先に押されてしまった。
残念ながら、札幌螢雪の白石だった。
「トリム平均」
彼女の解答と正解音を聞いて、優梨は激しく悔しがる。記憶力に絶対的な自信を持っていた優梨の脳、もといハードディスクが速やかに処理できなかった。
「『フィギュアスケートやスキージャンプの採点などに用いられる、上位と下位のデータを一定の割合で取り除いて計算した平均値のことを、「刈り込む」という意味の英語から何という』という問題でした」
最後まで聞けば分かる。しかし、最後まで問題を聞かせてくれるほどぬるい戦いではない。ある程度、不確実でも思い切って行動しなければならない。
「滄洋女子の大城さんでお願いします!」
白石は声高らかに、予告どおり優梨の名をコールし、優梨のアドバンテージはわずか一点となる。
「第三十三問、解答一斉オープンの書き取り問題です」
司会進行は、優梨に息をつく隙をまったく与えてくれない。今度は書き取り問題か。頭を切り換えなければならない。早押しボタンに触れていた手を、ペンとフリップに持ち替える。
「アメリカ合衆国には、フォー・コーナーズと呼ばれる、四つの州が州の境界線が集まった地点があります。フォー・コーナーズを構成する四つの州を答えて下さい。解答時間は三十秒間です!」
完全に知っているか否かの、知識を問う問題。優梨は、こんなこともあろうかとアメリカの50州についても勉強してきた。州旗から成立した順までインプットしている。仮に州の形が出されても正しく解答する自信はある。
もちろん、フォー・コーナーズについても頭に入っている。優梨は知力甲子園のために、知識を叩き込んで来たが、アメリカ合衆国の州もこのためにわざわざ勉強してきたことで、もともと知っていたわけではない。よって、おかしな言い方だが、山を張って勉強してきたことが運良く出題されたことになる。
こんなラッキーな事象が、白石や千里にも起こっているのだろうか。それほどまでレベルの高い戦いが要求されているのだろうか。
そんなことを考えながら、四つの州の名をフリップに書き込む。
ユタ州、コロラド州、ニューメキシコ州、アリゾナ州。『ニュー』が付く州の名は多く、ニューヨーク州、ニュージャージー州、ニューハンプシャー州は場所も近く混同しやすいが、いずれも東海岸だ。フォーコーナーズはアメリカの南西部に位置する。ニューメキシコ州はその名の通りメキシコに近い南部にあるので、そこは自信が持てる。
しかし、優梨はどこか不安を覚えた。先ほどの優梨の脳という名のハードディスクが、ちゃんと作動しなかったことが尾を引いている。ユタ州で合っていただろうか。見れば見るほど違っているような気がしてきた。ユタ州を二重線で消し、寸前でネバダ州に書き換えた。
「終了です! では解答オープン! 判定は?」
三十秒なんてあっという間だ。白石が単独で間違えてくれないかな、という他力本願な望みを
「蘇芳薬科大附属高校複合チーム、札幌螢雪高校チーム、正解! 滄洋女子高校複合チーム、残念! 不正解! 書き換え前のユタ州の方が正解でした……!」
「あー!! もう!」
思わず、モンテカルロの蒼天に向かって優梨は叫んだ。
「大城さんっ!」
この声は千里だった。心配されているのか、激励の
「優梨! お、落ち着いて!」
「大丈夫、まだ二点あるんだ!」
陽花や風岡が口々に優梨を励ます。チームメイトはそう言って鼓舞してくれるが、あまり耳に入らない。無敵の牙城を誇っていたはずの優梨の高性能ハードディスクが誤作動をし始めている。これは少なからず、白石から放たれる威光の影響なのか。
札幌螢雪高校チーム:大将・三ポイント。
滄洋女子高校複合チーム:大将・二ポイント。
蘇芳薬科大附属高校チーム:大将・一ポイント。
「お、大城さん!」
千里の声がする。問題の進行を遮るかのごとく大きな声だった。
「何!?」優梨も大きな声を出した。やや自我を失いかけている。
「次、大城さんがポイントを消し去る権利が回ってきたら、私のポイントを消して欲しい!」
「え?」
優梨は一瞬にして冷静さを取り戻した。千里は何を言っている。
「私、大城さんには負けたくなくて、これまでずっと頑張ってきたけど、解答台から姿を消すのなら、あなたにとどめを刺されたい!」
この千里の発言は、優梨の心を震わせた。
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