第六章 決戦(ケッセン)

第六章 決戦(ケッセン)  1 優梨

「とうとう三チーム、大将のリーダーがそれぞれ出揃いました。しかもポイントは全員七ポイントのイーブンです」

 三塩アナウンサーも、最後の最後の大一番を迎えてか、その声もさらに強く、かつ落ち着いたものになってきているような気がした。

「改めて、リーダーの声を聞いてみましょう。蘇芳薬科大附属高校チームの桃原千里さん、いまの心境いかがですか?」

「待ちに待ったこのときが来ました。幼稚園で大城さんに会って以来、彼女は特別な存在でした。ずっと頭脳で彼女に勝てないとコンプレックスを感じていたんです。彼女に出会わなければ自分が苦しむことなんてなかったのに、って時に理不尽な憎しみを抱くことさえありました。高校生で大城さんに再会してやはりそこでも彼女に勝てなくて、失意のあまり沖縄に引っ越してから私はようやく気付いたんです。私が彼女に抱いていた思いは憎しみではなく、憧れである、と。大城さんと離れてから、私を私らしく支えてくれていたのは、大城さんが近くにいたからだ、と思ったんです。だから私は、もう一度自分らしさを取り戻すために、大城さんとの決戦の舞台に臨みました。それが実現できて、武者震いしてます。大城さんに勝って優勝したいです」

 出場の経緯を含めて千里は長いコメントを残した。きっと本音なのだろう。一回戦のときと異なり、優梨の名を出されることに抵抗はなくなっていた。二つ隣にいる千里は、表情を直接見ることはできないが、幸いモニターに彼女の表情が映し出されていた。それまでは千里の顔を見ることを心のどこかで避けていたが、いまはなぜか直視できる。こんなに美しかったのかと思わずハッとしたのは優梨だけだろうか。


「続きまして、札幌螢雪高校チームのリーダー、白石麗さん。いまの心境いかがですか?」

「ここまで来れたことは奇跡だと思っていますし、それだけでとても光栄です。チームの皆さん、スタッフの皆さんに感謝して止みません」

 これはまったく本音ではない。それが丸分かりな白々しいお茶の間向けの発言に、一転、嫌気が差した。白石は続けた。

「でも、大城さん、それから桃原さん。二人ともお強いですが、私は負けません。これでも優勝目指して早押し問題の対策は練ってきました。だから、お二人がどんなに全力を出そうとも、私はそれに負けないくらい全力で戦います。ここまで来たからには、優勝は絶対に渡しません」

 今度は力強いコメント。優勝を渡さないと言うからには、きっとそれどおり、みすみすそれを譲るような真似はしないだろう。白石の常軌を逸した知力とスピードは、嫌でも伝わってくる。苦戦を強いられるのは必至だ。白石と戦うことにもちろん不安はあるが、気持ちでは負けたくない。気持ちで負けたら、その時点で終わりだ。


「では、お待たせしました。滄洋女子高校複合チームのリーダー、大城優梨さん、いまの心境いかがですか?」

 どういうわけか、コメントの大トリを優梨が飾ることになる。でも、余計な修飾は不要だ。

「はい。私からは二点だけ。一点目、桃原さん、白石さん、お二人の挑戦を正々堂々受けて立つこと。二点目、その上で滄女が優勝します。以上です」

 最小限の言葉で最大限の応酬。泣いても笑っても、この七ポイントのライフを死守できるかに否かによって命運は別れる。

 仮に千里が優勝した場合でも、影浦を大学進学に導き、かつ影浦を失わない、という目的は果たせるが、いまや、いや最初から優梨の目標はそんな譲歩案ではない。優梨の目指すところは、明確にただ一つ。全国高校生の知力のいただきである。それ以上でもそれ以下でもない。


「決勝戦の最後の最後が、女性三人というのは全国高校生知力甲子園はじまってのことです。奇しくも、フランスに囲まれた地で、青、白、赤のそれぞれのゼッケンを纏った、知のアスリートの三人が、おのれのプライドを懸けて、最後の頂上決戦に挑みます! トリコロールの才媛対決! では、参りましょう! 第二十二問! 早押し問題です」

 番組のクライマックスに相応しいよどみない弁舌による前口上が終わり、問題がコールされようとする。優梨は全神経を聴覚と指先の触覚だけに注いで、姿勢を低く構えた。



☆挿絵☆ https://kakuyomu.jp/users/Deep-scarlet/news/16817139558393164248

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