第五章 頡頏(ケッコウ)  16 影浦

「こちらのモニターに三枚の生物の写真が映し出されます。それぞれの種名を答えて下さい。制限時間は三十秒です。シンキングタイム、スタート!」

 三枚の写真には①〜③まで付番されており、①は樹木、②はサル、③は昆虫と思しき写真である。

「マダガスカルだね」陽花が呟く。

 そうだ。①が特徴的だ。直立する巨木を引っこ抜いて、逆さまにして地面に突き刺したような日本では馴染みのない形の樹木だ。それが却って有名にしている。

「一個目はバオバブでいいね。二個目は?」影浦は陽花に問う。

「動物園で見たことある。何か、芸人の一発ギャグみたいな……、えっと、何だっけ? えっと、えっと……、あ、ワオキツネザルだ」

 お笑い番組をまず観ない影浦には分からなかったが、この名前は聞いて思い出した。確かそんな名前だった。残るのは③の昆虫だ。

「③は何?」陽花の方が聞いてきた。

「分からない。ゾウムシ? いや、オトシブミの仲間みたいだけど」

 ③の昆虫は、奇妙な形をしている。甲虫様の外骨格は赤色だが、その前方に張り出した黒く細長い頭が特徴的だ。その長さは外骨格の二倍以上に見える。クレーン車やショベルカーを髣髴ほうふつとさせるようなたいである。ゾウムシではなくオトシブミと判断したのは、ゾウムシのようにふんが長いのではなく、頭部そのものが突出した先端に位置していて、一見すると『首が長い』ように見える。オトシブミは、一般的にそのような姿をしているが、写真の昆虫は、その長さが一般的なオトシブミと比べて非常に長い。

「オトシブミ? 何それ? アタシ聞いたことない」

 詰んだ。二人とも分からなければ、その時点で正答の可能性から著しく遠ざかる。他力本願だが、白石と千里が間違えてくれることを祈るしかない。いや、諦めるのはまだ早い。オトシブミの仲間だと推定できただけでも可能性はある。

「何でも書こう。ナントカ『オトシブミ』だよ。こういうのは、得てして名は体を表す。首が長いからキリンオトシブミとか書いたら、案外当たるかもしれない」

「そ、そだね。空欄よりはマシだね。あ、時間がない、急ごう」

 慌てて陽花がペンを取り、『キリンオトシブミ』と書いた。

「終了です! では解答オープン! 判定は!?」

 モニターが切り替わり、他の二者の解答を見た。『キリンクビナガオトシブミ』と書かれているようだ。

 またもや、滄女は不正解のブザーが鳴り、非情にも他の二者は正解音が鳴る。

「札幌螢雪高校チーム、蘇芳薬科大附属高校チーム、正解です! お見事! 滄洋女子高校複合チーム、惜しい、残念!」

「マジかぁ! 『キリンオトシブミ』って余計なの付けないでよぉ」

 『キリンオトシブミ』だけでは足りず『クビナガ』が入っていて、もちろん当該昆虫は悪くないのだが、陽花と心の声は同じだった。きっと、待機している優梨たちも同じように思ったに違いない。

 そして、影浦たちの出番は終了した。残すところは『大トリ』のリーダー、大城優梨。一時は、大差をつけて滄女がリードしていたが、一瞬のうちにドローとなっている。他の二チームがともにリーダーに変わってから、一問もポイントを減らせなかった。

「ごめん、優梨」影浦は素直に謝った。

「仕方ないよ、これは。善戦したよ、みんな」

「ありがとう」

 優梨は意外にも冷静で既に敗退した四名の健闘を讃えてくれるが、目の前で圧倒的な強さを見せつけられた、白石と千里との大一番の真剣勝負をいよいよ控えている。そのプレッシャーで、決してそのしんちゅうは穏やかではないはずだが。

 これから迎える、最後の最後の頂上決戦。

 ゼッケンは、テレビカメラから見て左が滄洋女子高校複合チームの青、中央は札幌螢雪高校チームの白、右が蘇芳薬科大附属高校チームの赤である。まさしく三色旗トリコロール様に鼎立ていりつする才媛さいえん。フランス国旗のそれぞれの色は、自由・平等・博愛を表しているが、ここに居並ぶ三者にの間には、そのような友好的なフレーズとは程遠い。その三者の思惑はそれぞれだが、ただ一つ一致するのは、優勝を目指していることだ。


 ゆっくりとした足取りで、優梨は解答台に向かう。決して大柄ではないはずの彼女の背中が大きく見えた。

「ファイト! 優梨!」陽花の声がした。

「任せて。必ず、優勝を届けるから!」

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