第五章 頡頏(ケッコウ) 15 影浦
白石の圧倒的な早さによる解答のコールに数秒の間を置いて正解音が流れた。あまりに早過ぎて、正解音の準備が間に合わなかったかと思えるくらいの、そんな間を感じた。
『カタトゥンボの雷』は影浦も知っている。ベネズエラのマラカイボ湖周辺に起きる雷の多発地帯だ。世界でいちばん雷が多いらしいが、何と言っても奇怪なのは、雷鳴がしないらしいことだ。
分かっていただけに悔しいが、これだけの早さには太刀打ちできない。
「どのチームからポイントを消しますか?」
「蘇芳薬科でお願いします」
意外だった。あれだけ、うちは集中的に札幌螢雪を攻撃したから、てっきり報復されるものと思っていた。確かに、蘇芳薬科は中堅で五ポイント残っていて、いちばんリードしていたが、正答数はうちがいちばん多い。いちばん正解しているところを警戒して、ライフを削るというわけでもないようだ。
蘇芳薬科が優勝した場合でも、白石は影浦を略奪することができない。だから、彼女にとって蘇芳薬科にも負けてもらわないといけないのは分かるが。
「第十六問! 早押し問題です」
またもや早押しだ。影浦は嫌な予感がした。
「世界で最も寒い定じゅ……」
またもや、隣からボタンを押される音がした。白石である。
「札幌螢雪高校チーム!」
「オイミャコン!」
再び正解音。何だ、この神がかった早さは。
「『世界で最も寒い定住地』とされ、1926年には北半球での最低温度である-71.2℃を記録した、ロシアの村は何でしょうか』という問題でした。素晴らしい早さです! お見事!」
アナウンサーの称讃も力の入ったものにある。問題の四分の一程度で解答している。恐ろしい早さである。ちなみに影浦はこの問題が分からなかった。
「どのチームからポイントを消しますか?」
「蘇芳薬科でお願いします」
次はうちだ、と思っていたが、またもや命拾いした。どういう了見か分からないが、ここで蘇芳薬科が中堅で三ポイントとライフが減り、結果的に滄洋女子は逆転し単独トップとなった。
その後も三問早押し問題が続き、あり得ないスピードで白石は正解を重ねていった。早押しの天才だろうか、と思うほど早い。白石は共催企業の社長令嬢だ。どこかで解答をリークされていると疑ってしまうほどに早い。しかし、なぜか蘇芳薬科からライフを削り、とうとう、中堅の真境名と砂川は、解答台から引き摺り下ろされた。
今度は、いよいよ蘇芳薬科のリーダー、桃原千里の登場である。集中的に攻撃されたのが気に食わないのか、どこか不満げな表情をしている。
千里は、優梨との
しかしながら千里も強い。一回戦では、開始から二問連続の電光石火のスピード正解で、どこよりも早く二回戦進出を決めた実力者だ。千里が正解した場合は、滄洋女子からライフを削るのか、それとも、白石を解答台から引き摺り下ろしてから、優梨との一対一に臨むのか。
「第二十問! 解答一斉オープンの書き取り問題です。お手元に、四十七都道府県名の書かれたフリップがあります。次のルールに従い、四色で塗り分けて下さい。そのルールとは、赤、黄色、緑、青の四色を使うこと。陸地で接する隣り合う都道府県は、違う色にすることです。この問題は制限時間、三分間です。ではスタート!」
かの有名な四色問題である。どんな白地図であっても四つの色があれば、塗り分けが可能であるというシンプルな理論だが、その証明にはかなりの時間を要したことから、『四色問題』と呼ばれるようになった。
まさか、こんな問題が出ることに驚いたが、フリップを見つけた瞬間さらに驚愕した。都道府県名が書かれているだけで、白地図は示されていない。つまり、どの都道府県名が隣接しているかを、正確に記憶していなければならない。
「何これぇ?」陽花は少し弱音を吐いている。しかし、三分しかないので、
「取りあえず分かるところから書いていこう」
北海道、沖縄は陸地で隣接しない。任意のどの色でも良い。北海道、沖縄と聞いて、いま戦っている相手は、それぞれ北海道、沖縄県の代表だと気付いて、苦笑いした。続いて、四国が簡単だ。四色一つずつ使えば良い。その次は九州だ。九州は、影浦と同じ稀血を持ち、高校二年のとき瀕死の重傷から救ってくれたあの人のいる場所、宮崎県を擁する。そのことから、九州はよく地図を眺めていた。
「よし、ここまでは大丈夫だ」と影浦は言う。
「あとは、本州だね。最大の難関の」
「取りあえず、東北から塗り分けていこう」
東北地方までは良いが、やはり関東、中部地方の塗り分けは困難だ。特に長野県は八県と陸地で接する。白地図なら簡単だが、示されていない以上思い出すしかない。
日本列島を正確にイメージしながら、確実に塗り分ける。
「お、だいたいこんな感じだよね」陽花も異論を唱えない。
近畿地方まで来た。あとは中国地方だけだ。中国地方は細長く、五県しかないので難しくない。
「よし、できた!」
時間は少し残っているが、誤りを検出しても、一色変えると、他がすべて狂ってくる。そこまでの時間は残されていないので、タイムアップを待つこととした。白石も千里も書き終えているようである。二人は完全なる個人プレーだ。状況は我々より不利なはずだが、確実に解答するあたり、さすがは実力者だ。しかも白石は日本人ではない。
「解答オープン!」
やはり、白石も千里もすべての県について色を記載している。解答の性質上、すぐに判定結果が出ない。一、二分ほど待つようアナウンスされる。
「お待たせしました! 判定は──!?」
ここでさらに数秒のためが入る。何とももどかしい間だ。
前方のモニターに、三チームが塗り分けた日本地図が表示される。同時に、滄女のみ不正解音のブザー、他の二者には正解のランプが点る。
「えっ!?」
「何で?」影浦と陽花は次々に言う。
影浦は前方のモニターを再度見る。一見、ちゃんと塗り分けられているように見えるが。
「滄洋女子高校複合チーム、残念! この問題では、敢えて『陸地で接する隣り合う都道府県は、違う色にすること』とルールで説明しています」
実際にその通りになってはいないか。影浦は心の中で問いかけた。まだ間違っている理由が分からない。三塩アナウンサーは続ける。
「実は、日本列島の主要の四島以外に県境を持つ島が日本にはあります。そのうち、瀬戸内海に位置する『
改めて、影浦たちの塗り分けた日本地図を見ると、広島県と愛媛県が両方とも赤になっている。他の二チームはそれもちゃんと意識したか偶然なのか、岡山県/香川県、広島県/愛媛県がきっちり異なる色で塗り分けられている。
痛恨のミス。単独不正解の滄女が二ポイント落とし、二ポイントしかなくなる。まだリードしているが、やはり辛い。
「気持ち切り換えよっ!」陽花が影浦の背中を叩いた。少し痛かったが、切り換えるにはそれくらいが良いかもしれない。
「続きまして第二十一問! 解答一斉オープンの書き取り問題です」
再び解答一斉オープン形式だ。少しのミスで、また二ポイント削られてしまう可能性がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます