第五章 頡頏(ケッコウ) 14 影浦
「続きまして、第十二問! 解答一斉オープンの書き取り問題です!」
影浦はボタンから手を離し、手前のフリップを手に取る。頭も切り換えなければならない。一般的には、シンキングタイムが設けられる解答一斉オープン形式の問題の方が、じっくり考えられるだけ、難しい問題が出る。
「野球の試合で、もっとも投球数が少なく終了した時の勝者、敗者それぞれのチームの投球数と、そのときの得点を答えて下さい。ただし、九回までは行うものとし、コールドゲームはないものとします。また、引き分けもないものとします」
問題自体が変化球だ。先ほどまで知識を問う問題が続いていたのに、問題の形式が変わってきた。影浦は野球に詳しくない。この手の問題は、風岡の方が得意なはずだ。
「野球はスリーアウト交代だから、全部一球目で打って、アウトにすれば、最少で27球で終わるよね?」
確認するように陽花が言うが、両チームとも27球が答えになるほど単純ではないはずだ。
「でも、その場合は引き分けになるから……」影浦が言う。
「じゃあ、一球でもホームランが出れば引き分けないから、27球と28球?」と陽花が言う。
引き分けで延長に行けば、投球数が増えるのだが、九回までに一本でもホームランが出ていれば延長戦に行くことはない。しかし、やっぱりそんなに単純なものではないと思う。
「あっ!」陽花が突然声を出した。「サヨナラは?」
そうだ。九回サヨナラのケースがある。つまり、後攻のチームが九回の初級でホームランを打ち、0−1xで勝つケースだ。その場合は、先攻のチームは二球少なくて済む。
「25球だ」影浦は言った。
「残り五秒です」とのアナウンス。制限時間が三十秒というのもなかなか焦る。陽花は急いでフリップに、『0−1、勝者:25、敗者:27』と書く。
「いや、違うよ、勝者と敗者が逆!」影浦は慌てた。急いでペンを取り、訂正線を記入し27と25を入れ替えた。
「終了です! 解答オープン!」
解答をオープンすると同時に、「あ、そ、そうか!」と、陽花。ようやく分かってくれたようだ。
ちなみに後攻チームが八回までにホームランを打った場合、九回裏のイニングはなくなるが、同じく25球となる。
三チームとも正解音が鳴る。自分のポイントを減らすことはなかったが、相手チームのポイントを減らすこともできなかった。相手の二チームは両方とも男子二人。野球にも詳しいかもしれない。
「んー、悔しいなぁ」陽花が言う。
札幌螢雪高校チーム:中堅・二ポイント。
滄洋女子高校複合チーム:中堅・五ポイント。
蘇芳薬科大附属高校チーム:中堅・五ポイント。
札幌螢雪の白石を早く引っ張り出したいが、白石が出てきた場合、滄洋女子と蘇芳薬科の二チームから均等にライフを奪っていくのだろうか。
「第十三問! 早押し問題です。熱輻射により黒体から放出されるエネルギーは熱力学温度の四乗……」
「来たー!」と陽花が大きな声を出し、ボタンを連打する。
「滄洋女子高校複合チーム!」
「シュテファン=ボルツマンの法則!」
正解音が鳴る。このときの陽花は神がかっていた。影浦はまったく聞いたことがない言葉だ。理系の知識も多少は影浦は押さえていたが、きっと難しい問題のはずだ。
「河原さん、お見事です! まだ問題を読み終えないうちでしたが」
「優梨、あ、大城さんと勉強して、これは押さえていたんです!」
この反応から、アナウンサーもこの問題は難しいことを予想していたのだろう。
「では、どのチームからポイントを消しますか?」
「札幌でいいの?」陽花が影浦に問う。ここはぶれてはいけない。こくりと頷いた。
「札幌螢雪高校で」
「なんと! 札幌螢雪高校チームは一ポイントです。滄洋女子高校複合チームは、札幌螢雪をかなり警戒しているようです!」アナウンサーが場を盛り立てるようにアナウンスする。いよいよ、札幌螢雪高校チームの二人の視線が厳しくなったような気がするが、動じてはいけない。
「第十四問! 解答一斉オープンの書き取り問題です!」
今度は書き取りか。頭の切り替えが忙しい。
「宇宙に存在する天体の、地球からの距離の測定方法は複数提案されています」
影浦は咄嗟に『年周視差』というフレーズを想起した。方法は答えられる。しかし問いは、その上を要求してきた。
「複数ある方法のうちの二つ答えて下さい。専門用語でも具体的な説明でも構いません。ただし、制限時間三十秒です!」
「二つかー!」影浦は頭を掻く。『年周視差』と言って、地球の公転に伴う宇宙空間中の位置の変化による星の見え方の違いから、距離を算出する方法だ。影浦はその一つしか知らない。何個かあるのは知っていたが、詳しくは押さえていなかったポイントだ。理系の陽花はどうだろうか。
「河原さん、知ってる?」
「『年周視差』による方法なら知ってる」
「あ、かぶった」
確か、十個近くあったはずだが、まさか重複してしまうとは。
「取りあえず、一個は書こう」
『年周視差』と取りあえず書いたが、残り二十秒で、あと一個を思い付いてフリップに書くのは絶望的である。何が書いてあったか思い出すしかない。しかし、『年周視差』だけ見て、なるほどと納得してしまって、それ以上の追究を止めてしまった影浦に、思い出す材料がない。
「何だろう。海の深さとかは超音波で測るよね?」
宇宙でそれが応用できるのだろうか。でも何も書かないよりはマシだ。フリップに『超音波に因る測定』と書いた。しかし、タイムアップとなってしまった。三十秒は短い。
「解答オープン!」とコールされるが、影浦は『超音波』はあり得ないことに気付いた。気体、液体、固体などの媒体中を伝搬するが、真空中では伝わるわけがない。
せめて光線と書くべきだったか。
予想どおり、自分たちの解答台に正解のランプは点らない。しかしどこかのチームで正解音が鳴っている。蘇芳薬科だった。
蘇芳薬科は『レーザーパルス』と『年周視差』と記載している。影浦は悔しがった。レーザー光線の反射という方法で正解だったのだ。一方の札幌螢雪は、意外にも『レーザー光線』としか記入していない。
ここで蘇芳薬科の一人勝ちで、ポイントが動く。札幌螢雪と
「早くも、札幌螢雪高校チームは大将、白石さんの登場です。白石さん、いまの心境はいかがですか?」
「かなり厳しい状況ですけど、リーダーの名にかけて頑張りたいと思います」
控えめだが、百点満点のコメントか。先ほど宣戦布告してきたときの態度とはえらい違いである。騙されてはいけない。
「いよいよここから、本番だね」と、影浦は陽花に小声で呼びかけた。
陽花も頷く。
「第十五問! 早押し問題です!」
大将の登場で、影浦はより一層集中した。
「ベネズエラのマラカ……」
ポンと隣からボタンが押される音がする。白石だ。早過ぎる。
「札幌螢雪高校チーム!!」
白石は堂々たる表情で解答する。
「カタトゥンボの雷!」
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