第五章 頡頏(ケッコウ) 13 影浦
日比野と風岡は健闘したかと思う。
先鋒と言えど、蘇芳薬科も札幌螢雪もそれなりの人材を取り揃えているはずだ。
例えば、複雑な紅白の二色旗を正確に判別したり、『南海泡沫事件』を解答したり、決して高校生にとってレベルの低い話ではないはずだ。
影浦は『南海泡沫事件』を知っていたが、それもたまたま最近読んだ書籍によって得た知識だ。こういうクイズ問題では、得てして偶然にも最近得た知識の問題が出るものらしいが、そんな『時の運』というやつも味方につけなければならない。
「さあ、これで三チームとも、中堅が出揃いまして、ほぼ横一線です!」
正解数が多くても勝てるとは限らない皮肉なルールである。クイズ以上に戦略が問われるかもしれない。蘇芳薬科と札幌螢雪のどちらかより手強い方のポイントを消費させるか、手強くない方を早めに敗北に追いやって一対一の一騎打ちにするか、三チームの足並みを揃えるべきか……。各チーム思惑は
「影浦くん、お願いね! アタシも優勝したいけど、あまり表に出たがらない優梨が、こういう大会に積極的に出たがってるの、不思議だった。科学的なものしか信じない『理系脳』の優梨が願掛けまで行くなんて、よっぽど優勝したいんだって。影浦くんの大学進学だと聞いて、ビックリしたけどちょっと納得した。優梨は前々から影浦くんに少しでも幸せになってもらいたいって。そこまでやっておきながら、負けたら影浦くんを白石さんに
陽花は、こっそり影浦に告げた。
「うん。頑張るさ。優梨のためでも僕のためでもある。上等だよ。自分の頑張りで勝ち取れるものなら、望むところだよ」
「頼もしいね。ちなみにアタシや悠のためでもあるし、きっと日比野くんのためでもあるから」
「ありがとう」
アドレナリンで、頬の痛みは感じなくなっていた。
「第十問! 早押し問題です」
早押しボタンにの上に直接影浦の手を置き、その上から陽花が手を乗せる。
「モニターをご覧下さい。次の□に入るひらがなをお答え下さい」
『い→□→い→い→つ→い→い→よ→い→い→い→い→い→い→よ』
モニターに映し出されたのは、何かの法則性を示すような文字列。影浦はすぐに閃いたと同時にボタンを押した。時間にして一秒未満。
「滄洋女子高校複合チーム!」
「『ひ』」影浦が答える。
正解音と同時に、「お見事! 早い!」との賛辞。ライバルチームからも拍手がおくられた。
「すごい!」陽花にもビックリされた。
これは、徳川将軍一覧の名前の頭文字を並べたものである。これだけたくさん『い』が並ぶ中で、『つ』や『よ』が少しだけ登場する。そして、二番目が空欄になっていることことから、二代将軍『秀忠』を答えさせるのだろうと推察した。
影浦は、優梨と出会ってからは、勉強に関しては他の同級生の追随を許さなくなった。暇あれば本を読む毎日。優梨から様々な知識を教わったが、どんな知識よりもそれに対する飽くなき『知識欲』を獲得したのが何と言ってもいちばん大きい。
またそれに裏打ちされて、閃きも研ぎすまされていった。閃きは努力のみでどうにかなるものではないが、知識がなければ閃くものも閃かない。努力のみでは備わらないが、努力しなければ備わらないもの、それが閃きだと影浦は考えている。
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
ポイントの奪い方には三つの戦略があるが、影浦の戦略は実質一番目の一択だった。すなわち、いちばん手強そうなチームから奪う。蘇芳薬科と札幌螢雪とを天秤にかけることになるが、千里には悪いが札幌螢雪に軍配が上がる。
「札幌螢雪でお願いします」淡々と影浦はコールする。さっさと白石を引っ張り出さねばならない。
札幌螢雪高校チーム:中堅・三ポイント。
滄洋女子高校複合チーム:中堅・五ポイント。
蘇芳薬科大附属高校チーム:中堅・五ポイント、となった。未だ、うちと札幌螢雪が潰し合う構図だ。
「第十一問! 早押し問題です。こちらのモニターをご覧下さい」
画像問題が多用されている。これは、これまでの決勝問題にはない傾向だった。
「モニターの画像は、何を示しているか答えて下さい」
映し出されたのは、写真や絵ではなく図だ。横に細長い棒状の長方形で、縦に細かく区切られている。区切られた各セクションは色分けされ、それぞれアルファベット等が記されている。特記すべきは、各セクションの大きさが均等でないことと、キリル文字様のものが含まれている。具体的には左から『PreЄ, Є, O, S, D, C, P, T, J, K, Pg, N』と並んでいる。
珍しく、暫しの沈黙が流れる。影浦は、これをどこかで見たような気がするが、分からない。しかし隣にいる陽花は違った。
「分かった!」と同時に、上からグイッとボタンを押される力を感じる。そしてランプが点った。
「滄洋女子高校複合チーム!」
「先カンブリア紀と、古生代、中生代、新生代の区分?」陽花はやや控えめな疑問符を含んだような答え方である。
正解音。影浦は喜んだ。すごい。
「滄洋女子高校複合チーム! 早押しで二問連続正解! お見事です!」
『PreЄ』は先カンブリア紀、『Є』はカンブリア紀を指しているのだろうか。そしてどこかに、シルル紀やデボン紀も含まれるのだろう。影浦はその言葉は知っているが、正確な順番などはしっかり覚えていなかった。その穴を見事に陽花は埋めてくれた。素晴らしい。
「いいぞー!」風岡と優梨も陽花を讃えている。
優梨がそばにいるとどうしても霞みがちだが、陽花も一般的な高校三年生に比べれば、かなり優秀な部類である。国立医学部を狙っても遜色のないレベルだ。知力甲子園に向けてインプットしてきたデータの量は、計り知れない。
「ポイントをどのチームから消しますか?」
「そろそろ、『蘇芳薬科』って言っとく?」と小声で陽花が相談してきた。しかし、影浦はその意見に反対した。
「いや、方針はぶれてはいけない。札幌螢雪には絶対負けてはならないんだから」
「さ、札幌螢雪で」
「まじか!?」札幌螢雪の佐々木と瘧師が明らかに苛ついている。彼らのライフが二つに減った。一方的な攻撃と捉えられるかもしれない。フラットな立場なら、蘇芳薬科と札幌螢雪を均等にライフを削るはずだ。これは第三者的に見て、札幌螢雪に対する警戒、あるいは私憤と捉えられかねないだけでなく、蘇芳薬科に対する侮蔑とも捉えられる可能性がある。
「何か、札幌螢雪の怒りを買ってるようだけど……、大丈夫かな……?」陽花が小声で心配そうに言う。
「それはお互い様だよ。向こうだって宣戦布告してきたんだ。それに、札幌螢雪のリーダーがやっぱり不気味だ。早いところ引っ張り出しておかないと……」
白石は、影浦を優梨から略奪するために、テレビ局を巻き込んだ入念な大茶番劇を企画したのだ。不気味で異常な執念を感じる。もちろん千里にも執念は感じるが、その質が違う。千里のはある意味純粋なものに感じるのに対し、白石のそれは、毒念を大いに孕んでいるのだ。
まだ心配そうな顔をしている陽花に、影浦は声をかけた。
「大丈夫、正解し続ければ、ライフを失うことはないから!」
我ながら、こんな自信を見せるのは、一昔の影浦では考えられなかったな、と自嘲する。
さて、まだまだ続く。続いてはどんな問題だろうか。
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