第五章 頡頏(ケッコウ) 12 日比野
「第四問、解答一斉解答オープンの書き取り問題です。お手元のフリップに制限時間内に解答を書いて下さい」
お次ははじめての書き取り問題。このまま早押し問題かと思っていただけに、気持ちの切り替えが難しい。
ここは自分のチームだけ不正解という事態だけは避けたい。
「世界にはさまざまな国があり、国旗がありますが、よく似たデザインのものも多くあります。今から出す五つの国旗の国をすべて答えて下さい。制限時間は三十秒です」
アナウンサーの左隣にある大きなモニターに明るく映し出された画面には、五種類の国旗。しかもすべて赤と白のみの
一般的なテレビのクイズ番組では、観客席から「えーっ!?」っと声が上がりそうだ。それくらい類似した国旗が複数あるが、しかし、日比野は国旗をすべてマスターしている。よってサービス問題だ。しかも、デザインがまったく同じ二色旗の一方はモナコ公国である。
「①は白が上だからポーランドだな。②と③は一緒だけど、国旗そのものの形が微妙に違って、どっちがどっちだっけ?」風岡が小声で問う。
「②が縦横比が2:3のインドネシア、③はより正方形に近くて4:5。だからモナコだ。④はペルーで、⑤はオーストリアだ」
「さっすが、五郎ちゃん」
淡々と日比野はフリップに答えを書いていく。
一般的に考えればなかなかな難問だろうが、モナコを舞台とする決勝まで勝ち上がった手練たちにとってはどうか。
「解答時間終了です。では一斉解答オープン! 判定は!?」
沈黙。この間が何とも言えない。
正解音がすべての解答台で鳴り響く。早くリーダーの白石を引っ張り出したいので、札幌螢雪あたり間違えてくれないかな、と思ったりしたが、そうは問屋が卸さない。
四問目まで終了して、札幌螢雪が一ポイント、滄洋女子が二ポイント、蘇芳薬科が三ポイントである。
「第五問! 解答一斉解答オープンの書き取り問題です! モナコのビルにはある共通する特徴がありますが、それはある取組が国を挙げてなされているからです。それは何かお答え下さい」
これもテレビか何かで聞いたことがある。
「何だろう。モナコグランプリの車の音が聞こえないように防音がしっかりしてるとか……かな?」と、風岡もいろいろ考えているようだが、おそらく違う。
シンガポールやモナコなどの都市国家では、外国の投資や企業、観光の誘致のため、清潔なイメージの国づくりとして、緑化計画を国家戦略としている。特にモナコは観光を主要産業とするところでは、その取組は国を挙げてのものになる。
「たぶんこれだと思う」
『屋上に緑を取り入れる』と記載したが、確実な答えかどうか分からない。しかしこれしか思いつくものがなかったし、何も書かないよりはマシだ。
制限時間の三十秒が経過し、解答を一斉にオープンする。
「札幌螢雪高校チーム、滄洋女子高校複合チーム! 正解!」
意外にも、蘇芳薬科が何も思いつかなかった様子で、白紙のフリップだった。二チームが正解したため、痛恨の二ポイント減で、蘇芳薬科は一ポイントとなる。解答台に立つ真境名と楚南は悔しそうな表情をするが、千里の表情は変わらない。
しかし、こんなにずっとモナコ関連の問題ばかり続くのだろうか。いくら何でもそれは偏りすぎだろう。相当マニアックな問題まで出題されるのではないかと懸念する。
「では、モナコに関係する問題はここまでとして、もう少し世界全体に目を向けてみましょう! では続いて第六問!」
少し安心した。そして気持ちを切り替える。
「早押し問題です。1989年日本でバブルが崩壊しましたが、バブル経済の語源になった事件として知られる1720年にイギリスで株価の急騰と暴落を来した出来事を何というでしょうか?」
かつてイギリスで株価が暴落したことは聞いたことがある。アイザック・ニュートンが損害を被った事件だったはずが、名前がすぐに出てこない。
隣で早押しボタンが鳴る音がした。
「札幌螢雪高校!」
「
正解音が鳴る。名前を聞いて思い出すとともに歯噛みした。バブルは日本語で泡(泡沫)である。
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
「滄洋女子で」
予想どおりではあるが、やはりポイントを一つ消されてしまった。これで三チーム一ポイントずつで並んでいる。早押し問題でどこも正解できないか、解答一斉オープンの問題で全員が正解しない限り、どこかのチームが先鋒から中堅に交代する。
「続いて、第七問! 早押し問題です」
また、日比野はさっと体勢を低く身構えた。低く身構えなくともボタンの押しやすさは変わらないはずだが、何となくこの体勢の方が問題に集中できるような気がした。
「世界でもっとも広い海峡は南アメリカ大陸最南端と南極のサウス・シェトランド諸……」
目の前のランプが光る。日比野は押した覚えはない。風岡が押したのだ。
「滄洋女子高校複合チーム!」
「ご、五郎ちゃん、何だっけ?」
「な?」風岡は分からず押したと言うのか?
「いちばん広い海峡の名前って、勉強しなかったっけ」
確かに勉強した。ドレーク海峡と呼ばれる。しかし、ここまで場所を指定しておいて、当該海峡の名前を答えさせるだろうか。ひょっとして『広い海峡はドレーク海峡ですが、いちばん狭い海峡は……』と続くのではないか、と過去の早押し問題の分析から感じていた。俗に『ですが問題』と呼ばれるのではないかと予想される。いずれにせよまだボタンを押すには早かろう。
「狭い方じゃないか?」
「狭い方? そうなんか?」日比野と風岡が小声で話し合っている間に、解答のタイムリミットが迫る。
一か八かだ。狭い方を答えよう。
「
この海峡は日本(香川県)にあることからも、むしろこちらを答えさせるのではないかと思われた。さてどうだろうか。
不正解のブザー音。痛恨のミス。アナウンサーも「うーん! 残念。この問題の解答権を失いました」とどこか悔しそうな表情をしている。やはりドレーク海峡だったか。問題が復唱される。
「世界でもっとも広い海峡は南アメリカ大陸最南端と南極のサウス・シェトランド諸島にあるドレーク海峡ですが、世界でもっとも狭い海峡……」
何と、『ですが問題』で、しかももっとも狭い海峡が出てくる読みは当たっていた。
「……はどの国に……」
両隣の二チームが早押しボタンを連打している。これは痛恨だ。所在する国を答えさせるという、よりイージーな問題だったのだ。しかもほぼ答えに近いヒントを提供してしまっている。
「蘇芳薬科大附属高校チーム!」
「日本!」二人、声を揃えての解答と正解音を耳にする。これは悔しい。
陽花も悔しそうな表情だ。
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
「札幌螢雪でお願いします」
ヒントを提供してくれたことに対する義理を感じてくれたのだろうか。とにもかくにも滄洋女子高校複合チームは命拾いし、意外にも札幌螢雪がいち早く先鋒が敗退した。続くのは、中堅の佐々木と
「第八問! 解答一斉解答オープンの書き取り問題です!」
早押しと解答一斉オープンがアトランダムに出てくるさまは、解答者にとって地味に辛い。気持ちの切り替えはおそらく傍観者が思っている以上に労力と消費する。
「世界には、海外領土でない領土を大陸部分に持ちながら、首都が大陸ではない島に存在する国は二つあります。その二つを答えて下さい」
先ほどから、やたら世界地理に関する問題が出てくる。そこは日比野が集中的に押さえていたので助かっているが、一般的にはかなり難しい問題なのだろう。
「五郎ちゃん、デンマークだよな。もう一つは何だっけ? サントメ・プリンシペか?」
風岡は小声で尋ねた。残念ながら正解ではないが、サントメ・プリンシペという日本人にとって馴染みのないが国が出てくるだけでも勉強をたくさんしてきた証のような気がする。場所的にはかなり惜しい。
日比野はフリップに書いた。デンマークは当たっているが、他方は赤道ギニアだ。
「解答時間終了です。一斉解答オープン! 判定は!?」
モニター越しにライバルチームの解答も確認できる。それを見て日比野は心の中でガッツポーズをした。他の二チームは、解答の一つをイギリスと書いていた。『海外領土を含めない』という条件があるため、イギリスは該当しないのだ。
「滄洋女子高校複合チーム、一チームのみ正解です! お見事!」
「よっしゃ!」風岡が小さくガッツポーズを見せた。これで自動的に、他の二チームが一ポイントずつ消滅する。そして蘇芳薬科も中堅に交代する。
「いいよ! 日比野くん! 悠!」陽花の声だ。
調子が良い。このまま流れに乗って一気呵成に行きたいところだ。
蘇芳薬科の中堅は高江洲と砂川の男子二名だ。
「第九問! 早押し問題です。今から三枚画像を出しますが、それらから共通して連想される現象をお答え下さい」
一回戦でも早押し問題でありながら、画像を併用する問題が出ている。集中させる感覚を聴覚から視覚に切り換える。
一枚目の写真は、どこの家にもある何の変哲もないアース付きコンセントの写真だ。世界地理から一気に路線を変更してきた。現象を答えさせる問題だが、日比野はさっぱり分からない。二枚目以降に期待しようかと思ったが、誰かがボタンを押した。
「札幌螢雪高校チーム!」
「シミュラクラ現象!」
正解音が鳴った。日比野は初耳だった。知っているか知っていないかの違いだが、この問題に関しては完敗だった。
二枚目は三羽の鳥が『∵』の形に並んで飛翔する画像。三枚目は『(’_’)』という顔文字が映し出された。シミュラクラ現象とは、人間の目には3つの点が集まった図形を人の顔と見るようにプログラムされているという脳の働きを指す言葉らしい。
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
「滄洋女子です」
ここで、日比野と風岡の出番は終了した。先鋒の中では最後まで生き残った。できれば、札幌螢雪と蘇芳薬科からそれぞれもう一つずつライフを削りたかったが、善戦した方だろう。
「よし、ナイスファイト!」優梨は我々二人を讃えてくれた。
「すまん、あとはよろしく頼む」
そう言って、中堅の陽花と影浦の二人にバトンタッチした。
「平野、ありがとうな。おかげさまで順調に戦っているよ。優勝するからな」
日比野は、ポケットの中にある平野から引き継いだ鉢巻きを握り締めながら、静かに呟いた。
札幌螢雪高校チーム:中堅・四ポイント。
滄洋女子高校複合チーム:中堅・五ポイント。
蘇芳薬科大附属高校チーム:中堅・五ポイント。
未だ、ほぼ横一線だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます