第五章 頡頏(ケッコウ) 11 日比野
風岡とともに日比野は、解答台に立った。
地中海沿岸の
「五郎ちゃん、よろしく頼むよ」風岡は言った。
「ああ、悠こそな」
日比野と風岡は同じ中学校の同級生だった。日比野が私立高校に進学し、高校以降は離れてしまったが、それでも交友関係は続いている。社交的な風岡と、自他ともに朴訥と評される日比野とは性格は異なれど、それでもつかず離れずの程よい関係は、中学卒業後も持続している。腐れ縁なのかもしれないが、一緒にいても話をしても不快な男ではない。しかも奇しくも、今回は同じ目標に向かって突き進む同志。気心が知れた、とまではいかないかもしれないが、交友関係の決して広くない日比野にとって風岡は珍しい貴重な友人。そんな男と、クイズ番組の収録で、しかも頂点を間近にした大舞台で挑めるのは、なかなか味わえることではなかろう。
やってやろうじゃないか。日比野にしては珍しく、武者震いした。
相対する、札幌螢雪高校チーム、蘇芳薬科大附属高校チームの各二人組も男子だ。もっとも、対戦する二チームは、リーダー以外は皆男子だ。過去の大会を見て、男女複合で挑むチームはさほど多くなかった。理由は、進学校と言えば、私立で男子校もしくは女子校が多い。共学でも、男子のみ、女子のみで有志を募ることが多いだろうが、今年から高校を跨いでも参加可能になったことと、五人という大所帯のチームでのエントリーとなったことも一因だろう。
それを差し引いても、女子がリーダーを務めるチームが、決勝を彩るのも珍しいと思っている。この大会は、大城優梨の呼びかけで集まったチーム。成績も
「では、第一問! 早押し問題です!」司会の歯切れの良い声が聞こえる。
少し身体を屈めて、早押しボタンに手を添える。正確には、早押しボタンに
耳と
「モナコはミニ国家と言われ、バチカンに次ぎ二番目に小さいと言われています。ではさ……」
来た、と思ったと同時に、ボタンを押した。目の前のランプが光る。他の二チームも押しているようだが、押し負けたのか悔しそうにしている。
「滄洋女子複合!」
「ナウル!」
正解音が鳴る。一回戦で聞いたばかりの音だが、かなり前の出来事のような気がする。
「ナイス!」風岡は小さな声で日比野を讃えた。
「モナコはミニ国家と言われ、バチカンに次ぎ二番目に小さいと言われています。では三番目に小さい国はどこでしょうか。という問題でした。お見事」
想定範囲内の問題だ。面積で三番目に小さい国か、人口が二番目に少ない国のどちらかを答えさせるかと読んでいた。前者と確定されるギリギリのところでボタンを押すことができた。よし、
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
そうだった。このクイズ形式では、それを考えなければならない。
どちらも脅威のチームだが、札幌螢雪から影浦の命運を懸けた宣戦布告を受けていること、また蘇芳薬科には千里がいることから、チームのためにも日比野のためにも状況は一択だった。
「札幌螢雪高校でお願いします」
ポイント数を示す電球が三個から二個に減る。同チームの齋藤と澤田の視線が鋭くなったが、リーダーの白石の表情にはまだ余裕がありそうだ。千里は無表情だが、少し口角が挙がっている。
「では、第二問! 早押し問題です」
良い出だしだが、油断は禁物だ。気持ちを切り換え、また日比野は身構えた。
「モナコは『ミニ国家』ですが、ご覧のとおり内陸国ではなくわずかながら海岸線を持っています。海岸線のある国としては、もっとも短い海岸線を持つ国となりますが、国の面積の小ささのため国境線と海岸線の合計に占める割合は48.2%に上ります。では、内陸国ではない国のうち国境線と海岸線の合計に占める海岸線の割合がもっとも小さい国はどこか、お答え下さい」
早押しだが、問題文がすべて読み上げられた。日比野は歯噛みした。海岸線のランキングも掲載があったので、順位を確認していたが、その割合までは意識の外だった。
ピンポンと、隣から音が鳴る。蘇芳薬科だ。
「ボスニア・ヘルツェゴビナ」
日比野もその可能性を考えていた。答えるならここかと。実際にモナコに次いで二番目に海岸線が短いらしい。それなりの面積を持っている国なら、割合も小さいはずだ。
しかし、不正解のブザー音が鳴り、蘇芳薬科は解答権を失う。
そしてすぐさま、札幌螢雪がボタンを押す。
「コンゴ民主共和国」
正解音が鳴る。蘇芳薬科の不正解を確認してから解答したかもしれないが、結果的に正答したから見事だ。
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
「滄洋女子です」
報復。充分想定されている事態だったが、このクイズ形式の恐ろしいところだ。正解したはずの二チームがそれぞれポイントを落とし、一問不正解だった蘇芳薬科が無傷の三ポイントである。皮肉で理不尽な現象だが、これがこのクイズにおけるルールだ。理論的には一問も正解しなくとも、優勝することが可能なのである。
「第三問! 早押し問題です」
アナウンサーの声とともに、日比野は気持ちを切り換える。
「ここモナコはF1でも有名な国とされていますが、世界には日本を含め多くのサーキット場があります。では今からお見せするこちらのサーキット場は、どの都市にあるでしょうか?」
アナウンサーの左隣にある大きなモニターに明るく映し出された画面には、
日比野は残念ながらF1には詳しくない。しかし、ここで隣に知っている男がいた。目の前のランプが点る。
「滄洋女子高校複合チーム!」
「
正解音。風岡はF1にもともと詳しいらしいが、ちゃんとその得意分野に磨きをかけて、解答に貢献した。素晴らしい。
「この形ですが、中国グランプリの舞台となります『上海インターナショナルサーキット』の形です。上海の『上』という形に似ていると地元では話題になりましたが、設計者のドイツ人建築家、ヘルマン・ティルケによると、意図したわけではなく偶然の産物だそうです」
なるほど、確かに『上』という漢字に似ている。一見、難題に見えても、このようなヒントとなる特徴が現れていると、頭に入りやすいし面白い。
「悠、グッジョブ!」
「ゲームでレースものよくやってるからな」という風岡は、きっと謙遜しているのだろう。
「いいぞ! 悠!」と、陽花も恋人の快挙を讃えた。
「では、ポイントをどのチームから消しますか?」
正解するたびこれをいちいち考えなければならない。普通に考えれば、無傷の蘇芳薬科から取りたいし角も立たないだろう。しかし、今はやはり札幌螢雪の方が脅威だ。早くライフ・ポイントを削っておきたい。
「すいません、札幌螢雪高校でお願いします」
札幌螢雪高校チームが一ポイントになった。蘇芳薬科は一問も正解していないが、二チームが削り合って、漁父の利になり得る状態だ。齋藤と澤田は顔を
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