第五章 頡頏(ケッコウ)  7 優梨

 分かっていたとは言え、やはり長い旅路である。

 飛行機に係る総所要時間は乗り継ぎ時間も含めておよそ15時間半。海外旅行ははじめてではないし、経済的余裕はあったものの、多忙な父の時間的制約によって、こんなに遠いところに行くのははじめての経験である。日本は、フランスより八時間進んでいるという。よって午前10時台の便で出発し、現地時間で17時台に到着する予定だったが、サマータイムの影響で、さらに一時間ずれ、コートダジュール空港には18時台に到着した。さらにはそこからバスに乗り継ぎ、モナコのモンテカルロに着いたのは現地時間の20時台。当然ながら日本では真夜中で、加えて昨日あまり寝付けなかった影響で、眠気が襲う。しかも札幌と同じくらいの緯度で、八月の半ばということもあって日没は遅い。サマータイムの影響もあって20時台でも明るいからますます感覚が狂う。飛行機内では少し寝ていたのだが、やはりまだ眠い。時差とともに、この地球が本当に球形であることを再認識した。


 影浦は、やはり初めてづくしで興奮気味だ。飛行機が初めてのことで、海外も初めてなのだ。最初の海外でモナコに行くという日本人も珍しかろう。しかし本人は、トランジットで降り立ったオランダなのか、空港外の地を踏みしめたフランスなのか、最終目的地のモナコなのか、ということを気にしていた。

 チームの雰囲気は好転しているが、やはり影浦の頬の腫れは引いていない。それどころか炎症の正常な経過でさらに腫れているように見える。暴力を振るってしまったのは消せない事実であり、頬部の腫脹を見るたび、胸が痛む。


 薄暮のモンテカルロは美しかった。天気には恵まれ、日本でお目にかかれないサンセットスカイのグラデーションと街並みのコントラストは、否が応でもメンバーを感動させた。思わずクイズ大会で来ていることを忘れてしまうほど。

 正直、あまり対策らしい対策は練れていない。飛行機の機内Wi-Fiサービスでモナコ公国の情報を頭に叩き込んだくらいか。人口、面積、モナコ大公はもちろんのこと、モナコグランプリの歴代優勝者くらいは把握した。しかし、途中で眠気に負けてしまった。人生で、こんなにモナコについて調べることも他にないかもしれない。


 明日はさっそく決勝戦らしい。何の観光らしいイベントもないまま、いきなり本戦を迎えるのか、と少しげんなりする。しかし、影浦の人生の命運をしているのに、のんに観光というのもできようもない。であれば、一気呵成に決着をつけた方が良かろうと、前向きに考えることにする。


 午前中からの収録とあって、朝の集合時間も早い。ゲームの説明もそのときするとのことで、まさしくそこで決勝戦の全容が明らかになるのだ。

 しかし、国のメインイベントのシーズンオフとは言えど、カジノをはじめとする観光で賑わいを見せるモナコは、さぞ宿泊費も高かろうが、ちゃんとホテルを取っている。しかも性別を意識して、滄女にも二部屋用意されていた。

 長旅の疲労と時差の影響で、眠そうしているのは優梨だけではなさそうだ。ミーティングというのもいまさらな感じがしたので、寝坊しないように最低限の注意をして、明日に臨む。

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