幕間その四

▲博愛の色▲


 結論から言えば、私たち蘇芳薬科大附属高校チームは決勝戦に勝ち進むことになった。


 五郎くんとの情報交換という密談。あれは明らかに、マカオだと思った。マカオも一人当たりのGDPはかなり高い。MCはきっとマカオの略号だろう、と思った。マカオグランプリと呼ばれるF1レースが有名だ。モナコとの共通点は多いが、モナコは想定できなかった。もし、高校生に行かせるならば、モナコは些か遠いようなきがした。マカオは近いし、観光地としても日本人にとって身近なものだろう。


 あのとき、五郎くんがもっと『国』だということを強調して欲しかった。どこかでヨーロッパというキーワードが入っていれば、スマートに正答できたことだろう。


 逆恨みと分かっていても、五郎くんを恨まずにはいられなかった。こっちは、二回戦で滄女に助け舟を出したではないか、と。


 実は、あのとき、うちの取り巻きの野郎たちは、ろくに考えもしないくせに、やれ不正解だ、やれどうしてくれるんだ、とブーイングを垂れ込んで来た。漢隼高校が不正解だったおかげで、少しその不満は収まったが、面倒な奴らだと、心の中で悪態をついた。

 それを見るに見かねたか、五郎くんは大胆な手を使った。手話で『モ』『ナ』『コ』とサインを送ってきた。


 私も『マカオ』じゃなければ、消去法で『モナコ』かと、予想はしていたが、それは確定的なものになった。

 すぐに並び直して、解答を修正し、決勝に駒を進めた。


 とにもかくにも決勝戦にて滄女とともに戦うことになった。

 チームワークなど皆無の我がチームだが、そもそも私が大城さんに勝つシナリオに付き合わせている手前、いまは我慢だ。ここに来て反旗を翻されても困る。

 夢まであと少し。こいつらとの関係もあと少しの辛抱だ。

 大城さんに勝って、最大限の賛辞を得るのだ。それこそが私が私である理由なのだから。


 その時だった。

「桃原さん、ちょっといいですか?」

「はい?」

 聞き慣れない男の声。運営スタッフなのか。テレビ局側の人物なのだろうと推察されるが、見たことのない人物だ。

「決勝戦進出おめでとうございます。決勝戦はモナコで開催されるのですが、差し当たってお願いがあります」

「え、失礼ですがどちらさまでしょうか?」

「私は、ヤマトテレビの記者をやっている、灰谷はいたにという者です。実はとある団体の法律違反が疑われていて、メディアとしても看過してはならない問題だと思っています。極秘事項で詳しくは言えないですし、我々が不正を追っていることも他言無用でお願いしたいんですが、そのためにあなたにも協力してほしいんです」

 意味が分からない。団体って何だ。その不正をただすことに、私がここでどう協力するというのだ。

「ど、どういうことです? 具体的に何を?」

「何も特別なことはありません。あなたにしてほしいことは、優勝することです」

 ますます分からない。そんなこと最初から狙っている。

「そんなの、最初から目指してることですが……」

「また状況を見て、具体的な指示をするかもしれません」

「?」

 彼は一方的に、「よろしくお願いします」とだけ言って、その記者は去っていった。具体的な経緯いきさつは何も教えてもらえなかった。ただ、私にはこれまでどおり優勝を狙え、とのことで、目指す先は何も変わらない。



●平等の色●


 順調に進みすぎて笑いが止まらない。

 もちろん表情や声に出して笑っているわけではない。あくまで心の中でだけだ。表面上は至って冷静で穏健で静淑に振舞っている。

 計画が完遂するまで、あともう少しのところまで迫ってきた。実に素晴らしいではないか。 


 大城優梨の計画。そんなものは、私にとってはまったく取るに足らない問題だ。

 影浦瑛を大学に行かせたければ、好きなところに好きなだけどうぞ行かせてやる。

 私はもっと壮大な未来を考えている。

 『新しい靴』の『新しい波』に向かって、満を持してようやく宣戦布告をすべきときが来た。


 兄の優秀な血脈は、奇跡的に遠い東の血脈に受け継がれた。

 優秀な遺伝子は、拙劣な遺伝子に害されることなく、純潔に受け継がれなければならない。そのために、彼の超上質な染色体は、私のような高尚なる染色体とぐわわらなければならない。

 

 あと少しだ。

 大城優梨は私の宣戦布告を受けざるを得ない状況になるだろう。彼女にだってきょうはあるのだ。どうなるかが楽しみだ。

 待っていろ。Nouvelleヌーヴェル Vagueヴァーグとなるべく我々の黄金時代は目前だ。



◆自由の色◆


 ようやく、決勝への切符を手中に収めることができた。瑛くんを大学に行かせたい一心でエントリーして、皆を巻き込んで優勝という一見ほうてつもない目標を掲げたが、いま思えば皆の協力なしにここまでは来れなかったと思う。


 しかし、決戦の地がまさかモナコだったとは風変わりである。過去の放送を見ても、ニューヨークやフランス、あるいは東南アジアに行くことはあった。今回、敢えてミニ国家の一つであるモナコを選んだのは、何か意図があるのだろうか。

 

 モナコと言えば、有名なのはカジノ、F1、世界ラリー、タックス・ヘイヴン……。小さくても様々なイベントで溢れる国である。今回の決勝ではそれらに関連するクイズが出るのだろうか。モナコについて真剣には調べたことはないが、歴史や政治などについて勉強する必要もあろう。


 決勝戦の相手に、桃原さんがいる。彼女の強さはこの大会でまんまと見せつけられているが、これがライバルに勝ちたいという原動力で動いているのであれば、いろいろな意味で恐ろしい相手だ。

 そしてもう一人、札幌螢雪の白石さん。叡成の天明くんを下し、知謀家で策略家と言わしめたチームのリーダー。モナコを答えさせる問題でも一抜けした。


 三チームのリーダーがすべて女子。しかもアイドルをも凌駕するほどの美人。こんなことはこれまであっただろうか。テレビ局にとっては、ここまで嬉しいことはないだろう。参加者の私ですら、視聴者ならではないかと疑ってしまいそうだ。

 滄女=青、札幌螢雪=白、蘇芳薬科=赤。ゼッケン色が奇しくもフランスの三色旗トリコロールだ。

 今大会の記事を書くとして見出しを付けるなら、『トリコロールの才媛』というところか。第十回記念大会、前代未聞の女子リーダーチームの鼎立。気は抜けないが、私は私の目標のため、一問一問着実に解いていくのみだ。

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