第四章 譎詐(ケッサ) 19 優梨
そろそろ二回目の解答に向かうため、風岡と日比野を呼びたいと考えていた頃、示し合わせたようにタイミング良く、ちょうど風岡と日比野は一緒にチームのもとにやって来た。
風岡は新しいヒントカードを持っているが、少し興奮した様子だ。
「キーワードが分かったんだよ! 五郎ちゃんが解明してくれた!」風岡は言う。
しかし、陽花たちに驚きはない。
「どうした? 喜ばないのか?」風岡は今度は不満げに言う。
「だって、こっちも分かったもの。答えは『モナコ公国』でしょ」
MCというのは、モナコ公国を
モナコと言えば、言わずもがなF1が有名だ。『GRAND PRIX』というのはモナコグランプリを指しており、あの歪な図形は、モンテカルロ市街地コースの形を示していた。
加えて新たに持ってきた風岡のヒントカードが決定付けた。これにはある美しい外国人女性の写真が描かれていた。
グレース・ケリーだ。元アメリカ合衆国の女優で、モナコ公国の公妃だった人物。
「よし、解答しに行くよ!」
一同は解答台に向かった。
よく見ると、違う方向から蘇芳薬科大附属高校チームと漢隼高校チームと思しきメンバー五人が解答台に向かっているのが確認される。急がねば。もし全員が正答した場合でも一チームは敗退してしまう。こういうときに風岡の足の速さは目を見張るものがある。先ほどまで走っていたはずなのに、疲れを感じさせない。
風岡は、急いでパネルに書き込んだ。書き込んでいる間に、他の四名も到着する。
おかげさまで、僅差であるが他の二チームよりも先に解答台に並ぶことができた。後には、蘇芳薬科、漢隼の順に並んでいる。漢隼高校チームのメンバーは、しまった、という表情で眉を顰めている。
そして、解答パネルには確かに『モナコ』と書かれている。
「さぁ、滄洋女子高校複合チーム! 二回目の解答です。答えをどうぞ!」
風岡はパネルを司会者に見せた。
「判定は──!?」
暫しの沈黙がもどかしい。四、五秒ほどの間を置いて、正解音が公園に鳴り響いた。
「おめでとうございます! 決勝進出の二チーム目は、愛知県代表! 滄洋女子高校複合チーム!」
「やったー!」
チーム一同、互いにハイタッチした。やっとここまで来た。まだ優勝が確定したわけではないが、優梨は喜びのあまり涙が出てきた。まだ早いと分かっていても、ようやく影浦を大学に導くという夢まであと少しのところまで来て、歓喜を抑えることができなかった。
「優梨、泣いてる」
陽花に思い切り指摘されてしまった。こんなに嬉し涙を流すこともいままでなかったかもしれない。自分でも情けないくらいに涙が流れてくる。メイクも崩れてしまっているかもしれない。
「みんな、ありがとう……」
そう言って感謝の言葉を言うのが限界だった。
「決勝進出の切符はあと一枚になりました。続いて、蘇芳薬科大附属高校チームの番です! 答えをどうぞ──!」
パネルをオープンする。
その後一同、驚きの声を上げることになる。
会場に不正解のブザー音が鳴ったのだ。
当然、後ろに控えていた漢隼高校チームは、自分たちにまだチャンスがあると分かり、盛り上がっている。
一方で、蘇芳薬科のチームでは、悔しさというよりも、チーム内で不満が上がっている様子だ。
「何だよ、違うんかよ」「しっかりしてくれよ」と、男子メンバーたちが千里を責めているように見える。
蘇芳薬科大附属高校チームが出した解答は、『マカオ』だった。
実は、MCが最初モナコなのかどうか自信がなかった。『マカオ』とも迷った。F1というヒントから、実は同じくF1の市街地コースを擁するマカオの可能性もあるのでは、と考えられたのだ。しかし、ここは風岡の持ってきたヒントカード『R/W』が赤と白の
影浦も陽花も風岡も驚いているが、いちばん目を見開いて驚いているのは、日比野だ。ポーカーフェイスな彼だけに、これだけ驚きの表情を見ることははじめてかもしれない。
「日比野くん、どうしたの?」
異変に気付いたのか陽花がそう問いかけるも、日比野はまるで上の空で返答しない。なぜか、風岡が陽花を軽く制している。
「さて、漢隼高校チーム! まだチャンスは残っております! 解答をオープン!」
漢隼高校チームにどんなヒントカードが渡っているか分からないが、決勝進出はこのチームで決まりか──。
しかし、会場にまたもや、不正解のブザー音が鳴り響く。彼らの解答もまさかの『マカオ』。これは意外な展開だった。
ようやく日比野が正気を取り戻したかのように、「あー、悪い悪い。見入ってしまった」と弁解した。
一方の千里は、どこか恨めしそうにこちらを見ながら、再びフィールドに向かっている。千里はどういう気持ちでいるだろうか。滄女に出し抜かれてことに嫉妬あるいは単に業を煮やしているのかもしれない。しかし、普通なら、まだ可能性が残っていることに喜びを隠しきれないのが普通のはずだ。
桃原千里の感情は、優梨もどこか理解し得ないところがある。それとも優梨が鈍いだけだろうか。
まさかの漢隼高校の不正解で、蘇芳薬科大附属は命拾いした。
優梨としては、どちらが決勝進出になってもやることは変わらない。ひたすら優勝を目指すだけである。
そのとき、日比野が、大きな身体で隠すようにして何か不可解な手の動きをした。何だろうか。
隠しているつもりだが、影浦の目付きが鋭くなったことに優梨は気付いた。
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