第四章 譎詐(ケッサ)  16 優梨

「国が隠されている??」影浦も目を見開いて、陽花に問うている。

「そう! 見てみてよ! ここ!」陽花はそう言ってメモの一部分を指差した。


 陽花の示したのは『C-A-L-I-C-A-A-E-R-M-I-L-A-S-E-L』の中央部分である。

「この『C-A-A-E-R-M-I』を並び替えると『AMERICA』だからアメリカなんだよ」

 確かに隠されている。これは偶然だろうか。さらに陽花は続けた。

「そしてね、残りの最初四文字『C-A-L-I』は、カリフォルニア州を示していて、さらに言うと『L-A-S-E-L』は『Los Angeles』から文字を取っている。つまり、キーワードはロサンゼルスだよ!」

 確かにここまでくると、偶然とは思えない。しかも、ロサンゼルスであれば、治安的にも日本との関係性においても、海外の決勝戦の舞台となりうる。

「じゃあ、解答しにいこうか」

「取りあえず行ってみるか。ひとまず、みんなを集めないとね」

 必ず五人揃って解答台に集まらないといけないルールなのだ。

 すると、日比野がこちらに走ってきた。呼びに行く手間が一人省けた。風岡はヒントカードを探しに行ってしまったようで、見えるところにいない。

 日比野に、陽花の推理を聞かせようと思ったが、なぜか首を傾げている。ヒントカードを所持している。

「おつかれさん! ヒントカードは何だった?」陽花は意気揚々として尋ねた。

「実はな……」

 日比野の声はどこか重い。

「どうしたの?」

「……ヒントは、これなんだ」

 そう言って差し出したヒントカードの内容を見て、優梨も眉を顰める。

 そこに描かれていたのは、文字でも数字でも記号でもなく、ましてや絵や写真といったものでもない。強いて言えば図形だが、針金をひん曲げたような、何ともいびつな形の黒い線だった。

「何これ?」案の定、陽花は怪訝そうな声を上げる。

「分からん」静かに日比野は言った。困ったことに優梨も皆目見当がつかない。

「瑛くん、分かる?」影浦なら知っているだろうか。

「ごめん……」どこか申し訳なさそうに影浦は答えた。

 全員分からない。ならば推理するしかない。

 ロサンゼルスとこの歪な図形が関連することがあるのか。優梨はロサンゼルスには行ったことがない。

「ところで、何か思い付いたのかい?」日比野は問う。

「ロサンゼルスかカリフォルニア州」

「なるほど、実は俺も何となくそれかなと思った。でもこのヒントが意味不明だ」

 日比野は何と、陽花と同じ推理をしていたというのか。

かカリフォルニア州と関係しそう? 例えば州旗とか」陽花は言った。

 確かにロサンゼルスと関連するとは限らない。カリフォルニア州に関連する何かを示しているかもしれない。しかし、州旗は……。

「カリフォルニア州の州旗は、こんな風じゃないね。白地に灰色熊グリズリーが描かれていて、下には赤いラインが入ってる」

「よ、よく知ってるね、優梨!」

 今回の大会に当たって、アメリカの五十ある州の名前と位置、州都、州旗は一通り押さえている。

 しかし、何なんだろう。この図形は歪だが、輪ゴムのように線は均一で、断端がない閉曲線である。図形自体は潰した『N』のような形をしており、左側約三分の二は、二本の線が近接してほぼ並走している。一方、右側三分の一は線が解離しており、五角形に近いような形を作っているが、一部内側に屈曲している。

 そもそもこの形は重要なのだろうか。

「プラスミド?」日比野の声だ。

「あー、何だっけ? 聞いたことはあるけど」陽花は思い出している。

「いや、まったく自信はない。細菌の内部にある環状DNAのことだけど、コドン表とか出てきているから、ひょっとしてそうなのかなと思って」

 確かにプラスミドは環状だが、地名とリンクするとは思えない。カリフォルニア州やロサンゼルスとの関連もまったくないように思える。

 そうこうしているうちに、風岡がまた封筒を持ってスタート地点にダッシュしていた。今度は何か有効なヒントがあるだろうか。

「取りあえず、ロサンゼルスで解答してみる? 解答回数の制限はないはずだから」陽花は提案した。

「じゃあ、風岡くんがヒントカードを持ってきたみたいだから、それ見てからにしようか。どうせ全員集まらないと解答できないわけだし」

「そうだね」と、影浦も賛同したが、日比野のヒントカードを見て悩んでいる。


「ごめんごめん。一枚目が外れて、二枚目でようやくヒントにありついたよ」風岡は、どこか申し訳なさそうに走ってきたが、充分早かったと思う。さすが元ラグビー部で快足を誇っただけある。

「で、何て書いてあった?」陽花は急かす。

「これだよ」

 そこには『R』と『W』と書いてあった。正確には、横がやや長い長方形の上部にR、下部にWの文字。中央に長い線が引かれて仕切られていた。

「また、わけ分からん」と陽花は言う。

「五郎ちゃんのヒントは何だったんだ?」

「これ」

 ひょっとして風岡なら何か思い付くだろうか。

「何これ?」やはり分からないようだ。しかし「どっかで、見たことあるような、ないような……」と言う。

「もう、しっかりしてよ」と言ったのは陽花だ。

「取りあえず、陽花の答えで出してみよう」優梨は言う。

「陽花の答えって何だ?」風岡は問うた。

「ロサンゼルス。でも、何か自信なくなってきたな」陽花は少ししょる。

 しかし、優梨は風岡のヒントカードから、カリフォルニア州と関連を見出すことはできていた。

「でも、『R』と『W』がもし、RedとWhiteなら、カリフォルニア州の州旗の地の配色と一緒だから、あり得るかも」


 五人が一斉に、スタート地点付近の解答スペースに来た。

「お、最初の解答者は、滄洋女子高校複合チームです!」

 アナウンサーの声。カメラもこちらを向く。

 フリップにキーワードを書いて答えるようだ。

 しかし、今度は札幌螢雪高校チームのメンバーがこちらに向かってくる。五人いることから、答えが分かったのだろうか。マジックで『ロサンゼルス』と書いた。少し焦る。


「判定は……!」

 思わず優梨は息をごくりと呑む。


「──残念! 不正解です!」

「……まじか」と声を上げたのは陽花だった。

「切り換えて、次行こう!」優梨は檄を飛ばした。

 また風岡と日比野はヒントカードを取りに散らばっていった。残る三人は、再び先ほどの場所に戻る。

 不正解だったのは残念だが、取りあえず可能性をひとつ潰したことになる。風岡のヒントカードからRedとWhiteと推理し旗の配色かと思ったが、解せないところもあった。カリフォルニア州の州旗は赤が下で白が上だからだ。それに、日比野のヒントカードは何を表しているのか見出せない。


 旗の配色──。

「あ!?」

 優梨はある可能性を思い付いた。

 インドネシアだ。インドネシアの旗は二色旗で、上半分が赤、下半分が白のシンプルなデザインだ。

「どうしたの?」陽花は問う。


 するとスタート地点付近で大きな声がした。

「正解! 札幌螢雪高校チーム、一抜けで決勝進出確定です! お見事!」

 優梨は思わず天を仰いだ。

「やられた!」陽花もつられるように天を仰いだ。

 誰が正解に辿り着いたのだろう。やはりリーダーの白石だろうか。

 もし、白石たちにヒントカードの情報を乞うたら、我々も正解できるだろうか。そんなことが頭に一瞬よぎったが、すぐに思い直した。まだ情報を乞うのは早い。そして優梨のプライドが許さなかった。

 そんな葛藤をしていると、影浦は静かに言った。

「僕はやっぱり、塩基配列の翻訳の仕方に工夫が必要って思う」

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