第四章 譎詐(ケッサ)  13 優梨

「札幌螢雪さんはどう思います?」優梨は尋ねた。敢えて『札幌螢雪さん』としたが、実質はリーダーである白石に質問しているような形となっている。

「そうですね。私たちにも参加させる意図が何かあるのでしょうね。漢隼と蘇芳薬科の二チームだけでは盛り上がらないか成り立たないか」白石の答えぶりに動揺や戸惑いはない。

 白石は続けた。

「でも、この戦いで負けたら、決勝進出の切符を逃すのは予測できてました」

「ええ!?」陽花と風岡が揃って驚愕する。

「だって、三回戦始まるときのアナウンサーの発言覚えてます? 『決勝進出のアドバンテージを得ます』ってことは、あの三回戦の結果の勝者が、必ずしも決勝に進むとは限らないことでしょう」

「な、なるほど」

 あの回りくどい言い方にはやはり理由があったのか。

 そして、敢えてそうしているのは、何かしら意図があるはず。二チームよりも四チーム参加させる方が良い理由が。


 ただ、まだ何もゲームの概要を聞かされていない。何も判断材料がないと言えよう。

 しかし、優梨には判断材料となり得るものがあった。今大会中において非常に凝ったからくりを用意しながらも、活用されていないアレだ。

 そのゲームにこそ、何か後々に生きるヒントが隠されているような気がしてならなかった。


「札幌螢雪高校と滄洋女子高校のチームの皆さんは、お集まり下さーい! 敗者復活戦を行います」

 運営スタッフからお呼びがかかる。やはり、勝ち進んでいるのに敗者復活戦に出なければならないのは変な気がする。名前を変えれば良いのに。かと言って良い名称は思い浮かばないが。


 運営スタッフに案内されて向かった先は、何と、一回戦の敗者復活戦と同じ、屋外であった。しかも同じ葛西臨海公園。葛西臨海公園の中の別の芝生の広場で、先ほどよりは風は強くはないが、非常にだだっ広いところである。かげがなく風も弱いので、鋭い日射しが痛いくらいに感じられる。地面がコンクリートやアスファルトでなく、芝生なのがせめてもの救いか。


「いまからここには、三回戦のAブロック、Bブロックのそれぞれの決勝で、惜しくも敗れてしまった漢隼高校チーム、蘇芳薬科大附属高校チームに来てもらっていますが、このゲームには、札幌螢雪高校チーム、滄洋女子高校複合チームにも参加してもらいます。なぜなら、先ほどの三回戦で『決勝進出のアドバンテージを得ます』と説明しました。また、三回戦は敢えて準決勝と呼びませんでした。なぜなら、これが本当の準決勝であり、皆さんには、ハンデマッチで競ってもらいます。つまり、札幌螢雪高校チームと滄洋女子高校複合チームには、決勝へのアドバンテージが付いた状態で戦ってもらいます。あくまでアドバンテージなので、漢隼高校チーム、蘇芳薬科大附属高校チームの努力で結果が覆ることもあります。そして、最も体力を使うゲームでもあります」

「まじすか」優梨は独りごちた。体力を使うゲームはからきし自信がない。

 五人組チーム。他校との複合チームの許可。今回の知力甲子園は、今までにない新しいスタイルが取り入れられている。女子高という体力面のハンデを解消するために、この新しいルールを作ったのなら、どこかでそれが登場すると思っていたが、まさかここで来るとは。

「この葛西臨海公園の敷地内には、封筒に入ったヒントパネルが多数散らばっています。スタート地点から、各チーム五人が走って、ヒントカードの入った封筒を取りに行ってもらいます。ヒントカードを取ったら、スタート地点に戻ってもらい、スタッフに封筒を開けてもらいます。必ず、スタッフに開封してもらって下さい。自分で開けますと反則になってしまいます。ヒントカードを持ち寄ってそこから推理してキーワードを考えて下さい。チーム内で相談可能ですが、電話での相談は禁止です。携帯電話、スマホは持たずに参加してもらいます。解答は分かった時点で、所定の解答台に行き早押しボタンで解答してもらいますが、このときは必ず五人揃って解答台に集まって下さい」

 なるほど。概要は分かった。しかし、まだルール説明は続く。

「なお、封筒に入ったヒントカードには外れのものもありますので注意して下さい」

「それ酷いな」と呟いたのは風岡だ。

「先着三チームが決勝進出となります」

 やはりここは三チームで決勝を戦わせることになるのか。ここは従来の知力甲子園を踏襲している。説明は続く。

「ここで、アドバンテージを得ている札幌螢雪高校チームと滄洋女子高校複合チームには、このキーワードを解く大ヒントとなるカードを渡します。実は、これまでのゲームのどこかに、すでに今回のキーワードとなる暗号が隠されていました。それを解読するためのコードです」

「やった!」と喜んだのは陽花だ。同時に、優梨もここで来たか、と心の中で呟いた。想定範囲内である。

「陽花、一回戦のメモ持ってきた?」

 実は、前もって陽花にはそれを持ってくるようにお願いしていた。

「もちろん!」陽花はサムズアップのジェスチャーを見せた。

 そう。一回戦で登場した五十個の解答の頭文字。あれが本当にRNAの塩基配列を示しているのならば、アナウンサーの言っている『キーワードを解く大ヒントとなるカード』にはコドン表が記されているはずだ。ただ、コドン表を当てはめたところで、まだそれが何を示しているのか優梨は分かっていないが、ここに散らばっているヒントカードが補完しうるのだろう。

「なお、キーワードは、決勝の地となる地名です。都市名かもしれませんし、国名かもしれません」

 国という言葉が出た。事前にパスポート取得をお願いしているあたり、日本のどこかと考える人はいないだろう。

 さらに、説明は続く。

「最後に、大事なことをお伝えするのを忘れました。ヒントは、今回のライバルチームと情報交換することができます。その際は、お互い不公平にならないように、互いに情報を出し合いましょう」

「えっ!?」

 それは意外なルールだ。情報交換を許すとなると、また駆け引きが必要となる。例えば、札幌螢雪、漢隼、蘇芳薬科の三チームが結託して、一緒に考えることも可能になる。万が一そんなことになったら、まず勝ち目はない。どうするか。

 しかし、考える暇も相談する暇もなく、「では、四チームの皆さんはスタート地点に付いて下さい」とアナウンスされる。

「まじか」頭を掻いているのは日比野だ。

「では、札幌螢雪高校チームと滄洋女子高校複合チームのリーダーには、キーワードを解く大ヒントとなるカードの封筒をお渡しします。これは、いま見てもらっても良いです」

 ちらっと覗くと、やはりコドン表である。あまりにも予想どおりだ。下手したら、漢隼や蘇芳薬科大附属だって、同じものを想定しているだろう。アドバンテージにならないかもしれない。

「では、位置について、用意、スタート!」


 みんな一斉に飛び出していこうとするが、一旦ここで止めたい。作戦会議が必要と思った。

「ちょっと待って!」

「でも、ヒントカードが……!」と言って焦りを見せているのは風岡だ。

「ヒントカードを取りに行く人は限定したいと思うの。取りあえず二人だけで取りに行ってもらおうかな」

「なるほど、作戦会議だね」と、優梨の考えを代弁したのは影浦だ。

「そう。ヒントカード取りに行くのは……」

「そーゆーのは任せてくれ! 一応、もともと体力要員のつもりだから」風岡が、自分の出番だと言わんばかりに立候補した。ありがたい。

「もう一人はどうするの?」陽花が問う。

 問題はもう一人だ。この暑い中、広い葛西臨海公園を駆け回るには体力が必要だ。体力的には影浦もあるはずだ。通学を除き、基本的には自転車や徒歩で移動する男だ。また、荒々しい『夕夜』の人格が宿していたパワーを引き継いでいそうだし、彼の体型や筋肉の付き方からしても、決してるいじゃくではない。

 しかし、影浦は優秀なブレインの持ち主だ。作戦会議において、きっと優梨の気付かない意見を言ってくれるはずだ。

 では、バレーボール部に所属している陽花か。長身の陽花は、性格そのままにフットワークが軽い。しかし、一回戦でメモを取らせていた手前、これ以上頼み事をするのは気が引けた。

 風岡一人で取りに行かせることも考えた。早く解読の糸口を見つけて作戦会議が終われば良いが、そうでない場合、あまりに効率が悪いし風岡の負担が大きくなりすぎる。

 悩んでいると、低い声がした。

「俺で良ければ、ヒントカード取りに行くよ」

 立候補したのは日比野だった。

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