第四章 譎詐(ケッサ)  12 影浦

 影浦はチームを離れて、スタジオを出て近くのトイレで用を足していた。

 緊張から少し解放されたのか、ふっと一つ息をつきながら、あれこれ考えていた。 


 決勝戦へ駒を進めたのは、北海道代表の札幌螢雪高校チームと我らが滄女複合チームだ。

 愛知県予選と一回戦の敗者復活を経由しながらここまで進出したのは、奇跡なのか悪運が強いだけなのか。ただ、優梨をはじめ、皆の実力があったのも間違いない。

 しかしながら、影浦は、これが運や実力以外のものが作用していたのではないかと思いはじめていた。上手く行き過ぎている。仮に優梨たちが優れていたとしても、クイズ研究会に所属しているものが一人もいない集団が、こうも簡単に決勝まで勝ち進むものだろうか。

 敗者復活から這い上がってきたせいで、その印象はやや霞んではいるが、実は出来レースではないか。何となくだが、我々にとって有利な問題が多かったような気がしてならない。


 そんな邪推を巡らせながらトイレを出ると、聞き覚えのある男性の声がした。

「おめでとう! 見事な戦いぶりだったよ」

 藍原議員だった。ひょっとして声をかけられるだろうかとどこかで思っていたが、このタイミングだとは予測していなかったので、影浦は慌てた。

「あ、ありがとうございます」

「個人的に、影浦くんたちを応援してますから!」

「は、はい」影浦はぎこちない返事をした。

「実はね、児童養護施設の入所を、22歳まで拡張する必要性を訴えてきて、国会でも質問に立つ機会があれば訴えてきているんだよ。ようやく厚労省も重い腰を上げて対応し始めている。今度の臨時国会では必ず改正法案を可決まで持ってこさせる。私がかねてから掲げている公約の一つでもあるからね。影浦くんの活躍は、ここまででも充分なものだけど、どうせなら華々しく優勝を飾って欲しい。その代わり、影浦くんが高校を卒業する頃には、新制度が適用できるように約束しよう」

「ありがとうございます」

「よろしく頼むよ」

 藍原議員はそう言って、影浦のもとを去っていった。

 応援してくれるのはありがたい。しかし、薄々感じていながらも、やはり自分の活躍は政治利用されることが明確になった。結果的に自分にメリットはあったとしても、あまり気分の良いものではなかった。もちろん境遇が許せば、大学には行きたいと思う。しかし、影浦の利益と政治公約のために、日比野、風岡、陽花の三人を巻き込ませているような気がして、それがどうも気に入らないのだ。もし、優勝を逃し、敗因が三人のうちの誰かのミスに帰することが明らかになった場合、国会議員という大きな圧力をもってして責められるのだろうか。そのようなことまで心配してしまう。

 優梨はそのことに対してどう感じているのだろうか。問い質したい気持ちでいっぱいだが、優梨は決勝進出で心を躍らせている。水を差す行為になることは明白だ。いま、チームに勢いがある中、これでモチベーションを下げられて優勝を逃すことになっては困るだろう。

 一方、児童福祉法を変えることが最終目標ならば、決勝まで勝ち進んだことだけで、充分影浦の活躍は世に知らしめることができるだろう。

 今回、藍原議員は優梨の名前は出してこなかった。優梨あるいは優梨の親の働きかけで動いているようには見えない。しかも公約としてもともと掲げていることは、藍原議員は自らの問題意識で厚生労働省に働きかけていることになる。いま考えれば、いち民間の女子高校生の意見によって、制度を変えようなんて、さすがに大袈裟な話だ。


 では、優梨は議員とコンタクトは取っていないと言うことか。先ほどの三回戦前の挨拶で藍原議員が登場したときも、これと言ったリアクションを見せていなかったことからも、その裏付けとなろう。

 ならば、優梨はいかなる方法で、影浦の大学進学を担保しようとしているのだろうか。彼女だけに確約された、優勝特典が存在するというのか。


 もう一つ、議員の私用車と今回から共催となったフランス車メーカー『NOUVELLEヌーヴェル CHAUSSURESショシュール』の関係は偶然だろうか。そこで一つまた疑問が湧き上がった。とは一体。と言うのも、昨年は『カレッジ出版』がとなっていた。この変化は一体何だろうか。イメージだが、共催はすることなので、後援よりも重みが強いと思われる。


「影浦、遅かったな。大丈夫か」

 あれこれ思いを巡らせながら、ゆっくり歩いていたので、スタジオに戻るなり風岡に指摘された。

「あ、いや、何でもないよ」影浦はやや慌ててお茶を濁した。

「今年は二チームなのかな。決勝戦は」陽花が言った。

「毎年、三チームで競わせてるのにね」と答えたのは、優梨だ。


 すると、後ろから聞き慣れない女性の声がした。

「いや。どうやら、まだ敗者復活があるそうですよ」

 その声の主は、札幌螢雪高校チームのリーダーだ。その後ろには、他のメンバーらもいる。

「え?」少しびっくりしたように優梨たちが振り返る。

「驚かせて、ごめんなさい。札幌螢雪の白石しらいしです。決勝ではよろしくおねがいしますね」

 白石と名乗る女子の話し方は、若干イントネーションに特徴があった。

「よ、よろしく」リーダーからの挨拶なので、こちらもリーダーの優梨が応対する。とは言え、優梨は心の準備ができていなかったのか、やや戸惑いを見せている。しかし、やはり気になったのか、白石の情報の根拠を問うた。「敗者復活あるって、運営の人が言ってたんですか?」

 すると、白石は笑顔を見せながら返す。

「ええ。だってほら」と言って、右手を指差す。

 よく見ると、先ほど、札幌螢雪と滄女それぞれに負けた二チーム、蘇芳薬科と漢隼のチームメンバーが歓喜している。白石は続ける。

「あの様子から、スマホに『まだ、帰るなかれ』なんてメールが流れてるんじゃない?」

「確かに……」


 この白石という女子高生は、改めて見てみるとどこか日本人離れしたような美女だ。かと言って、完全に欧米の人の顔つきでもない。細身かつ長身でどことなく凛とした彼女のたたずまいは、北海道の地区予選から準決勝までの幾多の修羅場をくぐり抜けただけのえいに裏付けられた、隙のなさを窺わせる。

 ハーフかクオーターかは分からないが、少なからず外国人の血も混じっていそうだ。苗字は至って日本人っぽいので、父親が日本人なのだろうか。

 しかし、この白石と言い、蘇芳薬科の千里と言い、それから優梨や陽花と言い、こうもビジュアルの整った人のいるチームが勝ち進むのも珍しいと思う。影浦の主観だが、少なくとも過去の放送を観ていて、そういうことはなかった。視聴率を気にする民放にとっては、これほど嬉しいことはないだろうが、この偶然が却って不自然極まりなく、出来レースを疑わせる要因の一つでもある。


 もしかして、敗者復活で蘇芳薬科が漢隼に勝てば、白石、千里、優梨の美女三つ巴が実現するだろう。テレビ局としてはそれを狙っているのだろうか。となれば、千里たちに有利な問題が出るはず。影浦自身、途方もない邪推とは心の中で一笑に付しながらも、そんなことまで考えてしまう。


 すると、またもや聞き慣れない声がした。

「あの、札幌螢雪と滄洋女子高校だよね。これから敗者復活だけど、君たちにも出場して頂きます」若い番組スタッフの一人が言う。

「えっ? どういうことですか?」優梨は答える。当然だ。勝ち進んだチームが敗者復活に出るというのは、一般的ではない。

「君たちは、もちろん決勝には出ることは決まってるんだけど、敗者復活にも出てもらいます」

「だから、何で?」今度は陽花が問う。

「それは、これから行われる説明を聞いて欲しいんです」

 やや困った様子でいる。このスタッフも詳細は知らないのだろう。自分に聞いてくれるな、と顔に書いているようだ。

「残念ながら、一息抜く余裕はないみたいだ。奇しくも俺たちは、大会が用意したすべてのクイズに参加しなければいけないらしい」日比野は低い声で言った。

「光栄なことだよ。クイズが好きじゃなきゃ、この大会にそもそも参加してないわけだから」と、あくまで優梨は前向きな態度でいる。おそらく、決勝進出したチームは、このゲームで負けたとしても敗退することはないと思われるが、そうであれば気楽に参加できる。優梨もそう考えたのだろうか、そんな気持ちが表れているかのようだ。

「そうだよね。私たちは勝者だもん。何たって優梨がいるし、楽しく行きましょ」先ほどの訝しげな態度から一転して、陽花も優梨に同調する。


 ただ、影浦はどことなく嫌な予感がしていた。どうしても優梨や陽花のように手放しで喜べないでいた。決勝進出を決めたチームがわざわざ敗者復活に登場させる理由は一体何だろうか。無意味にそんなことをするとはどうしても思えない。この勝敗の結果が、決勝戦に影響しないとはどうしても考えられなかった。

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