第四章 譎詐(ケッサ) 10 優梨
「今回もまた、何てヒント出してくれるの!」と言いながらも優梨自身ほとんど迷いはなかった。この大袈裟なリアクションはパフォーマンスに近い。
彼らから提示されたヒント(うち一つはミスリードヒント)は『Woman』、『Straight』、『Tiger』、『Egyptian』。
あまりにも明確すぎるヒントに唸ってしまったのだ。逆にこんな明白なヒントで良いのか。却って心配になるほどであった。
しかし、このような予期せぬヒントも、一回戦で影浦らの戦略だと分かっていた。思わず笑ってしまった水野のリアクションも却ってヒントになったわけで、これら奇抜なヒントは優梨の解答に自信をもたらしていた。
そう。どれが仲間のヒントで、どれがミスリードヒントかも確信を持っている。もうこの解答しかない。
キーワードが人物であることは何となく想像がつく。『Woman』(女性)がミスリードヒントであれば、『Straight』、『Tiger』、『Egyptian』が正しいヒントとなるが、これらのヒントから導き出せる解答を思い付けなかった。エジプトで虎柄ということで、強いて言うならツタンカーメンか。しかし『Straight』が合致しない。
一方『Tiger』がミスリードヒントなら、エジプトの女性ということでぱっと思い付くのはクレオパトラ7世だが、これも『Straight』が合致しない。しかも、日本で世界三大美女とされているクレオパトラ7世なら、『beauty』などの英単語が入れて然るべきだ。
では『Egyptian』という特徴的なヒントが、漢隼高校チームが苦悩の末に導き出したミスリードヒントなら──。水野がヒントを見た瞬間に笑った理由も納得がいく。だって、そのまんまなのだから。
そう、『Woman』、『Straight』、『Tiger』。『女性』、『真っ直ぐ』、『虎』。一見、支離滅裂な三つのヒントであるが、実にある特定の人物しか指し得ない。
ゆえに、答えも一つしか書きようがなかった。フリップを一枚だけ取り出して、その答えを書く。
「滄洋女子高校連合チームの大城さん。解答は一個だけで良いですか!?」
「私はこれだけで充分です。自信あります!」
そう。優梨の膨大な脳内のデータバンクから引っ張り出され燦々と輝いた解答となるキーワードは『
一見拙劣にも見えるヒントに、漢隼高校チームの水野は一瞬、一笑に付しかけたが、しかしながらヒントどおりの、あまりにも『真っ直ぐ』なヒントに、ミスリードヒントの付け入る隙を与えなかった。苦肉の策で『Egyptian』というミスリードヒントを書いたことは、彼の表情の変化からも見て取れた。
対する漢隼高校チームの解答者、芝が導き出した答えは『①卑弥呼、②推古天皇』。
解答を二つ書いている。つまり『卑弥呼』あるいは『推古天皇』が正解の時点で、漢隼高校チームの勝ちだ。
優梨の出した答えと異なることで一瞬不安になったが、よく考えてみれば、歴史上の人物で日本人女性であることが推察され、安心する。そこが担保されていれば、影浦らが意図的に間違えない限り、『井伊直虎』で正解のはず。
「両者、解答が分かれました! では正解は──!?」
再び数秒間の溜めが入る。
モニターに表示された正解は『井伊直虎』。とともに三塩アナウンサーの大きな声で正解が告げられる。
「『井伊直虎』です! 滄洋女子高校連合チームが三ポイントでお見事! 決勝進出決定です!」
自信を持っていたとは言え、やはり決勝進出を名門の漢隼高校チームと対決して勝ち取ったことは嬉しい。
他の四人もハイタッチして喜びを
漢隼高校チームのヒントは『Queen』、『Japanese』、『Priest』、『Oldest』。直訳すれば『女王』、『日本人』、『司祭』、『最古の』である。この場合、日本人という大前提が正しければ『Priest』=『司祭』よりも『僧侶』(女性なら『
「日比野くん、ミスリードヒントはどれですか?」と問われると、低いくぐもった声で「『Oldest』です」と答えた。
優梨は得心した。
漢隼高校チームのヒント提供者は、女地頭(城主)について端的なヒントが思い付かなかったため、『Queen』と『Japanese』で類推させた。しかし、これだけでは女性天皇を思い浮かべてしまうかもしれない。そこで、井伊直虎が出家(後に
一方の漢隼高校チームの生徒は肩を落としている。
言わずと知れた名門校。しかしながら名門がゆえに溢れんばかりの知識量が邪魔をしたのかもしれない。順当に知識によるキーワードで責めたが、英単語によるヒント提供がそれに適さなかった。限られた時間制限の中で、そこを詰め切れなかった。
他方、影浦たちは、柔軟な頭脳で対応した。シンプルかつ的確なヒント。それが優梨の答えを確固たるものにした。
地区大会予選、一回戦、二回戦とすべて苦戦を強いられ、敗者復活戦で勝ち抜いてきた滄洋女子高校連合チームにとって、はじめて安心してその後の戦況を見守れる立場となった。
「Bブロックの『五人でキーワード連想&出題&妨害クイズ』の決勝戦は、沖縄県代表の蘇芳薬科大附属高校チームと北海道代表の札幌螢雪高校チームの対決です!」
一回戦、二回戦とも余裕の通過を果たした両チーム。どちらかが優梨たちとしのぎを削ることになることになる。蘇芳薬科大附属高校チームの桃原千里と、次の最終試合で因縁の対決を果たすのか。それとも叡成の天明に「間違いなく強い」と言わしめた札幌螢雪高校チームが立ちはだかるのか。
両者がそれぞれ解答台とヒント提供者およびミスリードヒント提供者のブースに陣取る。
蘇芳薬科大附属高校チームの千里は解答台に鎮座している。彼女の象徴とも言える
対する札幌螢雪高校チームのリーダーの白石は、解答台ではなく、ミスリードヒント提供者のブースにいる。天明を警戒させた才媛は、相手チームを妨害することに重きを置いたのだ。ある意味、理に適った作戦かもしれない。このゲームは解答を二つまで用意できる。つまりミスリードヒントを以てより誤答へと誘導する確率を上げさせることは、重要な戦略である。チームの頭脳の要(白石をそれと仮定しているが)をどこに配置するかという問題は、観客(視聴者)からして見所なのかもしれない。
「では、キーワードを発表します。こちらです!」
奇抜なキーワードではなかったのか、それとも初戦を勝ち抜いた余裕からか両チームのヒント提供者とミスリードヒント提供者に動揺する様子はない。今だけ観客の一部となっている優梨らには、それは伏せられている。
「ヒントとミスリードヒントの条件は漢字二文字以内です。でははじめ!」最終試合へ導くためのゴングが鳴った。
そこで、優梨はある人物の恐ろしさを見ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます