第四章 譎詐(ケッサ)  8 影浦

「では、キーワードを発表します。こちらです!」

 次は何だ。影浦はモニターを覗き込んだ。

 先ほどは馴染みのある魚とは言え、英単語のみで若干表現しにくいものだった。

「次は歴史上の人物がいいな」と風岡は独りごちていたが、その注文どおりとなって、風岡は小さくガッツポーズを見せた。

 しかも非常に特徴的であり、一時期話題にもなったあの人物。つまりヒントを出しやすい。


 ところが、また一筋縄ではいかせないのか、三塩アナウンサーから追加条件を付与される。

「なお、ヒントは英単語で一単語でお願いします。固有名詞は使ってはなりませんが、例外的に『Japan』あるいは『Japanese』のように、国名、それに準ずる単語は使用しても良いものとします」

「えっ、またかよぉ」日本の歴史上の人物を英単語で誘導させるとは酷な話である。風岡は思わず感情を口に出してしまった。


「どうする?」陽花の目が風岡と影浦を覗き込んでくる。いつの間にか、ヒント提供者の三人の中で影浦がリーダーシップを発揮しているような状況である。

「取りあえず、キーワードを列挙するしかないな。ヒントは出しやすいけど、それは相手も同じ。英単語三つだけで、それと断定し得るヒントはないかな」風岡は答える。

「この人って、えっと、じょ、女性だっけ?」陽花は自信なさげだ。陽花も大会に向けてそれなりに勉強しているはずだが、もともとは日本史、世界史は不得意分野だそうだ。そして興味の対象外と来れば、自ずと知識の精度も落ちる。それを埋め合わせるように風岡は歴史を勉強してきたと言う。

「そうだよ」

「とにかく人物であることをまず伝えないといけない」

「『Woman』は入れよう。いや、『Queen』が良いかな」

「いや女王様ではないから。的確な英単語を思い付かないな」


 このキーワードでは陽花よりも深い知識がありアドバンテージのある風岡がヒント案を出し、影浦がそれを評価する。しかしどの英単語もたった三単語だけではいまいちピンと来ない、と影浦は思った。できれば、それだけでその人物とバシッと断定するような確実性が欲しい。それもミスリードヒントの妨害に耐え得るものを。

 シンキングタイム残り一分を切ったところで、影浦はある一つのアイディアを出してみた。さらさらとその三つのヒントを書き連ねる。そのヒントを見た風岡は驚いた。「え? こ、これって!?」

「何これ? そのまんま?」少しの間を置いて、先ほどまで傍観していた陽花まで驚きの声を上げている。

 ヒントの一つは『Woman』だ。残りの二つが、その人物の生涯を何ひとつ反映していない。でも、まさしくである。しかし、間違いなく変化球である。

「だって、こういうヒントの出し方はいけないとは言ってないじゃない?」

「そ、そうだけど。こんなヒントで漢隼を出し抜けるか?」

「よく考えてみて。女性であることを前提として、この人以外該当しないことない? そして、もし風岡くんならどういうミスリードヒントを出す?」

 風岡は五秒ほど考えていたが、何も代替案を出してこない。

「た、確かにこのヒントは意外と妙案なのかもしれないな……」

「このヒントを見て、漢隼高校は結構困ると思うよ」

「分かった。影浦を信じる。これで行こう」

 フリップに書くと、ほぼ同時にタイムアップのコールがなされる。

「はい。次は三分間のミスリードヒントのシンキングタイムです! はじめ!」

 さて、影浦のヒントは漢隼高校チームのミスリードヒント提供者である水野にはどのように映るだろうか。

「さあ、嘲笑あざわらってくれ。そして笑った分だけ悩んでくれ」影浦は小声で独りごちた。

 すると、水野は操られたかの如く「はっは!」声を上げて笑っている。よし、それで良い。この反応は優梨は見ているはずだ。聡明な優梨なら、そこからどれが我々のヒントか感じ取ってくれるはず。

 そして注文どおり、最初の二分は余裕の表情を見せているも次第にその表情を強張らせていく。漢隼高校のブレインを悩ませている。まさに影浦の予言どおりだと言って差し支えない変化だ。

 稚拙に見えてミスリードの隙を与えない、これらのヒントの妙。影浦の作戦はここにあった。短時間でそれを思い付くに至ったのは、まさしく閃きで、奇跡的である。


 悩みに悩んで水野はミスリードヒントを書き上げた。

 何も書かないよりは、的外れでも多少の攪乱かくらんに貢献できるかという苦渋の選択だろう。

「さあ、シンキングタイム終わりです! ではヒントを提示して下さい!」三塩アナウンサーが大きな声で双方のチームに告げる。

 四枚のパネルが提示される。それを見て、優梨は苦笑いとも取れる表情を見せながら、声を発した。

「今回もまた、何てヒント出してくれるの!」

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