第四章 譎詐(ケッサ)  7 優梨

 三回戦の『五人でキーワード連想&出題&妨害クイズ』はAブロックとBブロックでそれぞれ決勝が行われる。紛らわしいが三回戦の中の決勝戦だ。

 それぞれの勝者が本当の決勝(最終決戦)へと駒を進めるのだろう。


 Aブロックの決勝は兵庫県代表の漢隼高校チーム対愛知県代表の滄洋女子高校連合チーム。

 Bブロックの決勝は沖縄県代表の蘇芳薬科大附属高校チーム対北海道代表の札幌螢雪高校チーム。


 優勝候補の筆頭だとおそらく多くの視聴者が思うであろう、去年の覇者にして最強名門高校の叡成高校チームが、ここで敗退するというまさかの展開こそあれど、残っているチームはおそらく各々の道・県下一、二を競う名門校ばかりだと推察される。

 高校の偏差値だけで言えば、これから戦うことになる漢隼高校チームがいちばん高いと思われるが、偏差値で勝敗が分かってしまうほど単純な勝負などではまったくない。下馬評を覆す大番狂わせなんていくらでもある。


 準決勝内の決勝はA、Bブロック同時進行ではなく、一試合ずつ行われるらしい。想像以上に見応えがあったか。会場が非常に盛り上がっているのが分かる。さながら本当の決勝戦である。


「さあ、Aブロックからの決勝戦進出を賭けて戦うのは、兵庫県代表の漢隼高校チーム!」

 盛大な歓声で相手チームの五名の男子高校生が迎え入れられる。

「そして、愛知県代表の滄洋女子高校連合チーム!」

 会場の幾多もの視線とスポットライトを浴びながら、チーム名をコールされた。


「さあ、漢隼高校チームの芝くん、今の心境はいかがですか?」

「まぁ、一回戦と同じ落ち着きで戦っていけば、自ずと僕らは勝ち進めると思うので、どのチームが相手だろうと戦い方を変える必要はまったくありません」

 芝は、関西弁訛りで飄々とした態度で答えた。おのれの頭脳に絶対的な自信を持っているだろう。横で、「何? 嫌な感じ? お世辞にも警戒してくれないなんてデリカシーないね」と陽花が忍び声で毒づいている。

「では、相対あいたいする滄洋女子高校連合チームの大城さん」三塩アナウンサーに急に自分の名前を呼ばれビックリしたが、漢隼高校チームのリーダーに質問したのなら、均等に自分にも質問が回ってくるはずだ。慌てて「はい!」と答える。

「今の心境はいかがですか?」

「え、あ、皆を信じて全力で頑張ります」

 少し動揺したせいで、短い答えになってしまったが、これがすべてだ。複数校の寄せ集めだが、自分たちにはきっと誰にも負けない結束力がある。そう優梨は信じていた。

 

「では参ります! 『五人でキーワード連想&出題&妨害クイズ』!」と声高らかに三塩アナウンサーが発した。

 漢隼高校チームも滄洋女子高校連合チームも、役割分担に変更はない。成功例のあるやり方をあえて変更する理由はお互いないようだ。

 各々の解答者でありリーダーでもある芝と優梨は、それぞれの解答台に向かう。

 同時に、影浦、陽花、風岡がヒント提供者の席に、日比野が相手チームのミスリードヒント提供者の位置へ陣取る。

 漢隼高校チームのメンバーも準備が整ったようだ。


「では、キーワードを発表します。こちらです!」

 それを見た、陽花、影浦、風岡、日比野、そして銅海高校の面々。眉をひそめている。しかし、一回戦ほど怪訝な表情ではない。イメージしやすいキーワードかもしれない。若干頷きの動作まで見られる。風岡に至っては小さく右手でギュッと拳を作りガッツポーズのような仕草を見せた。

「なお、ヒントは英単語で一単語でお願いします。固有名詞は使ってはなりませんが、例外的に『Japan』あるいは『Japanese』のように、国名、それに準ずる単語は使用しても良いものとします」

「えっ、またかよぉ」と風岡が、先ほどのガッツポーズから一転し、強くギュッと顔を顰めながら吐露した。つまりは英語では誘導しにくいキーワードか。しかも固有名詞を使ってはならないとわざわざ言っているということは、キーワードは固有名詞ということだろうか。しかも国名は可とすることは地名や史跡か。あるいは人物か。

 一方の漢隼高校チームのミスリードヒント提供者の男子高校生はひょうぜんとしている。名はみずと言ったか。動じている様子はない。

「ではヒント提供者の皆さん、五分間のシンキングタイム、スタート!」

 始まった。正直、ヒントが出揃うまでは優梨の出番はない。しかし、やることはある。彼らのヒントを導くまでのプロセスを、時間と会話と表情から想像するのだ。

 成績には自信のある優梨でも、読心術あるいは読唇術までは持ち合わせていない。

 ただ、固い絆で結びついたチームワークで、彼らの思惑を感じ取ることは出来る。

 むしろ、この新企画クイズの意図と醍醐味を見出すべきかもしれない。そんなことを頭に巡らせながらも、盟友三人の動きを仔細に観察した。彼/彼女ら三人は、悩んだ末、またもや時間ギリギリになって、ヒントを書き上げた。途中、何度も書いては消してを繰り返しながら。

 一体どんなヒントを書き上げたのだろう。しかし、まだそれを目にすることが出来ない。これを踏まえて、相手チームの水野がミスリードヒントを模索するのだ。

「はい。次は三分間のミスリードヒントのシンキングタイムです! はじめ!」

 三枚のパネルを目にした水野の表情を真剣に観察した。どんな反応を示すか。いかにもポーカーフェイスそうな水野の顔が意外にも変化した。

「はっは!」声を上げて笑っているではないか。

 一体どんなヒントを書き上げたのか。英単語三つで相手を笑わせる(笑うと言ってもどこか嘲笑ちょうしょうっぽい響きを感じたが)ことがあるのだろうか。単純すぎて笑えるのか、それとも的外れなのか。

 ただ、影浦、陽花、そして風岡も含めて、皆を信じている。きっと勝算を持って編み出したヒントだと信じたい。

 一方の日比野は淡々としている。彼こそポーカーフェイスだ。相手に表情を悟らせないという意味では、彼をミスリードヒント提供者に据えたのは正解かもしれない。まさしく適材適所というのはこういうことだろうか。


 しかし三分間というごく短い時間が経過するうちに、水野の表情が変化していく、時折顔を歪めたりしている。書いたミスリードヒントに納得いかないのか、書いては消しを繰り返している。最初のリアクションから打って変わって、彼を困らせている。一体どんなヒントなんだ。優梨の脳内では想像が目まぐるしくまわっている。

「さあ、シンキングタイム終わりです! ではヒントを提示して下さい!」


 四枚のパネルが提示される。それを見て、再び優梨は思わずうなった。

「今回もまた、何てヒント出してくれるの!」

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