第四章 譎詐(ケッサ)  3 優梨

「え? ヤバいって??」陽花は日比野に問う。「どういうこと??」

「いや、こちらはてっきり、銅海高校チームでいちばん優秀な平野が、おそらく解答者に回るだろうなと無意識の中でそう踏んでいた。でも奴らの作戦は違った。どんなミスリードヒントが出されようとも、残りの四人である程度のレベルなら解答できると託して、相手をミスリードして不正解に導くことにいちばん重きを置いたようだ。平野は相手の裏をつくのが異様に巧い。ディベートで論破したり、先生の解説の矛盾を指摘したりするのが得意な男なんだよ」

「……」優梨たちは他の四人は黙っている。

「正攻法のヒントを出そうとすると、よっぽど確からしいヒントでない限り裏をかかれる可能性がある」日比野は付け加えた。

「でも、銅海の方はどうなんかね? 五郎ちゃんがミスリードヒントに回って、意外に焦ってるかもしれないぜ?」何とかして風岡はポジティブに考えたいようだ。

「とりあえず、どんな問題が出るか分からないから一試合目を見てみようよ」影浦は言う。そう、最初の対戦は同じくAブロックの兵庫県代表の漢隼高校チームと広島県代表の紅葉館高校チームの対決だ。


 キーワードが提示されたようだ。もちろん各チームの解答者は見ることが出来ない。それ以外のメンバーのみ分かる仕組みで、ヒント提供者三人は相談を開始している。両チームともあまり動揺している様子はない。試合を待っている優梨たちを含む他のチームあるいは会場内の観客やゲストにも、そのキーワードは伏せられている。ON AIR時ではきっと『テレビをご覧の皆様もぜひお考え下さい』というテロップが表示されるかもしれない。

 なお、ヒントの条件は『漢字で二文字まで』である。

 自チームのヒント三つが出揃った後、それを見ながら相手チームの一人がミスリードヒントを考えている。どうやら書き終えたようだ。

 

 紅葉館:ヒント……惑星、第七、軸、内側(うち一つが相手チームのミスリードヒント)

 漢 隼:ヒント……明星、惑星、緑色、七(うち一つが相手チームのミスリードヒント)


 モニターに四枚のパネルにそれぞれ書かれたヒントが表示される。うち一つずつが相手チームのミスリードヒントだというが、解答者を含めそれがどれだか分からないようになっている。

 各チームの解答者が、各々の四枚のヒントを見て考える。漢隼高校の解答者でありリーダーのしばは、迷うことなくペンを走らせる。

 一方の紅葉館高校チームも解答者である、リーダーの前田も少し悩ませながらもパネルに書いている。

 その現象は優梨にとって納得のいくものであった。

「漢隼の方が有利なヒントね」と優梨が言う。

「本当に?」と陽花は問う。


「では紅葉館高校、前田くんから解答オープン!」

「①《マルイチ》が『金星』、②《マルニ》が『天王星』」

「続いて漢隼高校、芝くん、解答オープン!」

「①『天王星』、②『金星』」


 会場がざわついている。解答パネルには同じ単語が書かれているが、順序が違う。より確からしいと思った方のが①で高いポイントがつくシステムなのだ。ヒント提供者たちは落ち着いた素振りだ。解答者が何を書いたのか見えない様子だ。きっと、アナウンサーによる解答発表の前にリアクションをして、勝敗が分かってしまうのを防ぐ目的だろう。

「正解は……!」

 敢えてアナウンサーは解答発表をらしている。演出とはいえ解答者たちにとってはもどかしい間だ。紅葉館高校チームの前田は手を組んで祈るポーズだ。

 モニターに表示されたのは『天王星』。

「紅葉館高校チームは一ポイント、漢隼高校チームは二ポイントで、漢隼高校チームがAブロック決勝進出決定!」


「やっぱりね!」優梨は答えると、すかさず「どういうこと?」と風岡は優梨に問うた。

「紅葉館のヒントは『第七』がミスリードと仮定した場合は『金星』という可能性もある。金星は実は、赤道傾斜角つまり自転軸が約百八十度傾いており、太陽系惑星の中で唯一西から日が昇ることで知られているの。しかし、実際には『内側』がミスリードヒントだった。その場合は『天王星』となる。天王星は第七惑星で、自転軸が九十八度傾いているのが特徴。だから前田くんを迷わせた。一方の漢隼高校チームのヒントは『惑星』であることを大前提において『七』も『緑色』もシンプルなヒントに見えて実は天王星しか指しようがない。だから『明星』だけが金星の特徴を示すため明らかにミスリードヒントだって分かるの。だから漢隼の芝くんは迷わず解答した。紅葉館は二分の一の確率で結局運も味方してくれなかったね」

 日比野も同じ見解なのか首を縦に振って頷いている。

「すごい」陽花は友人を讃える。

「だから理想として、より確からしい答えを求めるなら、最低でも正しいヒント三つ中二つは、そのキーワードしか類推し得ないヒントにすること」と優梨はきっぱり言った。

「でも、あんまり特徴のないキーワードだったらどうするの?」影浦はヒント提供者を代表するように質問した。

「だから理想として、って言ったじゃない? ヒントの出し方は皆に任せるしかないよ。ある程度回りくどいヒントでも私はより確からしい答えを推理するから。特に銅海の平野くんって、油断できないんでしょ?」

「ああ。正攻法は効かないかもしれない」日比野は静かに答える。

「じゃあ、それも踏まえて頑張って。私は一見分かりにくいヒントでも、ある程度しぼる自信はあるし、逆に平野くんを惑わす心づもりで。ミスリードヒント提供者をミスリードしよう!」

「頼もしいわ。優梨は」再び陽花は讃えた。陽花は何かと優梨を称讃してくれる。

「では、滄洋女子高校連合チームと銅海高校チームは、それぞれの位置について下さい」とアナウンスがかかった。

 誰かが指揮を執ったわけでもなく、五人は円陣を組んで手をその中心に重ねた。

「行くよ!」

「オー!」リーダーの優梨のかけ声に皆が呼応した。


「滄洋女子高校連合チームは、三校から集められていますが、結束力固いですね!」メインパーソナリティーの一人である玉田が評価すると、「滄洋女子高校連合チームも他のチームも全員頑張って欲しいですね!」ともう一人の与那覇も当たり障りないお手本のようなコメントで返した。


「では、キーワードを発表します。こちらです!」

 それを見た、陽花、影浦、風岡、日比野、そして銅海高校の面々。眉をひそめて、怪訝な表情をしている。

 こういったメンバーの表情も貴重な情報になり得る。このリアクションは、難解なキーワードかあるいは特徴の捉えづらいキーワードか。先ほど『天王星』のキーワードが表示されたときの紅葉館高校、漢隼高校の両チームよりは、悩んでいる様子だ。

「なお、ヒントは英単語で一単語でお願いします。解答は英語でも日本語でも構いません」

 さらに、他のメンバー達が困った表情で相談している。「ええ!?」と言っている様子だ。一体何だろうか。想像して巡らすも、ノーヒントではさすがに何も浮かばない。しかし、解答が英語でも日本語でも構わないのなら、少なくとも英語で答えられる答えということだろうか。例えば『織田信長』という答えではなかろう。


 自チーム五分間、相手チーム(平野)三分間のシンキングタイムをひたすら待つ。

 優梨へのヒント提供者である陽花、影浦、風岡はかなり長い間相談して、ギリギリになって三枚ヒントを書き上げたようだ。何を書いたのだろう。じきに分かるのにやはり気にならざるを得ない。

 三枚のヒントを見た瞬間、銅海のミスリードヒント提供者である平野は目を見開いてかなり驚いている。相手をうまく欺いたか。かなり悩んでいる様子だが、最終的にパネルに何かを書いた。

 日比野も悩みながら銅海高校チームへのミスリードヒントを書き上げたようだ。自分の同級生たちを誤誘導させる役割を与えてしまったことに、今更ながらちょっとした罪悪感を感じた。


「では、シンキングタイム終了。ヒントが出揃ったようです!」

 優梨はごくりと息を飲んだ。

「ではオープン!」

 四枚のパネルが提示された瞬間、驚愕のあまり優梨は叫んだ。

「え!? ちょっと!? コレ何考えてんの!?」

 一見してそのヒントを見ただけで目を疑うものだと分かった。あり得ない。


 なぜなら、四枚中二枚がまったく同じヒントだったのだ。

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