第四章 譎詐(ケッサ)  2 優梨

 皮肉な結果だ。愛知県代表どころか、日比野に至っては同級生対決である。しかし、日比野や銅海のメンバーには悪いが、優梨は内心、一位のチームが銅海高校チームで助かったと思っている。

 そう。千里のいる蘇芳薬科と同じブロックにならなくて良かったと安堵している。洞察力に関しては千里は卓越している。あの一回戦の早押しクイズでのスピード解答は圧倒的だった。優梨をある意味超えているかもしれない。

 また、二回戦の戦いぶりを見ると、状況に応じて他の解答者を誘導する術も持ち合わせているようだ。これは、クイズの解答に余裕がないとまずできない。

 一騎打ちとなったときに、何かしら揺さぶりを仕掛けてくる可能性は十二分にある。千里は不気味な存在だ。意識するだけで、こちらは余計なことをいろいろ考えなければならない。

 もちろん漢隼高校や叡成高校も、きっとクイズに関しては百戦錬磨だろうから、油断は禁物だ。しかし、千里の場合は、優梨を意識したあらゆる策略、ことにプライベートや家族あるいは友人関係にまで介入したを策略を講じてきそうな気がした。実際、千里がこの三回戦で、敗退してくれればいいのに、と思っている。


 一方で日比野はまさか同級生と戦うことになることに、苦虫を噛み潰したような表情をしている。ポーカーフェイスでもそれくらいの変化を読み取った。対する平野は「マジかよー! 五郎、手加減してくれー」などと嘆いているが、この状況を楽しんでいるようにも見える。


「ふん、容赦しないからな」日比野も静かながらも強気の姿勢を見せている。

 ゲスト席も皮肉な対決に、むしろ盛り上がっている様子だ。

「銅海の平野くん! 親友の日比野くんとここで対戦することとなりましたが、どうですか?」

「大親友の日比野五郎くんとは、決勝で当たりたかったのに残念です」と嘘泣きで答えると、会場からは「平野くん、実は喜んでるでしょ!」と即座に突っ込まれ会場に笑いが起こる。

「バレました!? でも、五郎も大城さんも天才なので、そーゆー意味で泣きそうです」と平野も絶妙な回答をする。

「平野、あいつには緊張感というものがないのか」と、悪態とも呆れともとれない独り言を日比野は呟いている。しかし、緊張感がないというのは一方で余裕があるともとれる。

「ところでどうする? 役割分担」と、影浦はチームの皆に問うてきた。そうだ。明確に異なる役割に分かれなければならないのだ。五人一組という特徴を活かした、凝ったルールのクイズが多いような気がする。言わずもがな、チームワークと個々人の能力に適した役割分担が肝要だ。

「えっと、一人は解答者、三人はヒント提供者、一人はミスリードヒント提供者、だっけ?」風岡は確認をする。

「そう。解答者はいちばん出来る優梨だと思うけど……」陽花は言う。

「うん。解答者が優梨っていうのは、僕も異論ないかな」と、影浦は同調する。

「優梨はどう?」と陽花が言うと、黙って頷いた。早押し問題ではないので、じっくり推理して答えられる問題には、優梨は強いと自負している。どの程度の難易度のキーワードが出るかは分からないが。

「問題は、誰がミスリードヒント提供者になるかだよな?」日比野は問う。

「五郎ちゃんでしょ!」珍しく風岡が提案した。「だって、相手は銅海だろう? 平野の胸の内を知っているだろう?」

「いや、そうだが……。実は平野以外はあんまり知らん。全員A群で優秀ってことくらいは知っているが、クラスが一緒になったことがない」日比野は若干申し訳なさそうに答える。

「A群?」風岡が問う。

「成績上位三割はA群なんだ」

「ひぇえ……」と風岡は情けない声を出した。

 銅海高校のA群は、国公立大学医学部やT京大あるいはK都大などに多数輩出する、愛知県の中でも粒ぞろいの穎才の男子が集まっていることは、優梨も知っている。もちろん『千種進学ゼミ』のEHQクラスにも何人かいる。風岡は続ける。

「で、でもな。たぶんだけど、ヒント提供者には、大城とより親密な人が良いんじゃないか? 意思疎通が大事だろう。だから陽花と影浦とか。ちなみに、俺は一人でミスリードヒントの担当者は務まらんと思うし……」風岡がそう提案すると、日比野は「……そ、そうか」と答えた。

「ちなみに平野くんはA群でも優秀なの?」今度は優梨が日比野に問う。

「うん。これはお世辞でもなんでもないんだが、あいつはおどけているように見えて、本気出したら少なくとも俺は勝てない。例えば、奴は電気部に所属しているが、高校一年生時に奴が設計して作ったロボットが全国大会優勝している」

「……すごい。銅海ってそんな人ばかりなの?」

「いや、そんな人ばかりとは言わないが、平野は少なくともトップクラスだ。表面的にはそういう素振りはまったく見せないけど。よって、ここまで奴がのぼり詰めていること自体は、何ら不自然のことではない」

「──強敵ってことね!」

「そうだな──。味方にしたら非常に心強い奴でもあるが」

「阻止できそうか?」風岡が問う。

「おい、結局俺がミスリードヒント提供者決定かい? まあ良いだろう。駆け引きはあまり得意ではないが、平野のことはよく知っている──つもりだ」低い声で日比野は答えた。

「頼んだよ」優梨は戦友の背中を押した。


「滄洋女子高校連合チームは決まりましたか?」

「はい。解答者には大城、ヒント提供者には河原、影浦、僕、ミスリードヒント提供者には日比野です」風岡が答えた。

「銅海高校チームは?」

「解答者は川島かわしま、ヒント提供者は稲垣いながき片山かたやま牧原まきはら、ミスリードヒントは俺です!」と平野が答えた。

 平野はミスリードヒント提供者として、優梨ら四名に挑んできた。

「いかん、読みが外れたな。ヤバいかもな……」日比野はぼそりと呟いた。

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