第四章 譎詐(ケッサ)

第四章 譎詐(ケッサ)  1 優梨

 ぐっすり眠れたような眠れなかったような不思議な感覚だ。疲れと興奮の入り交じった感覚によって、あまり寝付けずすぐに朝がやって来たようにも思えるが、だからと言って嫌な気分ではない。それは優勝確率が八分の一というところまで確率を引き上げたことにる武者震いかもしれない。


 三回戦。おそらくこれが準決勝となるだろう。

 準決勝はスタジオで、決勝の舞台はきっと海外になるだろう。どこに行くのだろう。緊張とともに楽しみでもある。


 昨日とほぼ同じ服装で臨む本日のスタジオは、昨日とうってかわって人口密度は激減している。優勝を狙うプレイヤーは、三百人から四十人になっている。それでも会場の熱気は、昨日と変わらないと思うのは優梨の気のせいだろうか。


 二回戦での成績順に座席が設けられているが、優梨は千里を極力見ないようにする。それは、どこか、自分たちが確かに優勝に近付いている事実が、少し優梨に余裕をもたらしているかもしれない。 


 三回戦に勝ち上がったのは八チーム。

 優梨率いる『滄洋女子高校複合チーム』は苦戦しながらも、敗者復活戦では狭き門をかいくぐり、ここまで来た。


 残り七チームは、全国的にもその名を轟かせる名門校ばかりだ。

 三塩アナウンサーも気合いを入れて、次のようにチーム紹介をしてくれた。


 愛知県代表、愛知県最優秀の伝統校にして医学部進学率県下一の男子校、ひら しゅんすけ率いる銅海高校チーム。

 沖縄県代表、初戦開始早々連続解答という驚異的スピードで勝ち抜いた、桃原とうばる せん率いる蘇芳薬科大附属高校チーム。

 兵庫県代表、叡成高校を東の雄と呼ぶなら西の雄と言われる名門男子校、しば 晶久あきひさ率いる漢隼高校チーム。

 北海道代表、北の名門で今大会でもそのパワーを随所で見せつけている、白石しらいし れい率いる札幌螢雪高校チーム。

 東京都代表、東京大学進学者数全国ナンバーワンと言われる名門男子校、天明てんめい さとし率いる叡成高校チーム。

 広島県代表、高校の名に相応ふさわしく、くれないのシャツをまとった中四国の叡智、まえ 貴浩たかひろ率いる紅葉館高校チーム。

 埼玉県代表、三回戦進出では唯一の公立高校にして、県内屈指の進学校、ふく けん率いる大浦高校チーム。


 そして──。

 愛知県代表、唯一の三校の複合チームで、敗者復活戦から下剋上を狙え、大城おおしろ ゆう率いる我が滄洋女子高校複合チーム。

 

 さらには、司会を務めるアナウンサーからこんなアナウンスがなされた。

「今日は何とスペシャルゲストが応援に駆け付けてくれています!」

 会場はざわつく。

「現役の衆議院議員にして文部科学省政務官も務めた、光民党こうみんとう藍原あいはらあつむ議員です!」

「ええ!?」珍しく影浦が驚いている。優梨は議員が来ることよりも影浦のリアクションに驚いた。

「知ってるのか?」と、風岡が聞く。

「い、いや、知らないよ。議員が来るなんて、す、すごいねっ」と影浦は否定する。しかしどこか不自然だ。

「ます、今回第十回という記念すべき節目の大会を迎えられたことをお祝い申し上げます。私は議員になって十五年近くなりますが、かねてからこの番組のファンでありまして、初回放送からずっと欠かさず観てきました。また、先ほどご紹介にあずかったように、私は文部科学省にも携わり、政務官を終えた後も日本の教育の推進のため活動しております。この番組を観て、この国の教育レベルの高さは決して世界に出てもまったくそんしょくのない、それどころか世界をリードする確かな力を感じています。明日を担う皆さんの将来に期待するとともに、この大会でもその力を大いに解き放てるよう益々の活躍を祈念しながら、私からの祝辞とさせて頂きます」

 会場から拍手が湧く。さすがに国会議員だ。よどみない弁舌である。しかし、公務の間を縫って、わざわざいち民放のクイズ番組に応援に来るものだろうか。いくら国会会期中ではないとしても。一方で影浦は渋い表情を見せている。


 また、本日も女優、与那覇侑子がゲストに来ている。

「与那覇さん、三回戦に入りましたね」

「一回戦、敗者復活戦、二回戦と、すべて手に汗握る熱戦でした! 今日もどんな熱い戦いが繰り広げられるか楽しみです!」

「そして、与那覇さんの地元、沖縄県代表も勝ち進んでいますね!」

「ええ! 沖縄県の蘇芳薬科大附属の桃原とうばるさん、それに札幌螢雪の白石さん、滄洋女子の大城さんと河原さんと、女子の活躍が今回目立ちますね! 同じ女子として嬉しいです! もちろん男子の皆さんにも頑張って頂きたいですが!」

「そうですね! 今回は八チーム中三チームが女子リーダーのチームですね!」


 司会とメインゲストの与那覇との会話が続く。確かに女子が目立っている。過去にこんなに女子の活躍が際立った回はあっただろうか。自意識過剰かもしれないが、テレビが自分や陽花の方によく向いているような気がする。


「では、さっそくですが三回戦のルール説明に移ります! 三回戦は、初登場! その名も『クウォーター・フェイク・クイズ』です!」

「なんじゃそりゃ?」風岡のリアクションも二度あることは三度ある。 


「ルールを説明します。このゲームは二チーム対抗戦のトーナメント形式です。八チームを四チームずつA、Bブロックに分け、それぞれのトーナメントの勝者二チームが決勝進出のアドバンテージを得ます」

 つまりこの三回戦は、言わば準決勝だ。決勝は二チームの一騎打ちということだろうか。ただ『決勝進出のアドバンテージを得ます』という回りくどい言い方が気になった。

 過去の放送を見ると決勝は三チームで戦っていることが多かったような。三塩アナウンサーは説明を続ける。

「五人のうち、一人は解答者、三人はヒント提供者、一人はミスリードヒント提供者となって頂きます。一回のゲームは解答者と三人のヒント提供者、相手チームのミスリードヒント提供者で行われます。まず、答えとなるキーワードを解答者を除く四人、つまりヒント提供者とミスリードヒント提供者に教えます。ヒント提供者は自分のチームの解答者がキーワードを連想できるようなヒントとなる単語を書いてもらいます。ヒントは一人一個ずつ。つまり三つまで提供することが出来ます。ヒント提供者はどのヒントを出すか制限時間内に相談して決めることができます。その後、ミスリードヒント提供者は、三つのヒントを見た上で、あえて間違いを招くようなミスリードヒントを一つ書いて、正しい答えが出ないように妨害して下さい。解答者にはその正しいヒント三つとミスリードヒント一つを見て、正解となるキーワードを連想して答えます。解答者にはもちろんどれがミスリードヒントだということは伏せていますので、どれが誤りなのかを見抜くための推理力も求められます」

 会場が少しざわついている。今年から始まった五人一チームという形式ならではの新しい形式の問題。始まってみないと分からないが、察するにチームワークもさることながら、解答者の心理を読む洞察力、推理力。そして解答者本人にも同等の能力を要求される。明らかに早押し問題などの定番とは異にしている。常連校といえども必ずしもアドバンテージにはなり得ないかもしれない。新しいスタイルのゲームに応じた戦略が大切だ。どのチームと戦うのか、どのキーワードが充てられるか、運の要素も強いと優梨は瞬時に分析した。

 不安と楽しみが絶妙にこうする。優梨は再び武者震いを感じた。アドレナリンによる震顫しんせんだ。

 アナウンサーは説明を続ける。

「制限時間は、はじめにキーワードを見てヒント提供者で話し合って、どのヒントを書くのか相談する時間が五分間、そのヒントを見て、ミスリードヒントを考えるための時間は三分間です。最後に解答者が解答を考える時間は二分間です。解答者は一問につき二つまで解答できますが、より確からしい方をパネルの①の欄に、そうでない方を②の欄に書いて下さい。①で正解したチームは二ポイント、②で正解したチームは一ポイント与えられ、差がついた時点で試合終了です。ちなみに解答を敢えて一つだけ書くことも可能です。それで正解した場合は、なんと三ポイント与えられます。注意事項があります。一点目。ヒントおよびミスリードヒントには、キーワードの文字の一部を含めてはいけません。二点目。ヒントには、英単語や漢字二文字などの条件が付与されますので、それに従って下さい。説明は以上です」

 やはりルールが凝っている。運営側もいろいろ考えてきたのだろう。

「どういうトーナメントになるかな?」陽花は独り言のように呟いていた。こちらは対照的に若干不安そうな表情を見せている。

 確かにここに残っている八チームは強豪校ばかりだ。まぐれでがってきたチームなどないであろう。

「トーナメントですが、二回戦のゲームスコアの順位に応じて、すでに決められております!」

 くじではないのか。ゲームスコアの順位ということは、八位通過の滄女は不利な立ち位置を強いられるかもしれない。少し嫌な予感がした。

 Aブロック 

  漢隼高校チーム(三位通過)×紅葉館高校チーム(六位通過)

  銅海高校チーム(一位通過)×滄洋女子高校複合チーム(八位通過)

 Bブロック

  札幌螢雪高校チーム(四位通過)×叡成高校チーム(五位通過)

  蘇芳薬科大附属高校チーム(二位通過)×大浦高校チーム(七位通過)


 対戦カードを見て驚く。会場がどよめく。

「おうっと! Aブロックの第二試合の対戦カードは皮肉な結果です。滄洋女子高校連合チームと銅海高校! ともに愛知県代表どうしだ!」

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