第四章 譎詐(ケッサ)  4 陽花

「では、キーワードを発表します。こちらです!」

 そのキーワードを見て、まず英語だったことに少し戸惑った。

「ええ!?」と風岡はややおお袈裟げさに驚いている。

 しかし、単語自体は難解なものではない。むしろ日本語化しているものだ。

 これを英単語のみで示すとなると若干困る。正直説明するに至らない単語だ。これについて説明しようと思ったことがない。それくらい馴染みのあるキーワードだ。

 うまく連想させるためにはどうしようか。取りあえずカテゴライズするための単語は必要だろう。そう。先ほどの『天王星』を例に取ると『惑星』というヒントがそれだ。

 その陽花の胸の内を代弁するかのように、風岡が「『fish』だ! 『fish』!」と囁きながらも若干の語気を強めた。そう。キーワードは魚の一種だ。

「それならロシア語が語源だけど、馴染みがあるこっちの方が良いんじゃない?」と影浦。

「え、これロシア語なの? 日本語かと思った!」と陽花は思わず驚く。優梨の彼氏の博識ぶりに舌を巻かざるを得ない。しかし、影浦は頭を抱えている。

「どうしたんだ?」風岡が問う。

「いや。これはちょっとストレートすぎないかなって思って」

「ストレート!?」

「実はこれ。他の魚でも当てはまっちゃうことがあるらしいんだ。例えば『タラ』とか……」

「え? 知らんかった」

「いや、もしそれで、平野くんがそれを知っていたら、『タラ』や他の魚へと誤誘導するようなヒントを書きかねないということ?」

「そう。さらに言うと、博識な優梨がその意図に気付いて、違うキーワードを解答欄の①に書きかねないということ」

「例えば、『fish』と、これと、もう一つこの魚をイメージするものとして『river』と書いたとする。で、もし平野くんが『spicy』とでも書いた場合、そして、『river』がミスリードヒントとみなされた場合、優梨が辛子明太子を想像して、『タラ』もしくは『pollackポラック』と誤答してしまう可能性が五割だよ」

「それは、ちょっと考え過ぎじゃないかな?」風岡は眉をひそめる。

「他に妙案を思い付かない場合はそれで行くしかないと思うけど、思うんだけど──」影浦は何か思案している。

「思うんだけど──?」

「一か八か。取りあえず、これで平野くんを戸惑わせると思う」

 そう言って影浦はさらさらと紙に書く。

「ええ!? 何これ!?」風岡は動揺している。「同じ単語二つ入ってるぞ」

 陽花は最初こそは驚いたもののそれを見て閃いた。「あ、あーあー! なるほど!」絶妙なヒントに舌を巻く。

「河原さん、気付いてくれた? この意味」

「意外と良いヒントかもしれない。魚だってことが分かるどころか、真意に気付けばこの魚しかないじゃん! これで行こうよ」

「問題は、これを見て平野くんが何を書いてくるかだな? 少なくとも彼は悩んでくれるはずだけど……」

「ほら、時間ないよ。これで取りあえず行こう。優梨なら気付いてくれるはず! 優梨のひらめきは本当にすごいんだから!」

「おいおい。解説してくれよ」と言いながら風岡はパネルに書いた。

 仕方なく耳打ちすると、手を叩いてリアクションした。どうやら風岡も納得いったらしい。


 さて、影浦の妙案は、吉と出るか凶と出るか。

 平野はこれを見てどう思うだろうか。

 銅海の三人は何を書いただろうか。

 それにしても、想像以上の頭脳戦に疲労を隠し得ないが、このチームでやっていけることの喜びを陽花は感じていた。

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