第三章 孑然(ケツゼン) 14 陽花
千里は、右手と左手のそれぞれの人差し指で×の形を作っていた。意味が分からない。テレフォンをするなということだろうか。
しかし、今度はその指同士を離して、今度は親指も駆使して違う形を作っていた。長方形よりも正方形に近い四角だ。
何だろうと思うと、また指を組み直して、先ほどの正方形と同じ位置に、再び×を作った。
それで陽花は閃いた。もしかして国旗か。
×と思われた形は実は+だとしたら、該当する国がいくつかある。
北欧諸国に共通するスカンディナヴィア十字。中心よりも左寄りに交点が寄った横長の十字だ。ジンバブエの次ということで、『ス』からはじまる国で該当がある。スウェーデンだ。
しかし、千里の作ったもう一つの形。あの四角は、長方形というより正方形だった。そこでさらに閃きが舞い降りた。スウェーデンよりも適した解答があるではないか。スイスだ。この国旗の正式な縦横比は1:1。つまり正方形だ。スイスはスウェーデンよりも先に来る。
「スイス」
自信をもって陽花は答えた。そして正解音とともに20点獲得がコールされる。ほっとした。五周目、つまり最後の解答を終えて、このゲームでの陽花の出番は終わった。あとはゲームの展開を見届けるだけだ。
銅海高校チーム、五周目。解答:スペイン 14得点。
洛書高校チーム、五周目。解答:セネガル 8得点。
これですべての試合が終わった。結局このジャンルに関してはどこもテレフォンを使用しなかった。せっかくの優梨と日比野の厚意を活用できなかったことに、
「ナイスファイト!」
チームメイトの元に戻ると、健闘を称えてくれた。
「ナイスファイト、って。アタシ一回、間違えちゃったから」
「でも最後は二連続で20点取ったじゃない。それで充分
「陽花。あがり症だから心配してたけど、ほんと頑張ったよ。あれだけサポートする気満々だったのに、結局テレフォン使わないんだから」
「だって、他の誰も使ってないし、テレフォンすると点が減っちゃうでしょ」
「そうだけど。使っても責めたりしないよ」
「ありがとう! でも今度もしこういう場面があったら、最大限に優梨を頼るよ」
と言いながら、次こういう場面は訪れるのか。この陽花の登場をもって、滄女の知力甲子園での戦いに終止符が打たれるのではないかと、心配は尽きない。
一体、このチームは何点獲得したのだろうか。そして、ライバルたちは何点獲得しているのだろうか。そもそも計算していなかったが、もし点数が分かっていても怖くて計算する気にもならなかった。ただ、ジャンルの選択ミスによって大敗を喫してしまったチームもいくつかあるのも事実。それに比べればまだこのチームはマシなはずだから、箸にも棒にもかからないというということはないだろう。おそらく、当落線上にいるものだろうと予想している。
「二回戦を戦い抜いた諸君。集計が終わりました。三回戦に進めるのは、十八チーム中の八チームです。かなりハイレベルな戦いでした。激闘の二回戦を勝ち抜き、三回戦へと駒を進めたチームを、これから発表します!」
三塩アナウンサーは、盛り上げるためにカメラに向かって、格好よくコールする。しかし、参加者の一人である陽花にとっては、そんなアナウンサーの弁舌の力強さに感動する余裕などない。
「第一位は──!?」
さて、どこだろうか。叡成か。それとも、蘇芳薬科か。
「──銅海高校チーム!」
正直意外であった。確かにそつなくポイントを重ねていたが、まさか日比野が通い、かつ日比野の友人率いるこのチームがトップ通過とは恐れ入る。当然、平野たちは歓喜し、ハイタッチを交わしている。
「続きまして、第二位! 蘇芳薬科大附属高校チーム!」
ここで、千里たちのチームがコールされる。堂々の二位通過ということで、再び大きな存在感を示す。しかしながら、千里は表情を変化させていない。
「第三位! 漢隼高校チーム!」
叡成高校に次ぐ名門と呼ばれる男子高校のチームがここでコールされた。知力甲子園の常連校でもあり、納得の結果だ。メンバーは全員眼鏡をかけており、いかにも勉強ができそうだ。
「第四位! 札幌螢雪高校チーム!」
二回戦では直接
「第五位! 叡成高校チーム!」
昨年の優勝校で、優勝時のメンバーが今年も健在のこのチームは、きっと今大会の下馬評でも一位だったのだろうと勝手に拝察するが、意外にも五位に甘んじている。しかしながら、天明をはじめ落ち込んでいる様子はない。
「第六位!
広島県代表である。一回戦は十三位通過ということで、ジャンル選びでも不利な状況ながら、健闘し三回戦進出を勝ち取っている。
「第七位!
陽花は落胆した。三回戦進出は八チームだ。そろそろ呼ばれて欲しいと思っていたが、未だ呼ばれない。大浦高校は埼玉県の公立高校らしい。そして名門だという。
「そして、三回戦進出の最後の切符! 第八位は──!?」
高々なアナウンサーの声とともに流れるドラムロール音。視聴者の期待を
「滄洋女子高校複合チーム!」
来た。ドキドキは昂揚へと変化する。
「やった!」優梨らと歓喜を分かち合ったのは言うまでもない。
特に陽花は、風岡や影浦が健闘する中で、自分だけが足を引っ張り、三回戦進出を逃したのではないかと、戦々恐々としていたのだ。それだけに喜びも
「おめでとう!」とどこかから声がかかる。誰かと思うと、叡成高校チームのリーダー、天明怜だ。
「あ、ありがとう!」優梨は応じた。
「手紙をくれたチームが、こうやって勝ち進んでくれて嬉しいよ! 僕のアドバイスがちょっとは役に立ってくれたんじゃないかってね」
「本当に感謝しています!」優梨は若干興奮気味に答えた。
「三校合体の複合チームながらチームワークは確かだと恐れ入るよ。しかも、大城さんといい百人一首を完璧に答えきった彼といい、なかなか手強い。ぜひ、決勝までお互い勝ち進んで、いい戦いをさせてもらいたいものだね」
「こちらこそだよ! 叡成高校チームと戦うのは本望だよ」
「だから、三回戦で敗退しないでくれよ。では!」
天明は、相変わらず爽やかにエールを送ってきた。彼の紳士的対応は、名門校の余裕の表れか。それでも、去年の優勝の立役者から栄誉を称えてもらったのは、素直に嬉しい。
しかしそんな中で、釈然としないことがある。千里の行動だ。千里は明らかに、陽花にヒントを与えていた。これは何を意味するのか。
千里と優梨との因縁は深い。自分たちに対する情けなのか、あくまで『優梨に勝つ』というのが目標で、滄女に勝つことが目標ではない、という意思表示か。千里の口からは何も聞いていないので、真意は不明だが、とにもかくにも勝ち上がることができた。千里に対して礼を言う気はない。千里のヒントがあったから勝ち抜いたと証明されたわけでもないし、そもそもヒントを出すことを求めていない。
勝ち抜いたことは嬉しいが、千里については不気味な存在でしかない。できれば次でうまいこと敗退してくれないかな、と陽花は思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます