第三章 孑然(ケツゼン) 12 陽花
一周して、再び漢隼高校のリーダー、芝に解答の順番が回ってくる。
「インドネシア」
比較的、速やかに解答したように見えたが、14点。三つ飛ばしてしまったようだ。どうしてインドを答えなかったのか、と思ったが、インドと解答すると、その次のインドネシアを誘導しやすく、ライバルに20点を献上しやすくなるからだろう。きっと戦略的に敢えて14点を狙ったものと陽花は推察する。
続いて二周目の天明だ。
『イ』から始まる国はもうないだろう。となると『ウ』からになるのだが、インターバルの短い天明の解答は少し意外なものだった。
「英国」
敢えて『エ』まで飛んだ。『ウ』からスタートする国はいくつか思い付くのに、敢えて外しにかかった。12点獲得したが、天明は頭を少し傾げている。思ったよりも飛ばしてしまったことを意外に思っているのかもしれない。
続いて、千里だ。
千里の次は陽花だ。戦況を見守るだけでなく、自分も解答の準備をしなくてはならない。
『エ』と『オ』から始まる国を頑張って挙げてみると、間髪入れず、千里から聞き慣れない解答が発せられた。
「エスワティニ王国」
何だ。聞いたことのない国だ。あれだけ国についても勉強してきたはずなのに。ひょっとして誤答なのか、と少し期待すらした。
しかし、正解音が鳴る。14点だ。つまりこの国は存在する。新国だろうか。しかし、解説などなく自分の解答の順序は回ってくる。
「滄洋女子高校複合チームの河原さん。どうぞ!」
陽花は大いに慌てる。『エ』から始まる国が、エジプトしか思い付かない。エジプトは先ほどの千里の解答よりも前だから、解答できない。これも千里の作戦だろうか。仕方なく『オ』から始まる国を探す。
「オランダ……、あっ」
焦って慌ててそう答えた瞬間、オーストラリアやオーストリアを飛ばしてしまったことに気付き、後悔のあまり陽花は頭を抱えた。
正解音が鳴るが、8点。痛恨のミスだ。これなら、テレフォンでもして、無難に10点を獲得した方が良かったかもしれない。
続いて、銅海高校チームの平野だが、やや焦りを見せている。
また、陽花が、平野にとって予期せぬ解答を言ったことによって、計画が狂ったのかもしれない。
少し悩んでから「ガーナ」と言った。
正解音とともに20点獲得のアナウンスに、平野はやや安堵しているように見える。長音記号、俗に伸ばし棒と呼ばれる『ー』は、直前の母音に依存するということらしい。つまり『ガーナ』は『ガアナ』扱いになり、さらには濁音はソートに影響しないと言うことで、『カ』の中でもかなり最初の方に出てくるということだ。
続いて、洛書高校チームのリーダーの北山の番だが、あまり迷うことなく答えた。
「カーボベルデ」普段あまり耳にすることのない国だ。アフリカに存在する。
これも20点獲得だ。少し調子を取り戻したかもしれない。
三周目に入り、漢隼高校の芝と、叡成の天明は、それぞれ「ガイアナ」、「カザフスタン」と解答している。両者とも20点と高いスコアをマークする。
そして、千里は「カタール国」と解答する。これも20点。
皆、平然と解答しているが、200近くある国名を正確に暗記して、地図などもなく頭の中だけで短時間のうちにソートする作業は容易ではない。まず国をすべて挙げるだけでも難しい。地理の先生であっても簡単にはいかないのではなかろうか。
ここに来て急に皆、20点を連発していることに焦りを覚える。
ところで、千里はカタール国と答えた。
『カ』からはじまる国がこれだけ続いているのだから、まだたくさんあるに違いないと思いながらも、無情にもあがり症の陽花は何も閃かなかった。十秒経過する。躊躇はテレフォンするも時間的余裕も奪っていった。一方でなぜか『キ』からはじまる国は思い浮かぶ。
背に腹はかえられない。
「き、北朝鮮!」
意を決してそう答えた。しかし正解音のない一瞬の沈黙。不安が
すごく長く感じられた数秒の沈黙のあと、無情にも、ブブーと不正解音が鳴る。
思わず、天を仰いだ。そして気付いた。ひょっとして『朝鮮民主主義人民共和国』でもっと後ろにソートされていたか。しかし、次のアナウンサーの発言は意外なものだった。
「残念! 北朝鮮は含まれていません。よって不正解です! −10点」
何と。そもそも解答にも含まれていなかったか。ということは、日本が国家承認していないということだろうか。結構基本的なところが勉強不足で、大いに悔やんだ。そして心の中で泣きそうになった。みんな、ごめん。
そして、そのとき右隣にいる、千里がはじめて陽花の方を向いた。何事かと思い、意図せず目が合ってしまった。陽花のミスを喜んでいるかと思ったが、なぜか不満そうな顔をしている。なぜだ。極めて小声で何か訴えている。よく聞こえないが、表情と口の動きからは、河原さん、しっかりしてよ、と活を入れられているようだ。まさか、激励しているというのか。
陽花の困惑をよそに、お構いなくゲームは進行する。次は銅海の平野。彼は自信ありげに答えた。
「カナダ」
正解音と20点獲得のアナウンスは、陽花に追い打ちをかけた。
こんな有名な国の存在を忘れていたのか。恥ずかしさと申し訳なさで、胸がいっぱいになる。
続いては、洛書高校。北山の解答は「ギリシャ」だ。
ずいぶん飛んだな、と思ったが、正解音は鳴る。しかし、アナウンサーからコールされた点数は何と2点。かなり飛ばしてしまったことになる。北山は悔しそうな表情と、遠くにいるチームメイトたちに、手を合わせて
陽花、北山と続く負の連鎖は、好調をキープしている次の解答者、四周目の解答となる漢隼高校チームの芝にも伝染する。
「クロアチア」
やや自信なさげに発した解答は、正解音こそ鳴るものの、8点という点数がコールされた。真正面にいる芝は悔しそうに顔を
しかし、次の天明は安定していた。迷わず「ケニア」とコールし、難なく20点をマークする。この男はやはり強い。
そして、次は千里だ。先ほどの千里の挙動が気になる。
ケニアの次を答えなければならない。『ケ』からはじまる国は他に思い付かない。あまり迷わず発した千里の解答は、意外なものだった。
「コンゴ共和国」
正解音が鳴る。しかし10点である。千里にしては低いスコアだ。『コ』からはじまる国は、陽花もいろいろ思い付いた。コスタリカとかコロンビアとかコートジボワールとか。しかしながら千里はそれらをすっ飛ばしている。
では、陽花にそれらの国を答えさせないためか。いや違う。なぜなら『コンゴ共和国』だからだ。『コンゴ共和国』の次は『コンゴ民主共和国』だ。これら二つの国は別の国として扱い、国号を付けて答えよというアナウンスが、わざわざなされたところである。しかし、どうもこの戦略に理解がいかない。これではまるで敵に塩を送っているではないか。
取りあえず、制限時間が迫っているので解答するしかない。
「コ、コンゴ民主共和国」
どうも怪しさが先行して、罠かと思ってしまったのか、陽花の解答はやや小声で
20点獲得で安堵する。千里を
滄女がこのゲームで高得点を獲得、ひいては三回戦に進出することで、千里率いる蘇芳薬科大附属に何かインセンティブがあるのだろうか。
しっかり計算していないが、蘇芳薬科大附属はジャンル二つ終了した時点で高いスコアを記録していたわけだし、千里自身も良い試合運びをしている。少なくとも、誤答してしまった陽花や、低得点を出した洛書の北山よりも有利だ。三回戦進出か敗退の当落線上にいるようなポジションではないはずだ。
滄女以外に、千里が標的にしているチームがこの中にいて、ここでの敗退を望んでいるのだろうか。しかし、直後のチームならともかく、それ以外の解答者を操作できるほど簡単なゲームではなかろう。
千里の意図が読めないだけに不気味さを増す。
この戦略は、ゲストタレントたちはどう分析しているのだろうか。
ゲームは淡々と進行する。
銅海高校チーム、四周目。解答:「サウジアラビア」20得点。
洛書高校チーム、四周目。解答:「ザンビア」16得点。
漢隼高校チーム、五周目。解答:「シエラレオネ」18得点。
思えば、五周目だ。
泣いても笑っても最後の解答チャンスとなる。不思議なことに、誰もテレフォンを行使していない。陽花を除いてチームリーダーだから、必要性を感じていないのか。
あと、もう一つ気になっていることがあった。実はもう時間が遅い。夜七時に近付いてしまっている。
今朝早く名古屋を出て、午前中にスタジオ入り。のっけから五十問早押しというヘビーな戦いにをこなして、気付けば午後一時を過ぎていた。敗者復活戦のアナウンスに歓喜し、簡単な軽食を済ませたあと、午後二時頃から糸電話を使った新企画。終わった頃には午後四時となっていた。そこからアンケートを経て、午後五時頃から二回戦がスタート。そして今に至る。
つまり、二回戦には敗者復活戦はないと思っている。
出場者はみな未成年のはずである。紅白歌合戦等で、労働基準法か何かの規定で未成年のアイドルが夜十時くらいから生出演ができないのを思い出す。
無論、出場者たちは労働しているわけではないが、夜遅くまで収録に付き合わせていることが明らかになったら、テレビ局の倫理的に良くないと考えている。
となると、敗者復活戦は明日行うか。そうすると、現在二回戦に出ている十八チーム、九十名もの出場者は宿泊を余儀なくされる。そんな企画をしているとも考え難い。
だから、このラウンドで三回戦進出チームが決定する。そう踏んでいる。
叡成高校チーム、五周目。「ジョージア」と解答し16得点。着々と陽花の解答の順番が近付いている。次は千里だ。
特にまた迷う
しかし『シンガポール』は『ジンバブエ』よりも前になる。もう次の頭文字に移るか。
ところが、なぜか陽花は、『ス』ではなく『セ』からはじまる国しか頭に思い浮かばない。どういうわけか『赤道ギニア』が頭から離れない。
テレフォンしようか。スコアは低くなるが、優梨と日比野なら、着実に次の国を挙げてくれるだろう。そう思った瞬間、不可解なことが起こった。
千里が、解答台の下で、何か両手の指でサインのごとく形を作っていたのだ。
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