第三章 孑然(ケツゼン)  9 風岡

 正解音が鳴り響く。取りあえず風岡はほっと一つ胸をろす。

「リチャード・ニクソン大統領は第三十七代大統領です。一つ飛んだので滄洋女子高校複合チーム18点獲得!」

 一つ飛ばしてしまったか、と思った瞬間、ジョンソン大統領を忘れていたことに気付き風岡は悔やむ。何で解答時に気付かなかったか。それでも18点獲得なので傷は最小限だ。気持ちを切り替えよう。

 ここからは簡単かと思いきや、ブッシュ大統領で苦戦している。父のジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ、長男のジョージ・ウォーカー・ブッシュを完全に区別して答えるのは至難の業だったのだ。五番目の解答者である秋田県代表、八郎潟高校チームが、ブッシュ大統領を正確に答えることを諦めたのか、オバマ大統領と答える。チャンスだと思った。

 つまり六番目の解答者である漢隼高校チームがトランプ大統領と答えてくれれば、一周して初代のジョージ・ワシントン大統領を解答すれば良いことになる。

 しかし、漢隼高校チームは賢かった。

 おそらく、誰しもがトランプ大統領と答えると思ったであろう中で、敢えて、初代のジョージ・ワシントン大統領を解答したのだ。

「マジか!」風岡はうなった。次の解答者に簡単な解答を許さない作戦。悔しさやがゆさよりも、対戦相手ながら感服する気持ちが大きい。

 風岡は最初の解答で第二代大統領が答えられず、第九代まで飛んでしまった。そして第二代、三代、四代大統領が思い出せないでいる。ここで再び、第九代大統領であるウィリアム・ハリソンを答えてはならない。でも誤答したものなら大丈夫なので、第八代のビューレン大統領と解答する手はある。しかしそのときは、六つ飛ばしたことになり20−(6×2)=8点獲得。もしテレフォンを使用して、第二代大統領を正確に教わった場合でも、獲得ポイントは半減して10点となる。微妙である。迷った挙句、自力で解答をひねり出すことにした。何も閃かなかったらビューレン大統領と解答しよう。

 残り十秒、誰か思い出せる人はいるか。そのとき風岡の頭の中で閃光が走った。アメリカ独立宣言の寄与したジェファーソン大統領を忘れているではないか。

「ジェファーソン大統領!」

 正解音が鳴り響く。そのあとアナウンサーにより第三代大統領であると知らされ、小さくガッツポーズする。18点獲得だ。

 アメリカの大統領の特にはじめの方ではリンカーン大統領は有名だが、日本が鎖国中であったこともあり、馴染みのない人物も多い。既出の解答はできないことから他のチームは苦戦を強いられ、テレフォンをしても正しい解答を得られないこともあった。

 そんな中、漢隼高校チームだけは着実に正しい解答を答えてくる。誤答で先に進まない中、第十五代のブキャナン大統領を答えたが、風岡は記憶の外だったのか、どんな人かまったく分からなかった。

 ここで、第十六代のリンカーン大統領といきたかったが、生憎あいにく既出の解答だ。そして、そのあとは既出でなく、かつ近い大統領を知らなかった。ちなみに複数回就任した人物なら既出でも解答すれば正答となる追加説明があったが、それが誰かまでは分からなかった。

 五周目の最後の解答。ここがテレフォンの使い時ではないか。受話器を上げてボタンをプッシュすると、すぐ出てくれた。

「ごめん、教えて! ブキャナン、いやリンカーン大統領の次」

「次かどうかまでは分からないけど、グラント大統領とかそのあたりじゃない? 明治天皇と会ってる人だから」

「グラント大統領? マジか! ありがとう!」

 優梨から、その根拠まで教えられた。素晴らしい。

「グラント大統領!」

「正解です。ユリシーズ・グラントは第十八代大統領で、一人飛ばしたことになるので18÷2で9点獲得です!」

 これで風岡の二回戦の戦いは終わったことになる。

 6+20+18+18+9=71点。まずまずではないか。何と言っても誤答がなかったことが大きい。


 漢隼高校チームの最後の解答が終わると、結果が発表される。漢隼高校チームは驚くことに90点獲得している。しかも、わざと先の代の有名な大統領を解答したりしたこともあり、戦略的に満点を狙わなかった。

 滄洋女子高校複合チームは、そんな漢隼高校に次いで、このジャンルで二位のスコアであった。風岡にしては快挙だろう。自分を褒めた。

 他のチームは誤答やテレフォンの多用が響き、中にはマイナスのスコアとなってしまったチームもあった。すべて誤答した場合、マイナス50点となる厳しいルールだ。


「おめでとう!」

「ナイス戦い!」

 滄洋女子高校複合チームは風岡を出迎えると、その善戦を讃えてくれた。

「サンキュー! 久しぶりに頭を使って疲れたよ」風岡はそう言って苦笑いした。

「じゃあ次は僕の番だね!」

 影浦がこの良い流れに続けと言わんばかりに気合いが入っている。

 風岡は影浦の肩を軽く叩いてエールを送った。

「頼んだぞ、親友!」

「ありがとう!」


 滄洋女子高校複合チームが次に解答者として登場するのは、ジャンル『小倉百人一首』である。しかし、まだ少しばかり時間がある。

 そして、いつの間にか次のジャンルの『新幹線』が開始されていた。

「影浦、まだ出番まで少し時間があるんだ。対策を練らなくていいか?」

 風岡は、自分が解答台で感じ取った場の雰囲気など、せっかくのこの時間を使って伝えたいと思った。

「対策か。と言っても、ここでは携帯で調べもの禁止だし、強いて言えば、他の試合を観戦して戦況を見ておく方が対策になると思うな」と、あっさり返されてしまう。

「……そうか」と風岡は少しだけ残念に思う。

「だって、三回戦で当たるかもしれないライバル校の特徴は少しでも探っておいた方が良いし、スコアのつき方次第では、河原さんや僕の戦い方を考えないといけないだろうし……、実際、優梨も日比野くんだって──」

 と言って、影浦は優梨と日比野を指し示す。

 優梨たちは、今までの出場校の全スコア、解答者の名前、出した解答、戦い方を記録している。表まで作って詳細に記載している。文字の細かさからこの短時間でかなり書き込んでいる。

 先ほど風岡が出場した『アメリカ大統領』では、漢隼高校チームの欄には、『意図的に先の簡単な解答をして、後続に不利なバトンを渡す』などと、書かれている。この戦略が功を奏しているのかスコアは高い。三回戦に駒を進める可能性も高そうだ。

「なるほど、理解したよ」

 漢隼高校チームは、陽花が解答者として参加する『世界の国々』で直接対峙する。さらにここは、一位通過から三位通過のチーム、八位通過の漢隼高校チーム、十位通過の銅海高校チームと激戦区だ。

 そして気づくと、次の『平方数』が開始されている。そこで嫌な事実に気づいてしまった。『平方数』には、一位通過の蘇芳薬科大附高校チームと二位通過の叡成高校チームが出場しているが、ともに千里、天明以外のメンバーが解答者として登壇している。そして両名ともアドバイザーでもない。ということは、千里、天明は『世界の国々』で解答者として登場する。

 思えば、蘇芳薬科と滄女が被っているのが『世界の国々』だ。千里が優梨との直接対決を意識して、登場する可能性は非常に高い。いま思えば。

 千里、天明、それから漢隼高校チームに交じって解答しなければならない陽花を少し憐れんだ。

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