第三章 孑然(ケツゼン)  8 風岡

 風岡は戸惑った。一番ということは解答順序を自由に選べるということだ。しかし不覚にも風岡はどの順序が有利であるかなど考えていなかった。しかも、周りに待っている人間がいるので、若干焦っている。

 思わず、アドバイザー席付近にいる日比野と優梨を思わず見てしまう。見たところで何もまだアドバイスなど乞える状況ではないのに。

 しかしながら、我がチームメイトは風岡のちょっとした救難信号を見逃さなかった。優梨が一本指を立てて懸命に合図を送っていて、日比野は手をこまねいてややおお袈裟げさうなずいている。察しの良い二人のことだから、おそらくこちらの意図を汲み取っていてくれたのだ。

 風岡は、急に自信を取り戻したかのように、「一番でお願いします!」と答えた。

「滄洋女子は一番と……。では、くじが二番のチーム……」

 たったこれだけのことなのに疲れてしまった。しかし、冷静になってみれば一番が有利なのは明々白々だ。

 アメリカ大統領というお題なら、歴代順に答えさせることだろう。初代大統領というサービス問題を解答できるわけだし、前の解答者の解答に影響される回数が一回分少なくて済むのだ。

 風岡は、日比野と優梨に右手でサムズアップのサインを送り、同時に心の中で感謝した。すると優梨は両手で大きく丸を作って応えた。

 優梨は間違いなく天才だが、それを鼻にかけずおどけた素振そぶりを見せてくれる。小学校のときもそうだったが、今でも変わっていない。それが、彼女が人気たる所以ゆえんだろう。陽花という親友の存在も、優梨にさらなる明るさを引き出している。それがこのチームの関係を良好にしてくれる。今年から五人制になったこのクイズの趣旨に、まさにピッタリではないか。


 順番が決定した。とにもかくにも風岡がこのジャンルの最初の解答者である。そして二回戦における滄洋女子高校複合チームの最初の解答者でもある。

 流れを作らなければ、というある種の責任感までも感じていた。

 きっと初代から答えさせることだろう。

 『初代大統領:ジョージ・ワシントン』。そう答える心の準備はできている。初代大統領と来れば社会常識的な知識だが、それでも五周回ってくる解答権の一回分を、無事に乗り切ることが肝要なのだ。


「ジャンル『内閣総理大臣』で、すべての解答者が五回分解答を終えました。銅海高校チーム88点! 八郎潟高校チーム……」

 どうやら前の試合が終了したらしい。いよいよ出番だ。

 風岡はじめ、各出場者が解答台に向かう。


「続きましてのジャンルは『アメリカ大統領』! 日本の内閣総理大臣よりも馴染みとしては薄いこのジャンル。ここにいる精鋭の高校生たちにとってはどうでしょうか!? 答えて頂く順序は歴代順です」

 来た、と思った。すぐにでも「ジョージ・ワシントン!」って風岡は答えてしまいそうなところを踏みとどまった矢先だ。

「ただし、最初の解答者は初代大統領で有利になってしまうので、二代目からお答え下さい。では最初の解答者は、滄洋女子高校複合チームの風岡くんから、時計回りでお願いします! ではどうぞ!」

 『何ぃ!?』と心の中で叫んだことは言うまでもない。いきなり足下をすくわれた形でのスタートはさすがに想定の外だ。

「えっと、二代目、二代目、二代目ってほら、あの人……」

 風岡は明らかに動揺していた。確かそんなに特徴的な名前ではなかったはず。しかしその名前が出て来ない。少し前には勉強して覚えていたはずなのに、頭が真っ白になる。

「残り五秒です!」無機質なアナウンス音と、カウントダウンのブザーが鳴る。これではテレフォンもできない。しかし何も答えないわけにはいけない。ここで影浦が先ほど風岡に出した質問を思い出す。在任して一か月で亡くなってしまった大統領だ。風岡は捨て鉢になって答える。

「ウィ、ウィリアム・ハリソン!」

 ピロリロリロと正解音が鳴る。しかしその後の解説では第九代大統領とのことだ。第二代を答えないといけなかったので、七代先を答えてしまったことになる。つまり20−(7×2)=6点しか獲得できなかった。

 風岡は、やってしまったと思い、苦虫を噛み潰したような表情になる。応援席からは影浦が「オッケー! オッケー! ナイスファイト!」と声援が送られてきた。


 しかし、いきなり第九代大統領を解答されたために、次の解答者である香川県代表とよ高校は第十代を解答せねばならず、かなり戸惑っている。想定外の出来事で解答の準備ができなかったのだろう。

「ビュ、ビューレン!」

 やや自信なさそうな解答だ。やはり最初はテレフォンの権利はもったいないと思ったのか、それを使わずにおのれの知識を振り絞って解答した様子だ。

 ブーブー、と無情な不正解音が鳴り響いた。どうやらウィリアム・ハリソンの前の大統領ということだ。香川県代表の三豊高校は最初からマイナス10点となってしまった。その原因を作ったのは、おそらく風岡だ。

 その後も、正確に次の大統領を答えられる者はおらず、かなり飛ばしてしまうか、前の大統領を答えて誤答してしまうかして、いきなり大波乱の幕開けとなった。

 一周回ったので、風岡の解答の番が再び巡ってきた。前解答者の漢隼高校チームが第二十五代大統領のウィリアム・マッキンリーを答えたため、第二十六代大統領を答えれば良いことになる。

 二周目にしてもう二十六代目かと苦笑いしながらも、そのおおもとの原因を作ったのは風岡自身だ。

「えっと、二十六代は……」

 風岡はどこかで第二十六代大統領が記憶の片隅にあった。それだけ歴史上重要な人物なのだろう。

 そうだ、ルーズヴェルトだ。風岡は思い出した。しかし、確か二人いたような。どちらだったか。ファースト・ネームに自信がない。テレフォンか。受話器を手に取ろうと思ったが、確か、二人のルーズヴェルトのもう一人は第三十二代くらいだったと記憶している。ということは、間違ったとしても誤答にはならない。ここで貴重なテレフォンを消費するのは勿体ないのではないか。こんな自分でも、影浦や陽花のために、テレフォンの使用回数を残しておきたい。よし、二分の一だ。

「セ、セオドア・ルーズヴェルトでお願いします」

「正解、第二十六代大統領セオドア・ルーズヴェルトで、滄洋女子高校複合チーム20点獲得!」

「やった!」陽花の喜びの声が聞こえる。50/50フィフティ・フィフティだったが、賭けて良かった。ここに来てはじめて、微力ながらもチームに貢献できた気がした。

 喜びも束の間、すぐに自分の順番が回ってくる。ここからは、第一次、二次世界大戦、そして終戦直後で、歴史的にも馴染みのある名前もあり比較的答えやすい。しかし、前後関係が曖昧あいまいだと一つ前を答えたりしてしまうため、注意が必要である。実際に二チームほど順番が前後して誤答してしまっている。次に風岡に回ってきたときには、第三十五代大統領のジョン・F・ケネディまで来ていた。あれ、もうケネディ大統領か。

 意外と進みが早いとともに、ジョン・F・ケネディの次が思い出せない。ニクソンか。カーターか。レーガン大統領はもう随分先になってしまうだろう。

 ここは外したくない、と風岡は思った。なぜなら、ここから先は新しい大統領なので、解答するのは容易だ。

 シンキング・タイム終了が迫っている。何か答えなければならない。テレフォンも間に合わない。ええい、ここは、自分を信じるしかない。

「ニ、ニクソン大統領」

 

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