第三章 孑然(ケツゼン)  7 優梨

 『超難問古今東西協力バトル』の火蓋が切って落とされた。

 九つのジャンル一つずつ、順番に六チームずつ精鋭が集められて、しのぎを削り合うのだ。


 滄洋女子高校複合チームでは、『百人一首』で影浦が、『世界の国々』で陽花が、『アメリカ大統領』で風岡がそれぞれエントリーすることになった。当初『世界の国々』は日比野に解答者になってもらう予定だったが、番組制作側の要望によって急遽変更になった。

 いくら高校生の参加者が主体の番組であっても、テレビ局からすれば視聴率をより獲得したいのだろう。

 『高校生知力甲子園』にエントリーする高校生は、なぜか男子生徒の方が多い傾向にある。全国的にみて、クイズ研究会に所属している生徒の比率が男子の方が多いのかもしれない。そして、どちらかと言うと青春を勉学に捧げてきた優秀な生徒が多い。眼鏡をかけている生徒も多い。しゃがなく真面目な人間がここではマジョリティーとなっている。

 反面、滄洋女子高校複合チームでは、日比野こそ前述のマジョリティーに含まれるような特徴を含んでいるものの、それ以外の四名はその特徴から逸脱していると言えよう。風岡は元来オシャレに気を遣う性分ではないが、それでも陽花という恋人を持ち、外見や身だしなみを気にするようになった。影浦は経済的な理由でファッションには無関心だが、生まれ持ったルックスが際立って良く、高身長ながら中性的で柔和で、かつ凛とした顔立ちは世の男子にとっては素直に羨ましかろう。

 陽花と優梨も、オシャレにはかなり気を遣っている。進学校の滄女では珍しく、二人とも染髪している。女子ということでただでさえ珍しいのに、それが一層際立たせている。

 そんな人物は、『高校生知力甲子園』ではある意味貴重な存在だ。テレビ局からすれば垂涎すいぜんの的だろう。一分一秒でも表に出しておきたいと思っているかもしれない。


 今年度は、偶然にももう一チーム、桃原千里という赤髪の美人女子高生がこの会場にいる。さらには札幌螢雪高校からエントリーしているリーダーの白石しらいしという女子も美しい。彼女ら麗人を各々おのおの擁する三チームが奇しくもすべて二回戦に進出しているのは偶然だろうか、それともひょっとして作為的なものだろうか。そして、千里や白石にも解答者としての出場交渉を、番組スタッフはしているのだろうか。


 そんなことを考えていると既に試合が開始されようとしている。

 我らが滄洋女子高校複合チームの参加するジャンルはまだ始まらない。最初は『元素』からのようだ。

 『元素』→『内閣総理大臣』→『アメリカの大統領』→『新幹線』→『平方数』→『小倉百人一首』→『星座』→『邦楽のミリオンセラー』→『世界の国々』という順番らしい。どういう基準でそのような順番になったか分からないが、これも視聴率を獲得するための計略だろうか。


 ジャンル『元素』は、上位通過チームがこぞって選択した激戦区で、一位通過から四位通過のチームが含まれている。『元素』については元素番号の順に答えさせるのだが、最初の方は簡単なので21番のスカンジウム(Sc)から答えさせるという特別ルールが設けられた。ちなみに解答順はくじで決めるようだが、その順番によっては残酷な位置づけとなるだろう。これは完全に運だ。


 ジャンル一つずつ戦うということで、時間がかかるかと思い気や、意外と進行は早い。各解答者に二十秒という解答時間が与えられ、一周するのに最大で二分かかる。五周した時点で終了するので、最大十分で、そのジャンルの試合は終わるのだ。

 特に『元素』については、おそらく自ら選んで割り振られたチームだ。周期表ごと頭に入っている者ばかりなのか、テンポが非常に速い。あっという間に五周して終わってしまった。六チーム全員テレフォンなし、誤答なしという非常にハイレベルな戦いは、ほぼ全員が満点近いスコアを獲得していた。ちなみに、1回の回答につき最大20点であるので、五周で最大100点満点という計算である。

 蘇芳薬科大附属高校チームと叡成高校チームは100点満点である。しかも、チームリーダーである千里も天明も出てきていない。また四位通過の札幌螢雪高校チームも98点という高スコアである。こちらもリーダーの白石とは異なる高校生が出てきた。


「のっけからレベル高いね……」戦況を見つめていた優梨は感想をこぼした。風岡と陽花は心配そうな表情を見せている。

「本当だよ、俺大丈夫かな?」風岡は弱音を吐いている。

「例え、テンポ良く解答すぐ回ってきても、持ち時間は二十秒あるから、冷静になること。分からなければすぐテレフォンして。アドバイザーも戦況を見られるから、次の解答を考えながら見守ってるよ」

 優梨は少しでも安心させようと言葉をかけた。


「最初のジャンルでは六チームともお見事な戦いでした! 全員90点から100点獲得ということで、これは他のチームにプレッシャーを与えます! さて次のジャンルは『内閣総理大臣』です!」

 三塩アナウンサーの声が会場に響き渡ると、次の選手がぞろぞろと入ってきた。前の試合中にすでに解答順は決めていたようだ。

「風岡くん、スタンバイだよ」影浦が風岡に知らせる。『内閣総理大臣』の次は、『アメリカ大統領』で風岡の出番なので、スタンバイしなくてはならないのだ。

「げ、まだ心の整理がついてないよ」風岡はいかにも不安そうな顔を見せた。そこまで不安そうにされると優梨まで心配になるが、おくびにも出さないようつとめる。


 案の定、すぐに次の試合に出る解答者とアドバイザーに対して、それぞれ定められた場所に集まるように案内された。

「風岡くん、頑張ってね!」優梨は屈託のない笑顔で励ましている。

「ありがとう。すぐ君たちに頼ることになるだろうけどよろしくな」

 優梨と日比野は別の場所に向かうと、風岡も腰を上げた。陽花は試合のことを考えているのか、何も言わずぎこちない笑いを浮かべるのが精一杯のようだ。


 風岡たち次の試合の出場者は、スタジオの少し離れた場所に集められた。このジャンルの解答者は全員男子生徒だ。いかにも勉強していそうな賢そうな人ばかりだ。ゼッケンを見ると、西の超名門校、兵庫県代表のかんしゅん高校の生徒もいる。

 先ほどメンバーの変更を打診してきた番組スタッフが待機しており、簡単にルールの説明をする。と言っても三塩アナウンサーの説明を聞いているので、確認に近い。あとはテレフォンの使い方。これは受話器を上げてボタンを押すだけで良いらしい。アドバイザーはハンズフリーのスピーカーがセットされており、受話ボタンを押した時点でテレフォンが一回分消費されるそうだ。二十秒間という限られた時間で心配していたが、テレフォンのコールによるタイムロスは生じなさそうだ。

 アドバイザー席に日比野と優梨は向かう。

 アドバイザー席からは試合会場をよく見渡せる少し離れた場所に位置している。風岡の姿が見える。肉声は届きにくい距離だが、表情は何とか確認できる。優梨は風岡に向かってニコニコしながら手を振る。少しでもリラックスさせるためだ。風岡も小さくピースサインをして応えた。頼むぞ、誇り高き解答者、風岡悠よ。


 いよいよくじ引きだ。くじを引いて出た数字順に、解答順を選べるという。

「では、くじの番号を確認して下さい。一番は誰ですか?」

 風岡は信じられないといった表情で、挙手していた。

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